AIの本格実装に見いだす日本の製造業の勝ち筋 ダイキンのDX人材が示すAI活用の可能性

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製造業界ではAI活用に取り組む企業が増えているが、ビジネス実装に至っている企業はそう多くないだろう。AI活用を、日本の製造業がグローバル競争力を取り戻す切り札とするためにはどうすればよいのだろうか。AI分野で大きな存在感を誇るPreferred Networksから空調専業メーカーのダイキンに電撃移籍した比戸将平氏に、製造業の現場での取り組みの手応え、また今後のAI活用の方向性を聞いた。

AIで現場の“暗黙知”をいかに引き出すか

製造業は、日本が世界に誇る一大産業である。しかし長引く経済の低迷や、アジアを中心とした諸外国の台頭などさまざまな要因の中で、競争力を失っていることは否定できない。

その中にあって、「DX・AIの活用に本気で取り組めば、日本の製造業には、まだ大きな成長可能性がある」と力を込めるのが、ダイキンのテクノロジー・イノベーションセンターで技師長を務める比戸将平氏だ。

気鋭のAIベンチャーであるPreferred Networksで活躍し、業界でも注目を集めていた比戸氏がダイキンへの移籍を決めた理由もそこにある。

ダイキン工業 テクノロジー・イノベーションセンター技師長 比戸将平氏
2006年京都大学大学院情報学研究科修士修了後、日本IBM東京基礎研究所に入社。データ解析技術の研究開発に従事。2012年Preferred Infrastructureに入社。2015年よりPreferred Networks AmericaにてChief Research Officer。2018年にPreferred Networks本社へ帰任し、執行役員として主に製造業を担当。2023年1月より現職

「日本のものづくりの特徴は『現場』にあります。例えば、熟練のエンジニアの技術力といった言語化が難しく形式知化されていない“暗黙知”に、高い品質や高度な製品を生み出す肝がある。しかし、こうしたデータ化されていない情報はデジタルとの相性がよくないため、製造の現場にDXを生かしきれていない現状がありました。

これまでIT企業の人間として、外からメーカーのDXをサポートしてきましたが、サポートするには、当然その現場を理解する必要があります。しかし、AI技術がどんどん一般化する中で、IT企業がメーカーの現場を理解するスピードよりも、メーカーがAI技術を使いこなすスピードのほうが段々と速くなってきています。

メーカーの中に入り、内部から事業の中身や現場を理解したうえで取り組むことで、現場の暗黙知のデータ化を進め、よりAI活用の価値を高めたい。そうすることが、ひいては日本の競争力向上に貢献することにつながると考えました」

数多くの製造業の中からダイキンを選んだ最大の理由は、ダイキン情報技術大学の存在にあったという。

ダイキンは、DX・AI人材の自社育成を目的としてダイキン情報技術大学を設立。新入社員を約2年間、仕事はさせず、ひたすら学習に専念させるという異例の戦略で、高度なデジタル技術・知識を有する人材を育てている。

新入社員を約2年間、仕事はさせず、ひたすら学習に専念させるという異例の戦略

「社内の人材をリスキリングしてAI人材として育成するのではなく、ダイキンは若手を1からAI人材に育て上げようとしています。こうした企業の将来を担う若い人と一緒にAIを推進すること、しかも空調という、地球環境にも影響を与える分野でのAIの実装・活用に貢献できるところに魅力を感じました」と比戸氏は語る。

空調大手だからこそできる、現場からのAI実装

比戸氏がダイキンに入社しておよそ2年。製造業におけるAI実装、“暗黙知”のデータ化に取り組むべく移籍したが、すでに実装・活用の成果も出始めている。

その一つが、スマートウェアラブルデバイス「THINKLET®︎(シンクレット)」の取り組みだ。東京大学発のベンチャー企業「フェアリーデバイセズ」が開発したもので、それを自社開発の業務支援用Webアプリと組み合わせ、空調機の保守点検やメンテナンス業務において、熟練サービスエンジニアが遠隔地の作業者をサポート・教育する遠隔支援ソリューションを実現した。

インドのエアコン修理現場におけるTHINKLET®︎の装着作業

AI技術開発において大きな価値を持つのが、「データ」である。同社ではすでに「THINKLET®︎」を現場に導入して日常的に遠隔支援を行っており、現場の映像や点検時に交わされた会話音声など、まさに“暗黙知”とされるデータを収集している。その蓄積量は、数千時間に及ぶという。

「海外では誰が取り組んでも同じ水準のアウトプットとなるように製造プロセスを平準化しますが、日本は現場の人にノウハウが蓄積されており、そのノウハウは誰かの頭の中にしかない暗黙知となっています。日本の製造業が海外との競争力を取り戻す切り札は、単なるAI活用ではなく、THINKLET®︎のように現場の暗黙知をAIによって引き出し、それを活用することにあるのではないでしょうか」

AI実装はこうしたエアコンのメンテナンスや修理の現場にとどまらず、設計開発の現場へも広がってきているという。

「エアコンの設計開発においては、性能のアップデートはもちろん、これまでになかった新しい価値を提供し続ける必要があります。AIをうまく活用することで、『どう作るか』といった実際の現場作業に関する事項はAIに任せ、人は次の差別化商品の検討や新商品開発など、『何を作るか』といったより上位の価値創造に注力できるようになると考えています」

AIを活用することで、「どう作るか」でなく「何を作るか」という上位の価値創造に注力する

AIを用いて何を解くか。グローバルでデータを横連携

収集したデータを用い、AIを活用して新しい価値を生み出すに当たっては、人材にはどのような能力が求められるのか。

「新規事業の創造には、複数の専門性を備えたπ(パイ)型人材が必要だとよくいわれますが、とりわけ事業会社では、デジタルの専門性と自社の事業内容の両方に精通していることが求められます」

ダイキンでは、ダイキン情報技術大学の取り組みを通じて、すでに約400名に及ぶAI人材が卒業後、さまざまな部門に配属され、AI活用の中心的役割を果たしている。修了生の中には、各部門でチームリーダーになり、プロジェクトを牽引する立場になる者も増えてきた。

ダイキン情報技術大学で実際にAIに関する指導を行っている比戸氏は、研修を受ける社員について、「彼らは一見、ギラギラした貪欲さは見せないけれど、実際のプロジェクトの一部を担う研修を通じて事業や製品・サービスの理解を深めながらAI人材としても成長し、私の想定を超えた成果を出してきたりします。デジタルを武器に、これから先、会社を引っ張っていく人材に育っていることを感じ、大きなやりがいを感じています」と語る。

ダイキン情報技術大学の修了生の中には、プロジェクトを牽引する立場になる者も増えてきている

ダイキンは、海外の売上比率が80%を超えるグローバル企業であり、世界各地に120カ所を超える生産拠点を有している。比戸氏は社内の海外の技術者に向けてAIセミナーを開くなど、国内のみならず海外の人材とも交流し、AIを用いた新しい事業やプロジェクトを生み出すことに力を注いでいる。

アジア地域の技術者に向けたAIセミナーの様子。前列中央に比戸氏

「海外では、言語も商習慣も働き方も違うし、そもそも当社の場合、国によって提供している製品やサービスも多岐にわたるため、そこから抽出されるデータも多様です。AIの活用を進めることで、そうした統一されていないデータを吸収して新たな生産管理システムなどを構築し、グローバルに横展開することなども考えています」と展望する。

日本を代表するグローバル企業、AI活用の先進企業と情報交換し、オープンにAI活用を進めていくことにも積極的だ。

「社内だけに閉じるのではなく、日本の製造業全体でAIを実装・活用していくことが重要です。今後はオープンな情報交換や協業も進めていきたいですね」

「日本の製造現場のデータには独自の価値がある」と話す比戸氏。現場に埋もれている“暗黙知”を取り出し、磨き、活用することは、今の日本で実現できる面白い取り組みになるだろう。日本の製造業が再び世界に存在感を示すうえで、AI活用にかかる期待は大きい。

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