サステナビリティ情報開示の義務化が進む理由 効率的な体制構築の「ベストプラクティス」とは

グローバルで加速するサステナビリティ情報開示義務化の潮流
企業に対してサステナビリティ情報の開示を求める動きが世界的なトレンドとなっている。事業会社や機関投資家の実務担当者らでつくるESG情報開示研究会の増田典生氏は「企業価値における無形資産比率の増大が背景にある」と説明する。

一般社団法人ESG情報開示研究会共同代表理事
日立製作所サステナビリティ推進本部主管
米S&P500銘柄企業では、時価総額に占める無形資産の価値の割合が90%に達し、財務情報だけでなく、無形資産価値を含めた非財務情報に対する投資家の関心が高まっている。
日本では1000社超が統合報告書を発行して、ESGへの取り組みなどの情報の「任意開示」を拡充してきた。が、グローバルには、制度で開示を義務づける「法定開示」が主流だ。
欧州ではCSRD(EU企業サステナビリティ報告指令)の適用が段階的に始まり、2025年度からは一定規模以上の日本企業の現地法人も開示義務の対象となる。このほか、IFRS(国際会計基準)財団傘下の国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)や、米国証券取引委員会(SEC)も気候変動対策等に関する開示基準を設定している。
研究会の欧州視察に参加して、現地の企業や基準設定団体と意見交換してきた増田氏は「サステナビリティ情報開示の義務化は負担ではあるが、新たなビジネス機会と捉えようというポジティブな姿勢を感じた」と続ける。
「欧米企業はESG情報と結び付けた企業戦略の説明をしている。日本企業もサステナビリティ戦略を情報開示の中心に据え、企業価値向上のストーリーを描くべきでしょう」
グローバル市場でのサステナビリティ情報開示義務化の流れを受け、日本でも、有価証券報告書など既存の法定開示に加え、サステナビリティ情報開示が義務化される予定だ。日本企業に残された時間も、そう長くはない。
日本もサステナビリティ情報開示基準を策定、保証取得のための内部統制が課題に
日本では、2024年3月に財務会計基準機構が運営するサステナビリティ基準委員会(SSBJ)が開示基準の公開草案を公表した。
今後は25年3月に基準を最終化予定。27年3月期から東証プライム市場に上場する時価総額3兆円以上の企業に適用が開始される方向で議論がなされている。
その後も28年3月期に同1兆円以上、29年3月期に同5000億円以上の企業へと順次適用範囲が拡大される。

監査法人トーマツ
監査アドバイザリー事業部内部統制・経営体制アドバイザリー部シニアマネジャー公認会計士(日本)
トーマツの平光彩耶氏は「27年3月期から適用の企業は、期首の26年4月までに準備を整えなければならないので、あと1年数カ月しか時間はない。それ以外の企業も対応を急ぐ必要がある」と訴えた。
体制構築には、まず、サステナビリティ関連のリスクと機会の識別や、基準に対応できていない項目の特定を行って、サステナビリティ戦略を立案する。さらに、サステナビリティ情報は経営判断で利用するため、経営判断を誤らないためにも信頼性確保はマストであり、企業として数値を外部に公表する以上は、信頼性のある適切な数値を公表できる体制を整える必要がある。開示情報の信頼性を担保する第三者保証を取得する必要もあるので、保証人に説明できるようにデータ収集プロセスを組み立て、内部統制を構築する必要がある。
「データ収集・集約・出力のシステム導入を並行して行っている企業の事例においては、データ収集プロセスや内部統制の構築に2年程度見ているケースもある。とくに、保証基準はまだ開発中なので、保証への対応に不安を感じている企業も多い」(平光氏)
保証には、保証業務リスクを低水準に抑えた合理的保証と、より簡略化された限定的保証がある。ただし、限定的保証であっても属人的な手作業が多かったりプロセスが可視化されていないと、保証手続きに膨大な時間とコストがかかる恐れがある。
グループ連結開示や合理的保証の取得など、将来の発展性を考える必要もあり、平光氏は「内部統制を高度化するにはデータプラットフォームなどITの力を利用することも有用でしょう」と語った。
では、どのようなソリューションがあるのだろうか。
グローバルのユーザー数、約6000社を誇るWorkivaとは
非財務情報の開示を支えるシステムとして、欧米で実績があるのがWorkiva(ワーキバ)のクラウドサービス。「創業した2008年に金融危機が起き、投資家から情報開示ニーズが高まったことで、多種多様なレポートを作成しなければならなくなった企業の負担が増し、その作業をサポートするシステムが求められていた」と語るのは、Workiva Japanの古場和平氏だ。

Workiva Japan
リージョナルアカウントエグゼクティブ
Workivaは2010年に、米国証券取引委員会提出書類(SECファイリング)に対応したソリューションの提供を開始。その後もCSRレポート、内部統制・監査支援ソリューション、ESGレポートと、対象ソリューションの幅を広げてきた。
日本拠点は2022年に設置されたばかりだが、グローバルには6000社超のユーザーを抱えている。
古場氏は「グローバル展開する日本企業には、CSRDなど欧州を中心とした非財務開示要求のプレッシャーがかかっている。加えて海外からの投資を積極的に呼び込もうとする日本政府の方針もあり、英文開示義務やSSBJといった新たな開示ルールが整備されており、われわれが得意とする海外投資家向けの情報開示の需要がますます高まっている」と自信を見せる。
古場氏の指摘のとおり、非財務情報開示の業務が高度化、複雑化していることを実感する日本企業は少なくないだろう。
非財務情報開示ソリューションの「ベストプラクティス」とは
Workivaとアライアンスを組んで国内販売を担当する日立ソリューションズの斉藤隆氏は「海外で実績のあるWorkivaを使い、開示プロセスを効率化するソリューションの提供を始めることができた」と語る。
多くの企業は、非財務情報の開示プロセスは体制・システムが未整備で、非効率なものになっている。例えば、データ収集は、表計算ファイルを添付したメールのやり取りで行うために時間がかかり、収集したデータのバラバラになっている単位や形式をそろえる作業も煩雑だ。

日立ソリューションズ
スマートライフソリューション事業部スマートワークソリューション本部インフォメーションシェアリングソリューション部主任技師
また、複数人が共同で報告書を作成する過程では、ファイルを誤って消去・上書きしたり、最新版ドラフトがどれかで混乱したりすることも多く、データの不整合も生じやすい。
Workivaは、収集した財務・非財務情報を一元管理し、不自然な数値の検出などのデータ検証や、単位を統一するデータ変換を自動化できる。データ管理と開示プロセスがつながるので、データの修正や更新があった場合も、即座に開示内容に反映され、整合性を保つことができる。
Workiva、トーマツ、日立ソリューションズの3社連携で提供する「非財務情報開示のベストプラクティス」は、データの収集から統合管理、開示までの過程に豊富な機能を備えるWorkivaのプラットフォームをベースに、トーマツが最適な業務プロセスをまとめたテンプレートを用意。日立ソリューションズが、システム連携の構築や、個社に合わせたカスタマイズなどの導入支援、保守サービスを提供する。「トーマツとの連携により、お客さまに高品質なソリューションを提供できる体制を組んでいる」(斉藤氏)。
すでに、「非財務情報開示のベストプラクティス」を導入した日本企業のケーススタディも報告されている。
「グローバルにビジネスを展開する日系企業は、ESG情報の開示を求めるEUの企業サステナビリティ報告指令(CSRD)への対応を急いでいる」と指摘するのはWorkiva Japanで日本統括責任者を務める大八木邦治氏。アルプスアルパイン、NIPPON EXPRESSホールディングスのキーパーソンに、開示に向けた考え方や取り組みを聞いた。

Workiva Japan
エリアセールスディレクター日本統括責任者
連結グループ開示を見据え、本社主導で開示体制を構築するアルプスアルパイン
「CSRDに示された、気が遠くなるほど多くの開示項目・データポイントを見たときに覚悟を決めました」――。世界23の国と地域に展開する電気電子・車載部品メーカー、アルプスアルパインでサステナビリティ情報開示を指揮する桐生真弓氏はそう振り返った。
2025会計年度から適用される欧州子会社の開示については、現地法人単独で対応してもらうことも可能だったが、2028年度から連結グループ開示が適用されることも見据え、本社主導でグループ全体の開示体制構築の取り組みを始めた。

アルプスアルパイン
ESG副担当サステナビリティ推進室室長兼ガバナンス推進室室長
「様子見をしながらの対応では、取り組む社員の士気も上がらない。早期に着手することで負荷が平準化・低減される。時間に余裕があるので建設的な進め方も可能になる」(桐生氏)
早くからCSRD対応のソリューションを提供していたWorkivaのプラットフォームを導入することで、属人化した作業を効率化。「細かいところにこだわりがちになる日本人は、自分が納得できるまで詳細にカスタマイズしたデータベースを作ろうとする傾向が強い。70点を合格レベルと割り切ってシステムの標準機能を利用し、スピードを上げることも大事」とした桐生氏は「Workivaでデータ管理を効率化して、企業価値を向上させるサステナビリティ経営の実装に貢献することに注力していきたい」と語った。
構築中の経営情報基盤の非財務情報拡充にWorkivaを活用したNIPPON EXPRESSホールディングス
NIPPON EXPRESSホールディングスは、昨年導入したグループ経理基盤を、インターフェースハブ経由で各種業務システムと連携させ、新たなグループ経営基盤に発展させるプロジェクトを推進している。
グループ経営基盤導入の特徴は、標準機能を最大限に活用し、カスタマイズを最小限に抑えるフィット・トゥ・スタンダードを基本方針としており、まずシステムを稼働させることを重視してきた。

NIPPON EXPRESSホールディングス
経営戦略本部経営プラットフォーム構築推進室長
「さまざまな業務システムと連携しながら経営基盤の仕組みを整え、データに基づく報告を定着させることで、経営に資するためにはどんなデータが必要かを把握できる」と語るのはNIPPON EXPRESSホールディングスの日下昌彦氏だ。
Workivaの非財務情報開示プラットフォームも、この経理・経営基盤の導入と紐づいている。
「Workivaを使ってサステナビリティ関連のデータの収集と整備を進めることで、ESG経営、経営高度化のための基盤とすることができるだろう。目指す方向に進むために基盤構築から始めるのは、よいアプローチではないかと思う」と締めくくった。