生成AIで進化する「システム運用管理」の可能性 IT部門は変革と成長を担う「攻め」の組織に
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新旧のニーズの混在でシステム運用管理の負荷が急増
DXの名の下、デジタル技術の活用による企業の業務変革やビジネス変革が進む中、新たな問題が顕在化している。さまざまなシステムが導入され、システム環境が複雑化することに伴う、運用管理業務の負荷の増大だ。
実際、DXの進展によってクラウド、オンプレミスを問わず稼働するシステム数が急増し、IT部門の担当者はその運用管理に追われている状況にあるという。日立製作所(以下、日立)で、複数のシステムの運用を統合管理するソフトウェア「JP1」の事業を統括するクラウドマネージドサービス本部本部長の吉田雅年氏は、次のように説明する。

クラウドサービスプラットフォームビジネスユニット
マネージド&プラットフォームサービス事業部
クラウドマネージドサービス本部 本部長
吉田 雅年氏
「システム運用の負担が増えている背景の1つに、ビジネスのスピードがどんどん速くなり、ITシステムにもアジリティが求められていることがあります。従来のように1年、2年といった時間をかけた開発ではなく、スピーディーに開発を進めるために、すぐに使えるパブリッククラウドの活用が広がってきています。
他方、例えば金融機関の基幹システムなど、絶対に止まっては困る、安定稼働が求められる重要なシステムも存在し続けます。その開発と運用は従来どおり慎重なステップを踏んで進める必要があります。つまり今日のIT部門は、新旧の二極化したニーズに応える開発と運用を、同時に担わなければいけなくなっているのです」
一方で、国内の労働人口は減少傾向にあり、IT人材の確保も今後より難しくなることが予想される。「仮にIT部門の人員が1割減っただけでも、大きなインパクトになります。とくに人手に頼る業務が多い運用管理の領域では、近い将来、業務が回らなくなるおそれがあります」と吉田氏は指摘する。
日常的なシステムの監視や、利用者からの問い合わせ対応、レポートの作成、障害時の対応プロセスなど、ITの運用管理業務は多岐にわたり、人手に頼った運用が続けられてきた。そして、システムが増えれば増えるほど、担当者の負担も増える。
もともと運用管理はシステムごとに担当者が分かれていることが多く、運用ノウハウも属人化しやすい。そうした状況下ではいずれ、限られた人員で多くのシステムを見るのが困難になってしまう。
ただし悲観的なことばかりではないと、吉田氏は次のように話す。
「生成AIなどのテクノロジーの進展が、この問題の解決策として利用できる段階に入ったと認識しています。つまり、従来は人がおこなっていた運用管理業務を生成AIの活用によって自動化、効率化するソリューションの登場です」
システム運用管理で生成AIはどう活用できる?
日立では、IT部門の役割は、企業のビジネスを支えるシステムの「安定稼働」を重視する役割から、成長につながる「変革」を先導する役割へとシフトすべきだと考えている。同社クラウドマネージドサービス本部運用管理プラットフォーム部担当部長の柴田幸祐氏は次のように話す。

クラウドサービスプラットフォームビジネスユニット
マネージド&プラットフォームサービス事業部
クラウドマネージドサービス本部
運用管理プラットフォーム部 担当部長
柴田 幸祐氏
「IT部門は、企業のDXをリードし、ビジネス成長を担うのがあるべき姿です。そのためには、IT部門が従来担ってきたシステムの安定稼働に関わる業務を、できる限り手間をかけないで済むよう効率化し、ビジネス成長につながる領域に注力できるようにすることが重要です」
システムの複雑化と人手不足という2つの課題を克服し、IT部門が企業の成長を支える存在になるために、日立は生成AIを活用してIT運用管理業務の効率化や自動化ができないか、研究を続けてきた。
その成果の1つとして、システム監視中に上がったアラートに対する初動対応を生成AIで効率化できることを確認した。
「システムに不具合が起きた際、IT部門の担当者は定められた対応手順に従って作業しますが、その手順が書かれたドキュメントを探すのに時間がかかります。このドキュメント検索や対応手順の引き当てに生成AIを活用し、ケースに応じて最適なアクションを回答する仕組みを開発し、社内で実験したところ、一定の労力削減が可能であるとわかりました」と吉田氏は説明する。
今やあらゆる業務で生成AIの活用が始まっているが、運用管理も例外ではない。大量の業務処理を学習し、傾向を見つけ出して自動化するのはAIの得意な分野であり、すでに特定の領域では実用化が進んでいる。しかし、そこから運用管理の深い領域に入っていくと、自動化には高いハードルが存在するという。
「システム運用を自動化するには、細心の注意が必要になります。運用を誤ればシステムの停止に直結し、企業に大きなダメージを与えるからです。昨今、生成AIが間違った答えを出す『ハルシネーション』が問題になっていますが、システム運用では、誤った対応によってシステムが止まることは絶対にあってはいけません。
また、生成AIに同じ質問を2回したときに答えが変わってしまうこともあり、再現性の確保が困難です。運用に求められる確実性と、AIの特性の間のギャップを、どうやって埋めていくかが課題です」(柴田氏)
人手に頼った業務をコード化。生成AIで「再現性のある」運用へ
日立は、システム運用への生成AI活用を試行錯誤しながら検討している。そこで日立が用意している、生成AIの活用によるシステム運用の変革を見据えたプラットフォームが「JP1 Cloud Service/Operations Integration(以下、Ops I=オプス・アイ)」だ。オンプレミス、クラウドなどさまざまな環境に存在してサイロ化しているシステムの運用を横断的に標準化し、運用管理業務の効率化を支援する。
Ops Iで取り入れたのが「運用コンテンツのコード化 」だ。従来人手でおこなわれてきた運用の手順をソフトウェアのコードにより自動化するだけでなく、運用項目を定義するサービスカタログやそのパラメータを指定する入力項目、引き続き人が責任を持っておこなう承認プロセスを規定するワークフローなど、運用全体を構成するコンテンツをすべてコードに落とし込むことで、属人化を防ぎ、他のシステムにもコード化した運用ノウハウを横展開しやすくするという。
「各種運用の業務をコード化していけば、プログラムコードを修正するように運用を改善していくことができます。また、新しいシステムを使い始めるときも、標準化したプロセスに分解してコード化しておくことで、容易に既存の運用プロセスを再利用し、スピーディーに運用を開始することができます。これが、当社がめざしている次世代のシステム運用です」(柴田氏)
想定として、生成AIはまず運用プロセスをコード化する段階で利用され、その後、自動化した運用プロセスにおける操作や実行のログデータを収集、学習し、改善の提案をするところでも使われる。
つまり運用プロセスが継続するほど、多くのデータが蓄積され、AIによる分析や改善の精度が高まっていく。生成AIが生成したコードや改善提案の内容は、人の目を通したうえで問題なければ使用することによりハルシネーションのリスクも回避でき、コード化しておくことで生成AIによる再現性の課題もクリアできる。
「これからの運用管理者は、個別のトラブルやデータの処理に追われるのではなく、運用全体を見渡して、最適な運用プロセスを設計する役割を担うことになります。Ops Iはそのためのプラットフォームです」(柴田氏)
すでにOps Iを導入済みの企業では、運用管理の標準化と効率化を実現し、IT部門の変革を進めている。例えばある企業では、パブリッククラウド基盤の運用プロセスをOps Iによって標準化し、社内の利用申請業務の処理を自動化。同社はシステム運用管理を内製化、効率化したいと考えていたが、Ops Iによって業務を標準化することで、社内の人員でも効率的な運用ができるようになったという。
DXの推進で導入システムが増える中、その「お守り」に注力していてはIT部門のあるべき役割が果たせない。システムの運用を効率化して負荷を軽減し、「攻め」のIT部門へ変革するために、Ops Iは強力な武器になるだろう。吉田氏は次のように力を込める。
「増え続けるシステムを既存の運用に加えていくだけではいずれ手が回らなくなり、ビジネスにも影響していきます。人材不足も加速している今、システム運用を根本的に見直していく必要があるでしょう。そこで生成AIによる自動化が力を発揮するはずです。
今からコード化・標準化した運用を始めて実績を積み重ねていけば、生成AIに学習させるデータとして強力な価値となります。それが今後のシステム運用の変革を加速する際に、大きな助けになると思います」