生成AI時代、「AIの価値最大化」に必要な視点 KPMGと鹿島建設が考える「AI活用」の本質
全社DX推進の中核「デジタル推進室」の役割
中野 生成AIの登場以来、これをどのように導入・活用しようかという関心が高まっていますが、鹿島建設では世間的に注目が集まる前からAIなどを活用したDXを進めています。これらの取り組みを進める企業も最近増えていますが、導入が特定の部門にとどまるところも少なくありません。一方で鹿島建設では、施工現場など幅広い領域でデジタル化を積極的に推進しているのが大きな特長と感じています。
真下 建設業界では高齢化や人手不足への対応が喫緊の課題になっています。当社では、各事業部のDXやAIへの取り組みが積極的です。ロボット化や遠隔モニタリングシステムなどの開発に力を入れており、すでに鉄骨溶接ロボット、自動巡回ドローンなどが実用化し、現場で活用されています。
また、最近では、ダンプトラックでの運搬・荷下ろし、ブルドーザによるまき出し(運んできた土を層状に敷き広げること)、振動ローラによる締固め(土壌の密度を大きくし、崩れないように固めること)などの作業を無人で行う自動化施工システム「A4CSEL®(クワッドアクセル)」が、実際のダム工事などに導入され、省人化に大きく貢献しています。
中野 AIを導入する企業は近年急増していますが、多くの企業において活用の場が限定的になっている印象です。AIは導入すればすぐに成果が出る「魔法のツール」ではありません。力を発揮するためには、明確な目的を設定し、人とAIを組み合わせていかにサービス提供や業務遂行するのか試行錯誤する必要があります。鹿島建設では、一定の失敗を許容し、現場の業務効率化で成果を出しながら、積極的な投資もするよいサイクルが回っているようにお見受けします。
真下 その点に関しては、経営トップが旗振り役になり、全社を挙げて取り組んでいることが大きいですね。2024年5月に発表した、「鹿島グループ中期経営計画(2024~2026)」でも、「デジタル化の推進による生産性向上・業務効率化」を重要テーマとして掲げています。具体的には、建設現場における自動化・ロボット化などのスマート生産技術の実装、生成AIの活用などによる業務効率の改善などです。
中野 真下さんが室長を務められている、デジタル推進室の役割も大きいのではないでしょうか。「部門の垣根を越えた連携を促す専任組織」と伺っていますが、組織に「横串を通す」ことは、企業においてなかなかうまくいきません。個々の部門から反発を受けることもあります。
真下 デジタル推進室は、お客様や社内の課題解決に重点を置いており、そのために必要があれば組織を横断して活動します。横串は結果ではないでしょうか。
課題解決に際しては、現場の業務がわからないと提案や支援ができません。デジタル推進室は21年1月に社長直轄部署として、土木・建築・事務・ITなどの専門性を持ち、現場の業務に精通したメンバーが各部から集まってスタートしました。現在は、さまざまなバックグラウンドを持った人材のキャリア採用も行いながら、一緒に活動してくれる仲間を増やしています。
テクノロジーは「顧客課題解決の手段」にすぎない
中野 企業における生成AI技術の活用が始まっていますが、日本企業では社内文書の検索や相談チャットといった「便利な技術」の域にとどまり足踏みをしている企業が多いです。
一方で、国内外の先進企業は試行錯誤しながら、例えばAIエージェントの活用による納期調整を含む購買業務の完全自動化やアバターを併用したAI駅員による顧客対応自動化など、顧客接点を含めて高付加価値サービスの開発を進めています。生成AIをテコにいかに社会・顧客・自社の課題を解決するのか、これからの日本企業の大きなチャレンジになると思います。
真下 当社でも生成AIを含めたAIの活用はかねて検討を進めてきました。私たちのケースで言うと、建物の企画・設計から、施工、運用・メンテナンスなど、各フェーズに適した形でAIを活用しています。
企画であれば、BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)を活用することで、建物の完成予想図や、さらには建物を含む街づくりのイメージを生成AIで描くことができます。空調の気流などのシミュレーションや設備交換時期の予測といった、複雑な業務の効率化にもつながっていますね。
中野 AIは特定の業務でしか力を発揮できないように思われがちですが、応用の幅はとても広いです。身近なところですとお掃除ロボットや、古くは炊飯器のファジー機能など、私たちが日常生活で使うものにもAIがすでに搭載されています。
人間がAIを含むデジタル技術やITシステムを併用することによって、改善・高度化できない業務はないといえます。私たちは、「どの業務でAIを活用しようかな」ではなく、「この業務はどのようにAIを活用しようかな」と、改善・高度化できる前提で検討することを推奨しています。
鹿島建設では、AIやデジタル技術の活用・併用による業務効率化にとどまらず、一歩先の「新たな価値創出」につなげるなど先進的な取り組みをされていますが、さらにどのように進化させていく考えですか。
真下 建物を建てるだけでなく、建物のライフサイクルを通じてお客様をご支援することも当社の役割だと考えています。当社では、AIを活用してライフサイクル全体のCO₂排出量を正確に算定するシステム「Carbon Foot Scope™(カーボンフットスコープ)」なども開発し、脱炭素社会の実現に貢献しています。
また、スマートシティなどのご提案も今後は増えてくると考えています。当社が中心となり旧羽田空港ターミナル跡地に建設した「HANEDA INNOVATION CITY(HICity)」は、センシングやロボティクスなども活用したスマートシティの実証実験の場となっています。
中野 当社はAIやデジタル技術の活用・併用により付加価値のある事業を創り出すためのポイントは2つあると考えています。1つはデジタル技術と自社のマテリアリティーを掛け合わせて検討することにより、未来のビジネスチャンスを見逃さないことです。もう1つは社会課題解決などの目的を明確に設定し、その達成に向けてAIに限らずデジタル技術やITシステムと人間を組み合わせて試行錯誤することです。
AIはあくまで技術の1つであって、それを課題解決に結び付けるため何を目的に、どう活用するのかといった組み合わせを考えていくことが肝になります。鹿島建設の取り組みを見ると、まさにそのポイントを押さえているからこそ、さまざまな領域でのAI活用を進められているように見受けられます。
真下 中野さんのお話のとおり、AIを活用するうえで意識しているのは「新しいテクノロジーを導入すること」を目的にしないことです。AIはあくまでも生産性や業務効率の向上、お客様の課題解決のための手段の1つです。実現のために必要で最適な手段であれば、最新のテクノロジーも採用します。
トライ&エラーによって社内に生まれた価値とは
中野 AIも含めて、テクノロジーの活用において重要なのは、あくまで目的を達成するためのツール・手段にすぎないということですね。鹿島建設では、組織的にそのポイントがしっかりと意識されており、とても有効に機能している印象です。
真下 必要なこと、求められていることに愚直に取り組んできたことで、テクノロジーに対する考え方が社内でも浸透してきたのではないでしょうか。デジタル推進室は、お客様や社内が困っていることをデジタルの力で解決することがミッションです。
外部環境は激しく変化しています。またデジタルの進化はとても速く、明日を見通すのも難しい状況です。組織や人員は変化に合わせて適合していくことが重要であり、デジタル推進室も来年はまた違う組織形態になっているかもしれません。しかし、大切なのは目的です。お客様の課題を解決するために、今後も新たに登場するであろう技術を上手に活用していく姿勢を見失わないことだと思います。
中野 業界内でも鹿島建設のDXへの取り組みはかなり注目を集めていて、社内でのデジタル推進室への期待も高まっていると思われます。とはいえ、これまで失敗もあったと思います。それでも改革が進んでいる理由はどこにあると考えていますか?
真下 むしろ失敗の連続、トライ&エラーの連続です。多くの社員が果敢にDXやAIなど新しいことにチャレンジしているのは、当社に脈々と流れる「進取の精神」と、当社のありたい姿である「顧客の期待を超える価値を提供する」という目的があることと、小さな成功体験を繰り返してきたからだと思います。デジタル推進室は、社員のやりたい気持ちを大切にし、そのための環境を準備して支援することが大切だと考えており、デジタル推進室への相談もだんだん増えています。
また、その範囲は国内にとどまらず、当社の海外現地法人からの相談も増えています。BIMやCAD(コンピューターによる設計)などの共通ツールをキーに海外スタッフとの情報共有や交流なども生まれています。
中野 企業はともすれば「このテクノロジーでできることは何か」と考えがちですが、それでは今までやってきたことの延長に終始してしまいます。新たな価値を創出するために重要なのは「目的のためにテクノロジーをどう活用するのか」という発想の転換です。鹿島建設はまさに「何をやりたいのか」というところからスタートしていて、社員の方も挑戦しがいがあるのではないでしょうか。
真下 どれだけテクノロジーが発展しようとも、結局カギになるのは、それを生かし、世の中を変えようという熱意を持った人材です。進展著しいデジタルは強力な武器であり、この新たな武器の活用力を向上するために教育研修や情報共有などさまざまな施策を実施しています。そういった人材が活躍できるように「失敗を恐れず挑戦できる」という文化を作ることが大切だと思っています。
そのためには、一人ひとりの社員の挑戦を支援し、成功確率を高めるための施策をスピーディーに進めていくことが重要です。引き続き、お客様の課題解決やニーズを実現するために何をすべきかを考え、形にしていきたいと考えています。