「日本発イノベーション」生むコミュニティの正体 舞台は湘南、ライフサイエンスの種が花開く

異分野融合で創薬エコシステムの新時代を開く
神奈川県藤沢市、大船駅と藤沢駅の中間地点に位置する湘南アイパークで、2024年8月に産学連携イベント「iNexS(アイネックス)」が開催された。会場には、全国28大学の研究者が集結。湘南アイパークに集まるライフサイエンス関連企業とのマッチングを促進し、研究成果の社会実装を加速させることが狙いだ。
会場では、企業担当者による企業が求める提携内容のプレゼンテーション、企業―大学間の活発な意見交換が行われた。例えば武田薬品工業と中外製薬は、新薬開発に向けてアカデミアに求める研究内容を発表。両社は抗体医薬品などの研究を中心に事業を展開、アカデミアとの共同研究で新たな医薬品開発に挑むという。


iNexS開催の背景について、湘南アイパークの運営を率いるアイパークインスティチュートの代表取締役社長、藤本利夫氏はこう語る。
「日本のライフサイエンスはアカデミアの研究力が世界でも高いレベルにある一方で、欧米と比較すると、研究をビジネス化し、国内での新薬開発や製造につなげる力が弱いのが現状です」

アイパークインスティチュート
代表取締役社長
藤本 利夫氏
京都大学医学部を卒業後、ドイツや米国で外科医として活躍。豊富な医学的バックグラウンドとグローバルな視野を持ち、湘南アイパークの成長と進化を力強く後押ししている
藤本氏は、こうした状況を改善するためにも、コミュニティが重要な役割を果たすと強調する。
「今、日本は医薬品において貿易赤字を抱えています。これを解消するためにも、企業や研究者同士がオープンな場で日常的に対話し、協力して新しい技術やサービスを生み出すエコシステムを強化することが不可欠です」
湘南アイパークには現在、ベンチャー企業、大手製薬会社、AI関連企業、ベンチャーキャピタルなどが拠点を構え、革新的な薬やサービスの創出を目指してコミュニティが形成されている。ラボやオフィスなどの物理的な拠点を必要としない企業でもメンバーシップに入会すると、冒頭のようなイベントやマッチングサービスに参加することができるという。
「世界で戦える科学技術をここから生み出したい。そのために、中立的な立場で、多様な企業や団体が安心して協力できる場を提供していきたいと考えています」
湘南アイパークは製薬業界のベンチャー企業と大手企業が肩を並べて研究できる環境を提供している。こうした環境は従来の医薬品開発とは異なる動きの起点となっている。
「食品開発や培養肉の研究を行う企業も増え、異分野融合による新たなビジネスが次々と生まれています。例えば、細胞を利用して人工的に食用肉を作る技術を開発する『オルガノイドファーム』も、湘南アイパークを拠点に生まれた企業の1つです」
コミュニティこそがイノベーションの源泉となる
ライフサイエンス分野では、技術の多様化が著しい。従来、薬の開発は1社単独で行うことが一般的だった。しかし、現在は化学合成による低分子化合物だけでなく、バイオ製剤、遺伝子治療薬、細胞治療薬など、多様な技術が用いられるようになった。そのため、1社単独で薬を開発することは困難になり、異なる技術やアイデアを持つ企業や研究者が協力し合い、オープンイノベーションを推進することが不可欠となった。
湘南アイパークでは、企業とアカデミアの交流を促進し、両者のニーズをすり合わせるためのプラットフォーム「iNexS」のほか、さまざまなコミュニティ活動が行われている。テナント・メンバーシップ企業の経営トップ層が集まり、柔軟な対話を通じて新たな協業の可能性を探るのは、「リーダーズクラブ(社長会)」だ。
「リーダーズクラブでは、湘南アイパークが場を提供し、社長をはじめとしたトップ層の方々をお招きします。通常のビジネス会議とは異なり、肩ひじ張らずラフにアイデア交換ができる場なので、『自然に協力関係が生まれた』という声が多く寄せられました。迅速に提携が進み、ビジネスチャンスが具体化された実績もあります」

また、湘南アイパーク内でのビジネスマッチングを目的としたオンラインプラットフォーム「iPark Virtual Partnering (iVP)」は、企業担当者間のコラボレーションを加速させている。プラットフォームを通じて、気になる企業や大学を検索し、名刺交換を必要とせずに担当者と直接メッセージのやり取りが可能になる。
iVPにはアイパークに所属する企業・団体の代表者が常時200~300名登録されており、この登録者のみを対象とした交流会やマッチングイベントも毎月開催されている。新規入会した企業や団体を中心に、自社の事業や研究の紹介が行われ、入会後迅速にマッチングできる機会になっているようだ。
さらに、公認クラブサポート制度も、コミュニティ活動の一環として提供。企業の担当者や研究者同士が日常的に交流し、新たな提携や技術の発展を促進している。
「ヨガやサッカーなどのクラブ活動を通じて、企業の枠を越えた交流が促進されており、研究者同士の『柔らかな対話』が生まれる場として機能しています。このような草の根の交流は、組織の枠を越えて仕事上の悩みや共通の課題を共有する場となり、心理的な安全性を高める効果もあると考えています」
多岐にわたるアシストにより、湘南アイパークの企業間でのコラボレーションの件数は開所した18年の15件から、23年には2154件に増加(※単年度実績、同社調べ)。継続的に増加しており、今後もさらに拡大が期待されている。
日本のライフサイエンスの種を世界で芽吹かせる
湘南アイパークでは、多様なニーズに合わせたメンバーシップ制度が用意されている。
法人向けのプランとして、プレミアム、レギュラーの2つがある。湘南アイパークのオンサイトへのアクセスが可能で、施設のコワーキングスペースやオンサイトイベントを利用できるのが、プレミアムプランだ。レギュラープランは遠方の企業や団体に適したプランで、オンラインコミュニティを中心に、メンバーシップ限定のイベントへの参加はもちろん、個別のコンサルティングサービスを受けることができる。
今後の展望については、「海外との連携強化」を挙げる藤本氏。すでに韓国のベンチャー企業との提携が進んでおり、さらに中国や台湾との連携も視野に入れているという。とくに、韓国政府との提携を通じて、韓国のスタートアップ企業が湘南アイパークに入居し、研究活動を行うケースが増えてきている。
「韓国だけでなく中国や台湾との連携も強化し、湘南アイパークをアジア全体のライフサイエンス拠点として発展させたいと考えています」
また、「米国のベンチャーキャピタルとの関係を強化し、海外からの資金調達を増やすことで、日本のライフサイエンス分野における研究・ビジネスの加速を進めたい」とも語る。とくに、米国のボストンやサンフランシスコなど、ライフサイエンスのエコシステムが発展している地域との連携を進めることで、日本国内の技術を世界に広げることを目指しているという。
「日本のベンチャー企業が世界に飛び立つためには、海外の投資家との連携が不可欠です。私たちは、そのための橋渡し役を果たしたいと考えています」
湘南アイパークが提供する交流の場は、ライフサイエンス業界の世界への扉を開け放つカギとなっている。コミュニティを通じた協力関係の強化が、新たな技術やサービスを生み出し、日本の医薬品産業の発展につながることが期待されている。