住友ゴム工業「タイヤの新発明」挑戦への軌跡 アクティブトレッドで切り開く「クルマの未来」
タイヤの歴史を動かす新商品「シンクロウェザー」の反響
雨や雪が降っても、路面に合わせて自動的に性能が変化するタイヤは「クルマの未来」をどう変えるのか――。2024年10月1日、住友ゴム工業が開発した次世代オールシーズンタイヤ「シンクロウェザー(SYNCHRO WEATHER)」の販売がスタートした。
シンクロウェザーは、同社が23年のジャパンモビリティショーで発表した新技術「アクティブトレッド」が組み込まれた初めての商品だ。路面状態に合わせてタイヤ自らが最適な性能に変化する先進的な技術。その第一号となる商品はサマータイヤとスタッドレスタイヤの性能を両立させ、24年7月の発表直後から大きな注目が集まっていた。
代表取締役社長の山本悟氏は、各方面からの手応えについてこう話す。
「発売に先駆けて行った新商品発表会の直後から、首都圏を中心に販売店への事前予約が殺到しました。私自身、長年タイヤビジネスに携わってきて一度も経験したことがない、予想をはるかに超える反響をいただきました」
シンクロウェザーの特徴や性能を正しくユーザーに伝えるため、同社で初めて導入した販売認定店制度に想定を超えた加入希望が集まったことからも、期待度の高さが見て取れる。
「当初8000店を目標に徐々に認定店を増やしていく計画でしたが、商品発表後2週間で5000店を超える販売店からの加入希望がありました。これまで取引のなかった販売店からも『認定店に加入したい』との声を数多くいただいています」(山本氏)
オールシーズンタイヤへのシフトが見られる世界の潮流を背景に、同社が目指すのはかつてないタイヤ市場の創出だ。
「まずは国内市場のシェア拡大を達成し、市場規模の増大が続く欧米でも販売戦略を強化することで、世界におけるオールシーズンタイヤのデファクトスタンダードを狙います」と山本氏は意気込む。
路面状況に応じて「自動的に変化」アクティブトレッド技術とは
氷上・雪上を含めたあらゆる天候・路面に「シンクロ」する革新的なタイヤ。その実現に欠かせないのが、同社が開発した新技術「アクティブトレッド」だ。アクティブトレッドは、路面状況に応じてタイヤが自動的に性質変化する点が特徴として挙げられる。路面が濡れると、タイヤの接地面と路面との間に水膜ができ、摩擦力が低下して滑る原因になる。
同社は、水に反応して分子構造が変わる特殊なゴムを開発。水に触れると柔らかくなり、乾燥すると剛性感が戻るゴムを作り出した。また「水」に加えて、「温度」にも着目。通常のゴムは冷えると硬くなるが、氷点下でも硬くなりにくい特性を実現した。
「自動車用タイヤの概念を大きく変える、進歩というより『発明』です」と新技術を語る山本氏は、「17年に初めてこのコンセプトを聞いた時、まるで『魔法のタイヤ』だと思いました」と振り返る。7年を経て「魔法」を現実のものにした背景には、開発者の熱く、強い思いがあったと評価する。
タイヤにとって路面の水や氷は、安全な走行を妨げる「邪魔もの」。それを排除するのではなく「どう味方につけるか」。この発想の転換が、新技術を生む契機になった。しかし、その斬新なアイデアに対し当初は開発者の間でも、懐疑的な見方が大勢を占めていた。そんな逆境の中でも技術を確立することができたのは、同社の根底に流れる「挑戦する精神」だったと、山本氏は話す。
「パーパスとして掲げる『未来をひらくイノベーションで最高の安心とヨロコビをつくる。』を達成するためには、困難な中でも諦めず挑み続けることが求められます。世界を変えるような新技術を生み出すために、徹底的に技術を突き詰めることは、設立から変わらない当社の姿勢。そんな開発者の熱意が結晶となったのがアクティブトレッドです」
発売を前に山本氏は、新タイヤを装着した自動車に試乗し、テストコースで自ら出来栄えを確認した。「その完成度の高さに胸が熱くなりました。これこそ、自動車用タイヤのゲームチェンジャーになりうる技術だと確信しています」と力を込めた。
「車が使えない」環境をなくすユーザー・販売店からも熱い反応
アクティブトレッドが自動車運転にもたらす価値は、雨や雪によるスリップ事故を防ぐ安全性向上にも貢献する。
「例えば、降雪地帯以外の地域で急に雪が降ると、車を使えなくなり、日常生活に支障を来してしまいます。アクティブトレッドが組み込まれたシンクロウェザーならば、年間を通じて急な天候変化が起こったときでも、車を運転できないダウンタイムを短縮させることができます。より車を便利に、快適に使うために活用していただけるとうれしいですね」(山本氏)
同技術が組み込まれた「シンクロウェザー」に対する熱い反応は、10月1日の発売以降も続いている。
さらなる技術の進化で切り開く「クルマの新時代」
同社は現在、アクティブトレッド技術の電気自動車(EV)用タイヤへの応用も進めている。充電を必要とするEV車には、エンジン車以上に燃費(電費)性能が求められる。燃費を向上する方策の一つはタイヤの転がり抵抗を下げることだが、それによって滑りやすくなるのは避けなければならない。
アクティブトレッド技術は、この相反する要求の両立を可能にする。「27年には、従来のタイヤに比べて転がり抵抗を30%減らすとともに、20%の軽量化も実現する次世代EV用タイヤを発表します」と、山本氏は明言している。
「アクティブトレッド技術の開発は、ここで終わりではありません。今後もさらに進化させていきます」と明かした山本氏。27年には「水」「温度」への反応をさらに進化させたタイヤを発表し、欧米をはじめ海外にも展開していくことを計画している。「先行販売した国内のユーザーの反応を見ながら、欧米のニーズに合う技術の開発につなげていきます」(山本氏)。
他の追随を許さない開発力の源泉は、同社の基礎研究にある。世界トップクラスの性能を誇る大型放射光施設やスーパーコンピュータといった、先進的な研究施設が身近にある環境を生かし、その成果を応用研究に反映してきた。アクティブトレッドについても、「水」と「温度」に次ぐ第3、第4のスイッチの開発への着手が進んでいるという。
また、24年4月に運用を開始した3GeV高輝度放射光施設「NanoTerasu(ナノテラス)」も、いち早く活用している。「ゴムの分子構造をナノレベルで可視化できるのが強みです。ここで得た新たな知見を基に、タイヤのさらなる性能向上を進めていきます」(山本氏)。
大きな変革のただ中にある自動車業界において、新時代に求められるさまざまな技術開発が進む同社。「先進的な取り組みを通じて、将来のモビリティ社会に安心とヨロコビを提供していきたい」と山本氏は語る。路面・天候を選ばない「魔法のタイヤ」でクルマの未来を切り開く住友ゴム工業の今後の動きに、注目していきたい。
シンクロウェザー・販売店からの声
タイヤセレクト葛飾水元店 店長 木村 嘉一 氏
A PIT オートバックス東雲 リーダー 細田 海斗 氏