日本の競争力向上に欠かせない「ソブリンAI」とは 他国に依存せずにAI開発できる国が勝つ理由
日本の文化や商習慣を反映したAIが必要
井﨑 ソブリンとは「自国の」「独立国家の」という意味です。自国の中にデータ処理の基盤を持ち、国内のデータを使って日本のためのインテリジェンスを生み出すソブリンAIが、今なぜ注目されているのでしょうか。
丹波 よく例としてお話しするのは卵料理です。海外製の生成AIに卵料理のレシピを質問したとしましょう。このとき日本でよく食べられている茶碗蒸しやだし巻き卵が出てこなければ、これらの料理は将来、日本から消えてしまうかもしれません。こうした事態を解消するための手段の1つがソブリンAIです。
ビジネスでもソブリンAIは重要です。AIによって日本の文化や商習慣を反映したサービスが生まれるとしたら、それはソブリン性を持ったAIでしか構築できません。薬の開発を例にすると、日本人の生活習慣によって引き起こされる病気の薬はアメリカ人のデータでは作れない可能性があります。これと同じことがさまざまな業種で起こりえます。
青木 私の会社は自動運転システムの開発をメインにしています。例えば自動車関連の企業が海外のAIサービスを利用するとします。すると交通や車両など自動車に関する情報が国外に流出することになりますし、AIサービスが海外の都合で使えなくなると困ってしまいます。
井﨑 近年、日本のデジタル赤字がよく報道されていますが、こうした経済安全保障上のリスクを考えても、自国の中でAIを作ることは大事ですね。
馬場 社会的な利益を考えてもソブリンAIは欠かせません。AIは同じ英語でも一部の人種の方がSNSで使う独特の英語表現を誤りと判定することがあるそうです。海外で開発されたAIを使うと、同じことが日本語の方言でも起こりえます。AIによって取り残される人が出ないようにするには、日本語のテキストで学習して日本の文化にチューニングされたAIモデルが必要でしょう。
渡辺 AIで目指すべきは、一人ひとりをエンパワーすること。例えば、省庁では若手が会議の議事録を取って関係者に共有するといった業務を行っていますが、AIが代替できるようになれば1年目や2年目の若手にも時間が生まれて、政策の本質的な議論に参加できるようになる。こうやって個人をエンパワーすることが組織をエンパワーし、ゆくゆくは国家を強化することにつながると考えています。
スタートアップと大企業のコラボレーションがカギを握る
井﨑 ソブリンAIの開発と活用に向け、経産省はGENIAC(ジーニアック、Generative AI Accelerator Challenge)を立ち上げました。これまでの成果や課題を教えてください。
渡辺 GENIACでは国内の生成AIの開発力を底上げするため、計算資源の提供やデータの利活用促進、ナレッジのシェアなどに取り組んでいます。生成AIのようなイノベーティブな領域の黎明期においては、しがらみを超えたチャレンジが大切です。その意味でスタートアップの働きが重要ですが、計算資源やデータを持っているのは大企業であり、両者のコラボレーションが欠かせません。
2024年2月から8月までがGENIACの第1期。成果として、日本でも複数社が4桁億パラメーター規模のLLM※を開発できるようになり、300人以上のエンジニアがLLM開発の経験を積みました。現在は第2期で、文章だけでなく画像や動画などマルチモーダルなAIの開発が進んでいます。
また、特定のユースケースに絞れば、世界最高水準の汎用的なLLMよりも高い成果を出せることが見えてきたため、2期目はユースケースを絞ったAIの開発も進んでいます。日本にもチャンスがあると考えています。
青木 当社はGENIACに参加していますが、動きが速く、自由度が高くて助かっています。成果は大きく2つ。1つは自動運転に応用できそうなVLM(Vision and Language Model:画像言語モデル)を自分たちで構築できたこと。
もう1つは、私たちが「世界モデル」と呼ぶモデルができたこと。これは現実世界の物理法則や物体間の相互作用など複雑な状況を理解し、リアルな運転シーンを動画として出力することが可能なモデルです。GPUをたくさん提供していただいたことでリソースに余力が生まれ、いろいろ試せたからこその成果でした。
井﨑 日本語に特化した国産LLMの開発を開始されたソフトバンクは、どのような戦略を持っていますか。
丹波 より大きなパラメーターを持つLLMの構築にチャレンジしたいと考えています。日本語をベースとしたLLMを作れるようにしておかないと、そもそもモデルを作る技術が自国で失われてしまう。それこそがまさにソブリンAIです。
また、モデルを作る中で、適用例を自分たちで考えることも重視しています。将来的には、生成AIを検索ツールやデータベースとして使うだけではなく、指示をきっかけにしてロボットや車を動かせるようになるでしょう。リソースがあるからこそモデルの適用先を広げることもできます。
そういったことをグループで挑戦しながら、最終的に社会基盤として使えるようにしていければと思っています。
課題は長期的視点でのAI人材育成
井﨑 ソブリンAIには、国内でAI人材を育成することも必要です。アカデミアの観点から現状の課題を教えてください。
馬場 技術革新のスピードが速すぎて、大学の教育プログラムはそれに追いついていないのが現状です。一部の教育熱心な先生方が個別に教材を作られていますが、組織的にはできていません。改善の方向性としては、まず大学をまたいで教育コンテンツを共通化させることが考えられます。
また、私たち研究者はリッチな計算資源で研究する環境がありますが、教育用の資源がなく、学生が体験を積む機会がないことも課題です。長期間のインターンシップなど民間企業との協力で、学生によい経験を積ませることができるといいと考えています。
渡辺 大学教育は文部科学省の管轄ですが、少なくとも計算資源に関しては経産省として大学などの研究機関向けに提供支援を行っています。政府として、AIに対してしっかり支援していく考えですので、民間の皆さんにもソブリンAIに向けてぜひチャレンジしていただきたいと思います。
テクノロジーの進化で大きな成長を遂げるヘルスケアの最前線
「NVIDIA AI Summit Japan」では、エヌビディアのヘルスケア担当 バイス プレジデントであるキンバリー・パウエル氏が、テクノロジーの進化によってもたらされる医療の変革について紹介した。その一部をお伝えする。
キンバリー・パウエル 生成AIやロボティクスが進化する今、医療業界は大きな成長を遂げています。
エヌビディア
ヘルスケア担当
バイス プレジデント
キンバリー・パウエル氏
例えば三井物産の子会社・ゼウレカはAI創薬支援サービス「Tokyo-1(トウキョウワン)」を提供しています。これは、スーパーコンピューターの活用を軸とする新しい形の創薬プラットフォーム。アステラス製薬をはじめ、参画している日本の製薬企業は精力的に取り組んでいます。
また、私たちは東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターと、日本のゲノムプラットフォーム全体を標準化する取り組みも開始しました。これはソブリンAIにもつながる取り組みともいえるでしょう。
日本は、ヘルスケア領域における世界のリーダーシップを取る国の1つです。テクノロジーの活用によって、日本の医薬業界はさらに発展していくでしょう。