「勤務間インターバル制度」が生む3つのメリット 離職率を下げ、生産性を上げるエビデンスとは

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左からパリテ社会保険労務士事務所・佐藤道子氏、高崎経済大学 高崎経済大学 経済学部 教授・小林徹氏、日本労働組合総連合会(連合)・新沼かつら氏
人手不足が社会的な課題となっている中、厚生労働省の調査によれば、新規大卒就職者の3年以内の離職率は、近年3割台で推移している。離職率を下げるために企業はどのような手立てを講じればよいのか。専門家に分析してもらったところ、大幅に離職率を低下させた施策として「勤務間インターバル制度」が浮かび上がってきた。そのメリットや成功事例について、詳しく話を聞いた。
※「新規学卒就職者の離職状況(令和3年3月卒業者)」(厚生労働省調べ・2024年10月25日発表)

「人員が少ないほど早期離職率が高い」が示す意味

――企業の未来を担う新卒就職者の早期離職率が高止まりしています。背景には何があるのでしょうか。

高崎経済大学 経済学部 教授 小林 徹 氏
高崎経済大学
経済学部 教授
小林 徹
慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程修了。独立行政法人労働政策研究・研修機構を経て2018年より高崎経済大学経済学部准教授。2024年より現職。労働経済学の理論およびデータを用いた労働市場に関するさまざまな課題に対する研究に従事

小林 転職市場の拡大が大きいと考えられます。

人手不足を背景に求人倍率が上昇しているだけでなく、HRテック※1の進化によって転職活動もしやすくなりました。魅力的なベンチャー企業が増えたことで、長期雇用慣行がない就職先を選ぶ人が多くなった影響も少なからずあるでしょう。

そうした状況の中で、就職先の就労環境が悪ければ、当然離職率は高まります。

とくに、長時間労働が是正されない企業は要注意です。

厚生労働省の「令和6年版労働経済の分析」によれば、週労働時間60時間以上の割合は全体的には近年低下傾向にありますので、今後ますます厳しい離職率にさらされるおそれがあります。

佐藤 小林先生が指摘されたように、新卒就職者の早期離職率の高止まりは、労働市場の流動性が高まった影響が大きいと思います。

パリテ社会保険労務士事務所 特定社会保険労務士 佐藤 道子 氏
パリテ社会保険労務士事務所
特定社会保険労務士
佐藤道子
一部上場企業で人事・総務業務に従事後、2005年に独立。以後一貫して企業の人事労務管理支援に注力している。第54回東京労働大学講座総合講座(独)労働政策研究・研修機構 理事長賞受賞。産業カウンセラー

この労働市場の流動性について、実務において感じるところを申し上げれば、近年のキャリア教育の充実によって、やりたいことを明確化して就職する人が増えました。そのため、入社前の期待と入社後の現実の乖離が生じてしまうケースもあるように思います。そんな若い人たちの価値観の変化に、企業の環境整備が追いついていない面もあるのではないでしょうか。

企業規模が小さくなるほど早期離職率が高い傾向にあるのも注目したいところです。

厚生労働省発表の「新規学卒就職者の離職状況(令和3年3月卒業者)」によれば、1000人以上の企業は28.2%ですが、30~99人だと42.4%、5人未満だと59.1%まで跳ね上がります。

有給休暇の取得率も企業規模が小さいほど低い傾向にあります※2。中小零細企業は最小人員で事業を回しているという意味で、従業員一人ひとりの負担も大きく、休日が取りづらかったり、長時間労働を余儀なくされたりしている可能性は十分にあります。企業規模が小さくなるほど早期離職率が高い傾向の要因は、そのような要因も考えられます。

※1 人事業務の改善を図るテクノロジーのこと
※2 厚生労働省「令和6年就労条件総合調査」

睡眠不足がパフォーマンスを下げ、生産性を低下させる

――労働市場が変化し、価値観が多様化する中で、長時間労働や休日の取りにくさが是正されない企業が避けられる傾向にあるということですね。このような変化が加速したのは、働き方改革によって社会全体の働くことに対する意識が変わってきたことも大きいと思いますが、この働き方改革では時間外労働の上限が設けられました。これは長時間労働の是正や休暇の取りやすさにつながっているのでしょうか。

日本労働組合総連合会(連合) 総合対策推進局 労働条件・中小労働地域対策局 局長 新沼 かつら 氏
日本労働組合総連合会(連合)
総合対策推進局
労働条件・中小労働地域対策局 局長
新沼かつら
2009年、連合に入局。2023年10月より現職。現在、春季生活闘争や労働条件調査などを担当

新沼 過労死や過労自殺が後を絶たなかったことから、2014年に過労死等防止対策推進法が成立し、2019年には働き方改革が始まりました。長時間にわたる過重な労働が疲労を蓄積させ、脳や心臓に悪影響をもたらす可能性があるという医学的な知見も知られるようになったことで、企業における取り組みは着実に前進していると思います。

しかし、依然として法律の周知に課題が残っています。

連合が実施した調査によれば、時間外労働の上限規制についての理解率は68.9%にとどまっています。生活時間と睡眠時間を確保することで長時間労働を是正する「勤務間インターバル制度の導入促進」についての理解率は38.4%と4割に達しませんでした。

この結果は、年間総労働時間にも影響しています。連合は1800時間(1日の労働時間7時間半)を目指していますが、大手主要組合の年間総労働時間は1900時間超と、大手ですら目標にはまだ遠い状況です。

多くの企業がDXなどで業務効率化を進めていますが、深刻な人手不足もあって個々の企業努力では限界もあると感じています。36協定の適切な締結・運用や勤務間インターバル制度の導入など、長時間労働を防ぐ仕組みを取り入れていく必要性があると考えています。

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勤務間インターバル制度とは、終業時刻から次の始業時刻の間に、一定時間以上の休息時間(インターバル時間)を確保する仕組みのこと。2019年4月1日より、同制度を導入することが事業主の努力義務となった。(出所:厚生労働省「働き方・休み方改善ポータルサイト」)

――「勤務間インターバル制度」を導入するメリットは何でしょうか。

佐藤 そうですね。とくに、勤務間インターバル制度は、1日の勤務終了後、翌日の出社までの間に、一定時間以上の休息時間(インターバル)を設けることで、働く人の生活時間や睡眠時間を確保する仕組みで、長時間労働を防ぐためにも重要な制度です。働く人の生活は、「仕事の時間」と「仕事以外の時間」を合わせて1日が成り立っています。従来、「仕事の時間」そのものが着目されてきましたが、「仕事以外の時間」に十分な休息が取れずに疲弊した心身の状態では、十分なパフォーマンスが発揮できず、いくら時間を費やしても生産性は上がりません。

多くの人にとって、ウィークデーにおける仕事以外の時間の中心は睡眠です。実際、慢性的な睡眠不足がパフォーマンス低下を招くという研究報告もあります。生産性を向上させるには、「仕事の時間」だけではなくて、仕事以外の時間で「休息の時間」をいかに確保するか発想を転換させる必要があります。労働者が日々働くに当たり、勤務間インターバル制度を導入することで、そうした転換が可能となり、従業員の健康維持・向上や生産性の向上につながることが期待できます。勤務間インターバル制度の導入は、長時間労働を防ぐだけではなく、さまざまなメリットがあります。

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ランダムに提示される刺激に対して、0.5秒以上かかった遅延反応数を示したもの。毎日6時間の睡眠でも10日以上続くと一晩徹夜したのと同等レベルの遅延反応が生じた。睡眠不足が続くと仕事にも支障を来たす可能性が高くなる。(図:慢性的な睡眠不足とパフォーマンス低下の関係 出所:Hans P.A. Van Dongen,Greg Maislin,Janet M. Mullington,David F. Dinges [2003]『Sleep』)

従業員の健康維持、生産性向上、離職防止につながる

小林 確かに、勤務間インターバル制度の導入効果は、長時間労働を防ぐことだけではありません。インターバル時間が少ないほど、精神的な健康悪化につながるということは研究で実証されています。また、労働時間が週50時間を超えるとメンタルヘルスが悪化するという研究報告もあります。

私が2015年に実施した分析では、労働時間が長くなるほど勤務先の評価が下がり、週50時間を超えると自分の会社をブラック企業だと思うようになることがわかっています。そうなれば離職の可能性も高まりますので、勤務間インターバル制度の導入は、そうしたリスクの低減につながるといえます。

さらに、経済的な観点でいえば、そうやって労働力を低下させるとGDPも減少してしまいます。子育てや教育を経て労働力となっていくことも踏まえれば、それだけ社会的なコストをかけた労働力を適切に活用することは企業の社会的責任でもあります。

その意味で、勤務間インターバル制度の導入は、CSRの一環として取り組むべきでしょう。そうすることで労働市場における企業評価が高まり、離職を減らすだけでなく採用もしやすくなると考えられます。

佐藤 企業が社会的責任を果たすということはとても重要だと思います。そのためにも、企業は休息の重要性を経営戦略と位置づけて勤務間インターバル制度の導入に取り組むことが必要だと思います。 

新沼 企業が社会的責任や休息の重要性を認識することは非常に大切だと思います。そして、少子高齢化が進み、産業構造が変わる中で、持続可能な社会をいかに実現するかが求められています。勤務間インターバル制度の導入を通じ、生きがい、働きがいを感じながら豊かに働ける環境を整えることが、日本全体の生産性向上にもつながっていくと確信しています。

労使の対話が、働きやすい職場づくりのカギ

――厚生労働省「令和6年就労条件総合調査」によれば、勤務間インターバル制度を導入している企業は5.7%とまだ少数ですが、どんな成功事例があるのでしょうか。導入、運用の際の注意点も教えてください。

新沼 勤務間インターバル制度の導入によって、朝の業務がはかどるようになったとか、時間に対する意識が高まったことで時間内に業務を終わらせる姿勢が身に付いたといった話はよく聞きます。厚生労働省の「働き方・休み方改善ポータルサイト」には多数の事例が掲載されているので、ぜひ参照いただきたいと思います。

佐藤 離職率が40%に達していたある介護事業者は、2017年にいち早く勤務間インターバル制度を導入し、今では約7%前後と大きく改善しました。

インターバル時間が確保できなかったときの対応方法として特別休暇制度(名称はインターバル休暇)の導入、勤務シフトの工夫、所定労働時間や年間休日数の見直しなどのハード面の整備のほか、特徴的なのは、離職理由の徹底検証や介護労働を補助する機械の導入、昼寝制度や休憩空間の充実、再入職パスポート制度(他施設に転職した従業員の復職制度)導入など、従業員のワーク・ライフ・バランスを推進するため、総合的に労働環境を見直したことです。

その過程では、経営者が従業員と対話を繰り返し、現場管理の肝である管理職のマネジメント支援や介護施設利用者にも制度の意義を丁寧に説明していました。

新沼 とても重要な点だと思います。やはり労使の話し合いが不十分だと働き方や休み方の見直しはうまくいきません。まず大切なのは、勤務間インターバル制度を導入する目的を双方で共有し、現状の労働時間や人員配置、業務の実態をお互いに把握することです。経営者による取引先への理解促進も制度導入の後押しになると思います。

つまずきポイントになりやすいのが、現場の実態が不明なままいきなり勤務間インターバル制度を導入してしまうことです。トップダウンで強行しても、顧客の要望に応えようと現場が頑張ってしまって、実質的にインターバル時間が確保できないこともあります。そうすると、健康が維持できず生産性も上がりません。

佐藤 まさに、そうやってつまずくケースは少なくありません。例えば飲食サービス業や小売業など、多店舗展開をしている企業の中には、人手不足で店長などの現場責任者が従業員のシフトを穴埋めせざるをえず、「この状況で勤務間インターバル制度を入れたらどうなるのか」、「自分たちがさらに大変になるのではないか」といった抵抗とか反発というよりも、不安の声が聞かれることがありました。

成功している企業は、「なぜ制度を導入するのか、誰のためにやるのか、“皆さんのため”にやるのです」といったトップの強い意志を経営者自らがすべての店舗を回って従業員と対話しています。

小林 失敗しないためにも、労使のコミュニケーションを制度として取り入れることも必要だと思います。近年、労働組合の数は減少し続けていますが、先に紹介した勤務先をブラック企業と思うかどうかの調査では、労働組合がある企業のほうがブラック企業と思われにくいという結果も出ています。もし労働組合がない場合は、労使コミュニケーションの日程を定期的に確保するのも有効だと思います。

左から佐藤道子氏、小林徹氏、新沼かつら氏

新沼 経営者は現場の声を聞くためにぜひ労働組合を活用してほしいと思います。労使がお互いに知恵を持ち寄って、工夫をしながら働きがいのある職場づくりに向けて議論を積み重ねることが大切です。

とくに最近は、テレワークの普及で、生活時間と労働時間の区別が曖昧になっています。メンタルヘルス対策や適切な労働時間管理のために、勤務間インターバル制度と併せて「つながらない権利」の導入も検討いただきたいところです。

佐藤 制度導入から一定期間経過したら、制度の効果や課題検証が重要です。厚生労働省の調査で「制度導入後に課題が生じたか」という設問に「特になし」という回答が最も多く※3、安定的な制度運用がなされているケースが多く見られました。

メリットはあってもデメリットが生じにくい制度なので、制度に対する不安や導入を躊躇している企業があれば、まずはファーストステップを踏み出していただきたいと思います。試行期間を経てから本格導入するケースもありますので、企業の実情に合わせて取り組みを進めていただきたいと思います。

小林 導入率が低い今は、企業にとって大きなチャンスだと思うのです。いち早く従業員の健康維持・向上に取り組んでいる企業として、採用や広報活動で役立てることもできます。後発になればブランド価値がどんどん低くなってしまいますので、今のうちにチャレンジすることをおすすめします。

※3 厚生労働省「勤務間インターバル制度 導入運用マニュアル(食料品製造業種版)」

厚生労働省では、2024年9月19日に「勤務間インターバル制度導入促進シンポジウム」を開催しました。本シンポジウムでは、2019年4月から企業に努力義務が課されている勤務間インターバル制度について、その重要性、企業が制度に取り組むメリット、導入を進めるためのポイントなどを、先進事例とともに解説しました。当日ご視聴いただけなかった方や、シンポジウムの内容を再度ご視聴されたい方、ご興味のある方は、下記URLより動画をご覧いただけます。

また、「働き方・休み方改善ポータルサイト」内にて、制度を導入・運用する際のポイントをまとめた「勤務間インターバル制度導入・運用マニュアル」、制度を導入している企業の事例等をご紹介しています。