角瓶だから味わえる歴史と情熱を感じるひととき 白石和彌がブレンダーに聞く「愛される条件」

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映画監督 白石和彌、サントリー主席ブレンダー 輿石 太
気軽に楽しめる上質なウイスキーとして長い間、愛され続けてきたサントリーウイスキー角瓶。その変わらない味わいと香りは、どのようにして受け継がれてきたのか。日頃からウイスキーをたしなむという映画監督の白石和彌氏が山崎蒸溜所を訪ね、主席ブレンダーの輿石太氏と語り合った。

山崎の名水から生まれた定番

映画監督 白石和彌
白石 和彌(しらいし かずや)
映画監督
1974年、北海道旭川市出身。故・若松孝二監督に師事し、同監督の『17歳の風景 少年は何を見たのか』などで助監督を務め、2010年に『ロストパラダイス・イン・トーキョー』で長編監督デビュー。第2作『凶悪』で新藤兼人賞金賞などを受賞。人間心理を巧みに描きだす手腕は高く評価され、『孤狼の血』では日本アカデミー優秀監督賞、優秀作品賞などを受賞。1980年代の女子プロレスを描いた話題のドラマ、『極悪女王』の監督も手がける

白石:日本初となるモルトウイスキーの蒸溜所の建設地として、山崎(大阪府)が選ばれたのは、やはり水がよかったからですか。

輿石:おそらく、仕込水として使用する水の質は最も大きな理由の1つだったと思います。万葉集の昔から、このあたりは名水の地として知られていました。私たちブレンダーは水のテイスティングも行うのですが、ウイスキーのために準備されたのではないかと思われるほど、奇跡的な水質といえます。

白石:ここでつくられた原酒が「角瓶」になるわけですね。

輿石:山崎と白州(山梨県)のバーボン樽原酒をバランスよく配合して、角瓶がつくられています。ご承知のように、ウイスキーは麦芽を原料とするモルトウイスキーとトウモロコシなどを原料としたグレーンウイスキーに大別されます。そして、それらをブレンドしてつくられるのがブレンデッドウイスキーと呼ばれるもので、角瓶もその1つです。品質を維持したり、原酒を適切に管理したりするのが、私たちブレンダーの主な役割です。

角瓶が恋しくなるのは、なぜか

白石:角瓶は、日本のブレンデッドウイスキーの代名詞のような存在ですね。僕もなじみが深くて、初めて飲んだのはいつだったのだろうと記憶をたどってみたのですが、よく覚えていないくらいに身近な存在です。ずいぶん昔からウイスキーの定番だったのでしょうね。

サントリー主席ブレンダー 輿石 太
輿石 太(こしいし ふとし)
サントリー主席ブレンダー
1982年サントリー入社、白州蒸溜所内の貯蔵グループに配属。99年ブレンダー室所属となり、2010 年にブレンダー室主席ブレンダーに。「山崎50年」「白州25年」「響40年」などの開発に携わった。中でも「白州25年」は22年に、世界的な酒類コンペティション「インターナショナル・スピリッツ・チャレンジ(ISC:International Spirits Challenge)」にて、ジャパニーズウイスキー部門における最高賞「トロフィー」を受賞。24年12月には「大阪府優秀技能者表彰(なにわの名工)」に選ばれた

輿石:発売されたのは1937(昭和12)年ですから、おかげさまで、もう90年近い間、ご支持をいただいてきたことになります。

白石:当時と現在の角瓶を比べると、時代の変化に応じて味わいも微妙に変わってきているのでしょうか。

輿石:それが変わっていないのです。もちろん、厳密にいえば、麦芽やトウモロコシといった原料の品質が変化してきたことに伴って、味わいも少しは変わっていると思います。しかし、味わいのバランスや香りについては、発売以来、ほとんど変わっていません。

私たちは発売以降の過去の同製品を年代別に官能することもあるのですが、やはり角瓶の香味の骨格は、当時からずっと変わらないことに気づかされますし、同時に私たちも受け継ぎ繋いでいく使命があると考えています。

白石:今のお話で得心したのですが、角瓶に感じる安心感のようなものは、昔から変わらない品質がもたらしてくれるものなのですね。

お酒を飲み始めた頃から僕はウイスキーが好きで、種類や銘柄にこだわらず、これまでいろいろなウイスキーを楽しんできました。でも、最後はいつも角瓶に行き着く。煙たいほどクセの強い個性に感心したり、華やかな味わいに心を浮き立たせたり、ウイスキーは多種多様で飲み飽きることがないのですが、そうやってさまざまな味わいを楽しんでいても、なぜかそのうち角瓶が恋しくなってきます。「実家のような存在」といえばよいのか、とにかく落ち着くのですね。やっぱ角瓶だよな、と。

角瓶を手に取って「実家のような存在」としみじみ見つめる白石監督
角瓶を手に取って「実家のような存在」としみじみ見つめる白石監督

輿石:そう感じてくださる方は少なくないようです。モルトウイスキーの中でも、単一の蒸溜所の原酒のみでつくられるシングルモルトウイスキーは個性的な製品が多く、味わいにせよ、香りにせよ、くっきりと際立った輪郭を持っています。

一方、角瓶は山崎と白州の原酒が支え合うようなモルト感と、口に含んだ瞬間にふわっと立ち上がるバニラの香味が特徴です。さらに、飲み口にキレがあって、飲み方を選びません。そうしたオールラウンドな特徴が、安心感につながるのかもしれませんね。

白石:確かに、角瓶はそのまま飲んでも、氷を浮かべても、どんな飲み方をしても「これもいいな」と感じます。

伝統の品質を受け継ぐ黒子役

輿石:白石監督は普段、どのようにして角瓶を召し上がっていますか。

白石:仲間と楽しく飲むときはハイボールです。1人でゆっくり映画を見るときはロックにして味わいながら、最後はストレートで楽しんでいます。角瓶は料理も選びませんね。角瓶ほど和食にも合うウイスキーは、少ないのではないでしょうか。

角といえばハイボール……というほど、定番となったソーダ割り
角といえばハイボール……というほど、定番となったソーダ割り。和食、洋食を問わず、食事との相性がよいのも人気の秘密

輿石:そう言っていただけるとうれしいですね。しかし、当時は日本人の好みに合ったウイスキーを生み出すのは難しかったようです。創業者の鳥井信治郎をはじめ、開発に際して何年も試行錯誤を繰り返した先人たちの苦労が伝わっています。

白石:開発もさることながら、苦労の末に完成させた角瓶の品質を守り続けることも容易ではないでしょう。

樽
同じ木の種類で樽をつくっても、樽ごとに原酒の味、香り、色は異なるという。ブレンダーは樽ごとの味や香りといった特性を見極めて、ブレンドを行っていく

輿石:ご指摘のとおりで、単に配合表に忠実であればよいというわけではないのは、原酒の品質が必ずしも均一ではないからです。

ウイスキーづくりでは、スパニッシュオークやアメリカンオークなど、樽に使用される樹木の種類が異なれば、当然ながら、味わいや香りも異なります。ただし、樹種が同じでも、貯蔵庫内での配置が異なるだけで色合いや香りが変わってしまうのです。

白石:すると、貯蔵庫にある膨大な樽を一つひとつ確認する必要があるわけですか。そうして原酒の品質を見極めたうえで、複数の原酒をブレンドすることによって品質を均一に保つ。ブレンダーの方々に求められるのは、ある意味で、芸術の領域に近い感覚ですね。

輿石:原酒の品質を見極めることに加えて、ブレンダーにはもう1つ、重要な役割があります。長期的な需給計画を見据えて、将来、使用する原酒を確保しておくことです。

ブレンドされる前の原酒をブレンダー室で味わう2人
ブレンドされる前の原酒をブレンダー室で味わう2人。華やかな香りが辺りを包んだ

白石:なるほど。出来がよいからといって角瓶に使ってしまうと、さらに何十年にもわたって熟成しなければならない原酒が足りなくなってしまうわけですか。

輿石:そういうことです。角瓶に使用する原酒は、例えばその後にはまだ「山崎12年」や「響21年」などへの使用も控えています。つまり、角瓶が製造される時点で、その原酒がその後どのように熟成が進むかを想像しながら、それぞれの製品に最もふさわしい原酒を選ばなければならないわけです。

白石:未来の味わいや香りを予想するというのは、ちょっと想像もできない世界ですね。

輿石:周囲からは見えづらい仕事ですが、上質なウイスキーを安定的につくり続けるには、不可欠な黒子役だと思っています。ですから、2024年に開催された「インターナショナル・スピリッツ・チャレンジ」という世界的な酒類コンペティションで角瓶が金賞に選ばれたのは、私たちにとっても誇らしい出来事でした。しかも、同じ部門で金賞を受賞した製品の中で2000円以下で購入できるのは角瓶だけです。私たちのブレンド技術が気軽に楽しめる製品に結実したことを認められたような気がして、大いに励まされました。

時間を味わうから豊かな気持ちになれる

白石:角瓶が海外からも高く評価されるのは、長い間、受け継がれてきた伝統をブレンダーの方々がしっかりと守ってきたからでしょうね。とはいえ、味わいや香りといった言語化が難しい領域のノウハウを伝承するのは大変でしょう。

輿石:私は25年間、この仕事に携わってきましたが、かつては味わいや香りに関する感覚的な印象を言葉で表現するようなことはほとんどありませんでした。テイスティングの際も、テーブルの上にずらりと並べられた原酒を端から順に口に含んでいって、ふさわしくないと感じたら、先輩たちはそのグラスをグッと前に押し出して、少しだけ位置をずらすのです。でも、その理由を話し合うことはありません。当初は意味が理解できず、戸惑ったものです。

白石:ほとんど映画のワンシーンですね。

すっかり上機嫌になった白石監督と輿石さん
すっかり上機嫌になった白石監督と輿石さん。角瓶づくりと映画づくり、2人の“職人”はお互いのこだわりを通じて、話は大いに盛り上がった

輿石:ところが、不思議なもので、テイスティングを繰り返すうちに先輩たちの感覚が理解できるようになってきます。経験を重ねなければ見えない世界があるのでしょうね。

白石:映画づくりの現場も、よく似ています。とりわけ、職人気質が強かった頃の仕事は「盗む」ものでしたから、先輩たちの言動を注意深く観察して、見よう見まねで仕事を覚えるしかありませんでした。ですから、よく先輩たちから怒鳴られたものです。しかし面白いもので、いつの間にか体が反応するようになります。現場で働く時間を重ねるにつれて、仕事の要領が感覚としてわかるようになるのでしょうね。

そして、失敗が糧になります。若いうちに小さな失敗を経験して、同じ過ちを繰り返さないためにはどうすればよいのか、自分の頭で真剣に考えることが大切なのではないでしょうか。結局のところ、その積み重ねが財産になるような気がします。

輿石:まったく同感です。ブレンダーの仕事も、味わいや香りをたくさん体感して、経験を蓄積する中で感覚を磨くしかないと思います。

白石:お話を伺っているうちに、角瓶の魅力を再認識しました。角瓶が染みるのは、時間を味わうからなのでしょうね。原酒を熟成する時間だけでなく、伝統という時間を味わっているから、豊かな気持ちになれる。今日は角瓶を買って帰ります。

角瓶

サントリー角瓶

 

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