IPビジネスを深化させる「リアル経済圏」の威力 アニメ産業内「意外な巨大市場」を牽引する企業

※出典:矢野経済研究所「キャラクタービジネスに関する調査(2024年)」(2024年7月9日発表)、矢野経済研究所「キャラクタービジネスに関する調査(2022年)」(2022年7月11日発表)
アニメがメインカルチャーとなった背景
かつてはサブカルチャーとされたアニメやマンガ、ゲームが今やメインカルチャーとなり、「オタク」という言葉にもネガティブな響きはなくなってきた。10年以上前からアニメ・エンタメのIPビジネスを展開してきたA3 代表取締役の小澤隆史氏は、この変化について次のように分析する。

代表取締役
小澤隆史 氏
「個人的な意見ですが、子どもの頃からアニメに親しんできた世代が中高年になったことで、幅広い年代で受け入れられるようになった影響があると思います。加えて、メディアの多様化によって、『マス』の概念がなくなったのも大きいのではないでしょうか」
確かに、一昔前に市民権を得ていたコンテンツは、ほぼテレビで放映されているものだった。ところが今は、動画配信サービスが増え、スマートフォンで視聴できるようになったことで、好きな時間に好きなコンテンツが見られるようになっている。小澤氏が指摘するように、「マス」ではないコンテンツを自由に楽しむのがスタンダードとなったのだ。
「SNSの普及も大きいと思います。嗜好の共有ができるコミュニティーでファン同士の交流も生まれ、コンテンツに対する愛着もより深めやすくなりました。そういった土壌の変化が、アニメ・エンタメ産業の急成長につながっています」
そうした変化を示す現象の1つが「推し活ブーム」だろう。「推し活」は自分のお気に入りのキャラクターを応援する活動のこと。関連グッズの購入からイベントへの参加、飲食、宿泊など裾野は非常に広い。この幅広いニーズを支えているのが、キャラクターのIPを活用した商品化権ビジネスである。2012年に小澤氏が設立したA3では、10年以上前からこの領域で多面的な事業を展開してきた。
「きっかけはモバイルバッテリーでした。スマホが普及し始めたタイミングで非常に需要が高かったので、販売を始めたんです。でも、需要が高いので競争も激しく、販売価格を下げざるをえなくなりました。どうしたら付加価値を高められるか模索した結果、アニメのキャラクターをのせたらどうかと思いついたんです」
年間1000件以上! IPの価値最大化を実現できる理由
当時、モバイルバッテリーでアニメのキャラクターとコラボレーションしている製品は「おそらくほかになかった」と小澤氏は振り返る。そのため、アニメ・エンタメ業界との関係が浅かったにもかかわらず、複数の権利元企業がコラボレーションの依頼に応えてくれた。A3が切り開いた新たなマーケットが魅力的だったということだ。
「もっとこういうグッズがいいんじゃないかとか、こんなイベントが楽しんでもらえるのではといった具合で、商品やサービスのラインナップが増えていきました。今では年間1000件以上の企画を展開しています」
商品化ビジネスというと、アクリルスタンドやトートバッグといったグッズ制作がイメージしやすい。しかし、A3はものづくりにとどまらず書店やショッピングモール、駅構内などでのイベント開催や演劇などのエンタメ創生、カフェとのコラボレーションなど多彩なフィールドへ展開していった。その理由について小澤氏は「IPの価値を最大化するだけでなく、求められる価値を広げることを意識してきたから」と説明する。
「こだわりのグッズを作るメーカーになるという道もあったと思いますが、私たちにはファンのニーズをより広い分野で満たしていきたいという思いが強くありました。キャラクターのファンは、モノを持つだけでなく、さまざまな体験を楽しんでいます。しかも、IPによって世界観は異なりますから、求めるものも変わってきます。IPの魅力を広げながら、求められる潜在的な価値を形にすることで、ファンの方々に喜びを届けたいと思っているんです」
A3が大切にするフレーズ「楽しさで世界をポジティブに」にも込められた思い。「そのために私たちは何ができるのかという視点だけは外さないようにしています。企画立案の際、感覚のみに頼らないのもそのためです」と小澤氏は続ける。
「5000件以上の企画実績はすべてデータベース化し、高精度な需要予測ができる仕組みを構築しています。それに基づいて企画から実行までワンストップで行うので、確かな成果が出ると高い評価を受けています」
その評価が、550社以上というIP保有企業との取引実績につながっている。しかも、今ではアニメ自体の企画がスタートする段階からIP保有企業に相談を受け、プロモーションを含めた上流の戦略策定に携わるほどだ。
1年半で海外売上比率20%を達成した日本のIPパワー
それだけ、A3が生み出す商品化権市場が大きくなっているということなのか。そう問うと、小澤氏は「時代の変化がIPビジネスの進化を促しているということ」と冷静に答えた。
「私たちは『IPリアル経済圏』と呼んでいますが、価値観が多様化する中で、さまざまなアイテムや実店舗を通じ、IPを楽しめる機会は無数にあります。究極的に言えば、社会活動すべてにひも付けられます。それこそファンは生活のすべてを『推し』と共に過ごしたいわけですから」
IPの可能性を見据える視座の高さは、「2次利用」と呼ばれることの多い商品化権市場のプレーヤーの中で異彩を放っている。「放送・配信・配給権、マンガ化・ゲーム化・アニメ化なども2次利用と呼ばれますが、コンテンツを別の方法で届けているのが本質です。私たちはIPの世界観をリアルな世界に広げ、コンテンツだけでは届けられない価値を創出していきます」と力を込める小澤氏は、現在グローバル展開に本腰を入れている。
「コロナ禍で世界的に動画配信サービスの利用が拡大しました。それによって、ニッチだったものも含め日本のアニメが世界中で認知されたんです。一方で、『IPリアル経済圏』を広げる取り組みは、私たちの他にまだ見られません」
機が熟しただけでなく、熱烈なオファーが中国からあったことも大きかった。後押しされて2023年9月に進出。25年1月には初の海外リアル店舗を上海市と南京市のほぼ中間に位置する古都・無錫市でオープンし、300名超が行列をつくったという。
「驚くことに、一般のお客様がA3のことをよくご存じなんです。現地のSNSで発信するとものすごい多くの反応があります。本格進出から1年半程度ですが、すでに売り上げの海外比率は20%近くまで伸びました。それまでも、日本が世界で勝てる数少ないカテゴリーが『IPリアル経済圏』ではないかと思っていましたが、今は確信に変わっています」

この小澤氏の意気込みの強さは、現状のIPビジネス市場に対するもどかしさの裏返しでもあるようだ。
「中国で直接ファンの反応に触れて痛感していますが、日本のクリエーターが生み出す価値の大きさは計り知れません。でも、それに対してビジネスの広がりがあまりにも弱い。もったいないと思っています。コンテンツだけでなく、IPが生み出す経済圏の大きさを多くのプレーヤーに知ってもらいたいですし、私たちが先陣を切ってその威力を発揮させたいと思っています」
だからこそ、感覚のみに頼らず、前述のとおりデータドリブンなビジネスモデルをつくりあげるとともに、組織力の強化にも力を注ぐ。「IPビジネスというと華やかな印象を持つ人もいますが、オーソドックスな取り組みを地道に続けている会社なんです。企画力を評価いただきますが、私はチーム力こそ最大の強みだと思っています」と小澤氏。届けるIPの価値は時代に合わせて変わっても、基盤をしっかり固めることで、それを最大化させる力は決して変えない――。そんな決意がうかがえた。
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