損保ジャパンが語る「基幹システム刷新」真の狙い システムの健全性を保つ概念「技術ウェルネス」

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デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員 Engineering Unit Leader   守屋 孝文氏、損害保険ジャパン 常務執行役員 CIO   内山 修一氏
多大なコストをかけて老朽化した基幹システムを刷新しても、複雑化と硬直化が進んでしまい、また新たな刷新が必要になる――。この課題に陥っている企業は少なくない。そこで役立つのが、システムの健全性を保つ「技術ウェルネス」の概念だ。実際に技術ウェルネスの考え方を取り入れてシステム刷新を行った損害保険ジャパンの内山修一氏と、デロイト トーマツ コンサルティングの守屋孝文氏が、技術ウェルネスの真価を語った。

競争を勝ち抜くためのレガシーモダナイゼーション

――日本企業の、基幹システムにおける一般的な課題について教えてください。

デロイト トーマツ 守屋 全体的な傾向として、日本企業は基幹システムの老朽化に危機感を持っており、多大なコストとリソースを投下してシステム刷新を行っています。しかし、刷新した後も新しい法規制やビジネスニーズに対応するために、たびたびシステム改修の必要が生じ、結果的に継ぎはぎ状態になります。

こうしてシステムの複雑化、硬直化が進み、再度大規模な刷新が必要になる「技術負債のスパイラル」が生まれます。とくに企業のIT部門は、技術負債の対応に追われるがゆえに本来注力するべきDXへの対応などにリソースを割けず、競争力にも影響が出ている現状があります。

この問題に対してデロイト トーマツは、システムを老朽化させずつねに健全な状態を保つアーキテクチャーをつくること、いわば「技術ウェルネス」が重要だと考えています。実際、損保ジャパンのレガシーモダナイゼーション(老朽化した既存のシステムを刷新していく)プロジェクトでは、技術ウェルネスの概念をたくさん取り入れています。

デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員 Engineering Unit Leader   守屋 孝文氏
デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員 Engineering Unit Leader
守屋 孝文

損保ジャパン 内山 2014年、損害保険ジャパンと日本興亜損害保険が合併した際、ビジネスプロセスを大きく見直す構想がありました。しかし、既存の基幹システムをベースにすると、それがネックになって刷新が進まないという課題がありました。

当社の基幹システムのベースがつくられたのは、1980年代の半ばごろ。守屋さんのお話のように、その後さまざまなビジネスニーズに合わせて基幹システムを調整していった結果、全体が肥大化、ブラックボックス化してしまったという課題がありました。

――新しいプレーヤーの業界参入や、保険商品の多様化、顧客接点の変化などを背景に、保険業界のビジネス構造は大きく変化しています。

内山 はい。損保ジャパンのようなメガ損保も、革新し続けていかなければ生き残れるかどうかわかりません。当社が大規模なシステム刷新に踏み切った背景には、この危機感がありました。変化するビジネス戦略に対応できるシステムをつくり、業界をリードするマーケットポジションを確立し、損保業界で勝ち続けていく。これが、レガシーモダナイゼーションの真の狙いです。

損害保険ジャパン 常務執行役員 CIO   内山 修一氏
損害保険ジャパン 常務執行役員 CIO
内山 修一

プロジェクトは、ビジネス戦略に沿ってアプリケーションの仕分けを行い、それぞれに適したモダナイゼーション方法を選ぶことからスタートしました。

頻繁に規制変更が発生するリテール領域はゼロから再構築、機能拡充が必要なコマーシャル領域はクラウド技術やパッケージソリューションを活用、そして変更があまり発生しない領域はアプリケーションをそのままの形でクラウドに移行するという手法を選びました。

デロイト トーマツには、プロジェクトの企画検討時から一貫して支援してもらっています。例えば全体計画の策定や、大規模プロジェクトを行うためのガバナンス体制・仕組みの構築、実行段階に入ってからのプロジェクトマネジメントなどにおいて、プロフェッショナルの視点からアドバイスをもらっています。

技術負債のすべてが悪ではない

――技術負債のスパイラルを生み出さないために考慮したポイントはどの点でしたか。

守屋 まずお伝えしたいのは、「技術負債のすべてが悪ではなく、負債化させてよい領域もある」ということです。リソースは限られていますから、領域の特性や戦略上の優先順位に応じて考えるべきです。その中で、「技術負債化させてはいけない領域」には、アーキテクチャー面とガバナンス面の両面で取り組みを入れました。

内山 アーキテクチャー面においては、徹底的な疎結合化(システムを構成する各要素の独立性を高め、分散したシステム同士をデータで連携すること)を追求しました。サブシステム間、レイヤー間、そしてアプリケーションとプラットフォーム間の疎結合化を行い、全体としてブロック構造のシステムを目指しました。

これにより、1つの機能や技術が陳腐化したり時代に合わなくなったりした際、そのブロックだけ交換すれば、状況に適したアーキテクチャーをつくれます。時代が変わっても、システム全体をつくり直す必要がなくなるわけです。

また、テストやプログラムのリリースを自動化するなど、保守性の高い仕組みを構築して、技術ウェルネスを高めています。

ガバナンス面では、システム資産の稼働状況をモニタリングする仕組みを導入しました。これによりアプリケーションの肥大化、複雑化を抑制しています。加えて、データ構造の複雑化や重複を防止するデータ項目統制も実現しています。

デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員 Engineering Unit Leader   守屋 孝文氏、損害保険ジャパン 常務執行役員 CIO   内山 修一氏

組織としても、外部の専門家を入れたガバナンスチームを組成し、定期的にアーキテクチャーレビューを開催しています。例えば技術の陳腐化リスクがあればすぐに具体的な対策を議論するなど、ガバナンスを構築しています。

技術ウェルネス実現の2本柱「診断」と「早期治療」

守屋 デロイト トーマツは、技術ウェルネスを実現する大きな柱として、システムの技術負債になりうる箇所を「診断(検知)」する、問題として顕在化する前に「早期治療(修復)」するという2点を掲げています。

診断とは、システムのアウトプットを集め、システム全体の健康状態を総合的に評価することを指します。例えばシステムのパフォーマンスを診断してボトルネックを特定する、セキュリティーの脆弱性を発見する、ユーザーログや稼働状況を分析し、その結果からシステムの改修や新たな投資の必要性を提案する、といったことが挙げられます。

一方で早期治療(修復)とは、AIや機械学習などの技術を取り入れて、早期に自動修復することです。バグをエンジニアの手作業ではなく自動で修正したり、ビジネス要件を自動実装したり、潜在リスクに事前対応したりすることが該当します。

今回の損保ジャパンのプロジェクトにも、先に述べたように診断と早期治療の2つの観点が多く取り入れられています。診断という観点ではアプリケーションやデータ構造のガバナンス構築、早期治療の観点では疎結合化を追求したアーキテクチャーやテスト、リリースを自動化する仕組みを実現しています。この意味で、日本企業における技術ウェルネスの先進的なケースだと考えています。

――今回のプロジェクトの成果を、どう評価されていますか。

デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員 Engineering Unit Leader   守屋 孝文氏

内山 デロイト トーマツは、損保業界および当社のビジネスシステムを熟知しています。今回の長期間にわたる大規模プロジェクトでも、単なるアドバイザーではなく伴走するパートナーになってくれました。

今回のプロジェクトは、当社にも大きなビジネスインパクトがありました。独立性と保守性、柔軟性の高いプラットフォームを手に入れたことで、さらなる事業変革を進められる環境が整ってきたと感じています。

保険商品は年に1回程度商品改定があり、従来はそのためのリソースが膨大にかかっていました。それと比べて、現在は少ないコスト、期間で商品改定ができるようになりました。

現在は、ビジネスプロセスの自動化やAPI連携を通じたシステム拡張、基幹システムへのAI導入などに取り組んでいます。業務運用の効率アップも、レガシーモダナイゼーションで得られた成果です。

守屋 損保ジャパンはまさに今、さまざまな変革にチャレンジされています。

デロイト トーマツは、日本企業が競争優位を保つためにコアシステムをどう位置づけ、どんな将来像を描いて技術負債のスパイラルから脱却していくべきか、日本企業と共に考えていきます。

そのための場として、モダナイゼーションについて集中議論を行ったり、アイデアを実験したりできる施設「Application Modernization Studio Tokyo」を2025年4月に東京・丸の内に開設しました。日本企業の皆様にぜひご活用いただきたいと思います。

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