生成AIで変わる?「システム運用管理」の未来像 30周年を迎えた日立「JP1」が描く進化の青写真
ITシステムの運用管理に、生成AIをどう活用できるのか。このテーマに対する考察を深めたのが、2024年11月に開催された「HITACHI JP1 FORUM」である。
「生成AI活用による運用管理の最前線―JP1が実現する運用管理の未来―」と題したこのフォーラムには、シナモンAI代表取締役Co-CEOの平野未来氏と日本取引所グループ 常務執行役CIOの田倉聡史氏、日立製作所の統合運用管理ツール「JP1」の事業統括および開発責任者が登壇した。その内容をリポートする。
「自律分散型DX」を実現する、生成AIの関連技術
DXがなかなか進まない――。企業によくあるこの現状について、基調講演に登壇したシナモンAI代表取締役Co-CEOの平野未来氏は、「中央集権的なDX」に問題があると指摘する。
「どんなプロジェクトでも、DX部門やIT部門経由でないと進まないのが今のDXだと思います。現場部門から要望が上がるとDX部門が検討し、PoC(概念実証)を行いながら現場とDX部門が都度話し合って、本番化に持っていく。
本番化した後も、現場で少しでもオペレーションが変わると一度DX部門に戻さなくてはならず、対応にすごく時間がかかる。これが中央集権的なDXの問題です」
そのため、これからのDXは「自律分散型」であるべきだと平野氏は主張する。
「何らかのボトルネックが生まれたりオペレーションが変わったりしたとしても、DX部門が介入せず現場で迅速に意思決定し、自律的に改善していく形です。自律分散型DXにおけるDX部門やIT部門の役割は、それを実現できるプラットフォームを現場に用意することにあります」
そのプラットフォームとは、「RAG(検索拡張生成)」と「エージェントワークフロー」「データプラットフォーム(企業や各部門が持つデータ)」の3つを組み合わせたものだとする。
RAGは、テキスト生成に外部データを組み合わせることで、生成AIの回答精度を向上させる技術のこと。「生成AIを使いたくても、会社のデータが学習されていないから役に立たない」といった課題を解決する。2023年秋ごろから注目度が高まり、24年春からは国内大手企業でも導入が進んでいるという。
エージェントワークフローについては、「ブログを書くとき、いろいろ考えたり検索したりすると思いますが、それに似ています」と平野氏。
「簡単に言えば、人間が試行錯誤しながら行うことをシステム化したものです。例えばこれで保険営業のアシスタントを作ると、事前に定義したワークフローを基に、訪問予定の顧客に対する提案内容のアドバイスをもらえる、といったことの実現が可能になります。
ポイントは、作るのが非常に簡単ということ。テキストをベースにマニュアルを書くようなスキルがあれば、2時間程度で出来上がります」
数カ月かかるようなプロジェクトであれば、専任のDX人材が必要になる。しかし、テキストのみでコーディングのスキルが要らず、数時間で作成できるのであれば、各現場部門の社員がやればいい。
そのようなプラットフォームを現場に用意したうえで、現場業務を深く理解したDXのアンバサダーとなれるような人材がいれば、自律分散型DXが実現していくと平野氏は語る。
「自律分散型DXが実現すれば、イノベーションがあちこちで無限創発する組織になっていくはずです。これからの1年間で、DXはこうした形にどんどんシフトしていくと思います」
止められない金融市場を支える「JP1」
世界中から多くの資金やさまざまな情報が集まる取引所を運営し、日本の金融市場の中核を担っている日本取引所グループ(以下、JPX)。そこで運用されているのは、24時間365日、決して止まることが許されないミッションクリティカルなシステムである。
「東京と大阪の両方に運用拠点を置き、2週間交代でそれぞれの拠点からシステムの運用を行っています。コストも人員も2倍かけているのは、自然災害を含めて万一どちらかの拠点が動けなくなっても、マーケットを止めないためです」
そのように語る、JPX常務執行役CIOの田倉聡史氏。金融市場という特性も、同社のシステム運用管理を難しくしているという。
「1日のトランザクション数のキャパシティーは、株式が6億2000万件、デリバティブはそれ以上となります。厳しいのは件数だけでなく、必ず注文が入った順番に処理をしなければならないことです。
注文1件当たり数十マイクロ秒で処理する必要がありますので、システムには相当な負荷がかかります。もし障害が発生したときに元の状態に復旧し、順番どおりに処理を再開させるのは非常に困難です。
加えて、約4000社の企業が上場している現物市場や、幅広い商品をそろえたデリバティブ市場など、さまざまなマーケットがあり、それぞれで採用している技術も異なります。こうしたことから、運用サイドには非常に厳しい運用管理が要求されています」
そのため、「迅速確実な監視」「迅速な通知支援」「迅速な切り分け支援」「復旧自動化」「運用標準化」の5つが、JPXには必要だった。そして実際にそれらを支援している運用管理ツールが、日立製作所の提供する「JP1」である。
「生産性向上のためにどんどんシステムが増えている一方、労働人口の減少で人手は減っています。JP1の利用により、自動化、省力化および品質向上と安定稼働、レジリエンス向上、コスト削減が実現することを期待しています」と田倉氏は語る。
すでに、増加傾向にあった不要な検知メッセージを、8カ月間で約1万2500件から約6200件へと50%削減したほか、運用作業の自動化を進めて作業時間の約37%、作業件数の約36%を削減し、人手への依存度軽減を実現。また、生成AIを運用基盤の設計・製造工程やテスト工程で活用し、全工程の対応工数を大幅に削減したという。
「現状、AIは人間の補助的な役割を果たしていますが、いずれ対等なパートナーになっていくと予測しています。AIをよき相談相手として活用できるかどうかが、企業の競争力のカギになってくると思っていますので、JP1のさらなる進化に期待しています」
30周年を迎えた「JP1」最新版の4つのポイント
日立製作所の統合システム運用管理ツールJP1は、1994年の提供開始以降、国内の運用管理市場を牽引し、2024年に30周年を迎えた。
JP1の開発を推進する日立製作所 クラウドマネージドサービス本部運用管理プロダクト&サービス部部長の高木将一氏は、長年の支持に対する感謝とともに、今後のJP1およびSaaS版「JP1 Cloud Service」の方向性について次のように語る。
「DX時代のITシステム運用では、俊敏性、回復力、属人性排除、ガバナンス強化が重視されるようになってきています。JP1はそれらに対応しつつ、さらに生成AIを活用することで、人員不足やシステムの複雑化といった課題を解決していきます」
実際に、JP1およびJP1 Cloud Serviceの最新版では、「クラウドネイティブ環境における業務システムの安定稼働」「複雑化したITシステムを管理するオブザーバビリティ(可観測性)」「ITSM(ITサービスマネジメント)と自動化によるシステムの運用統合」「効率的なIT資産管理とセキュリティリスクの軽減」の4点を実現したという。
「クラウドネイティブ環境における業務システムの安定稼働」については、クラウドシフトした業務と従来の基幹業務など、異なる環境下のシステムであっても連携し、一元管理を実現。ジョブの実行・滞留といった業務の状況を可視化するマネジメントポータル画面も強化され、問題の把握や対処がしやすくなった。
「複雑化したITシステムを管理するオブザーバビリティ」では、オンプレミス、クラウド、コンテナなどの環境を問わずシステムの状況を監視可能にする。問題が発生した際は関連するデータを収集して統合し、リアルタイムな状況把握と対処を支援する。
ここでは、障害への対処をより迅速化するために、生成AIを活用したサービスも開始した。「障害を検知した際に生成AIアシスタントを起動すると、適切な対処方法を自然言語でシームレスに参照できますので、スムーズにトラブルシューティングできます」と高木氏が説明する。
「ITSMと自動化によるシステムの運用統合」では、依頼の受け付けや問い合わせ、障害対応など運用に関わる各種業務を統合し、関係者間における情報共有や担当者のアサイン、対応作業の自動化・効率化を支援。
「効率的なIT資産管理とセキュリティリスクの軽減」では、ソフトウェアの配布管理や資産管理、セキュリティ対策情報の可視化などができる。メンテナンスフリーのSaaS形態で提供するため、機器の購入や環境構築も不要で初期コストを抑制でき、利用規模に応じた拡張も容易だ。
「このように、お客様のIT運用管理をさらに効率化することを支援するため、今後もエンハンスを続けていきます」と高木氏は力を込めた。
「JP1」で生成AI活用法を検討、運用管理の効率化へ
統合システム運用管理ツールとして多くの企業のITシステム運用を支えてきたJP1。フォーラムの最後に登壇して現時点で描く未来像を明かしたのは、JP1事業を統括する日立製作所 クラウドマネージドサービス本部本部長の吉田雅年氏だ。吉田氏はまず、現状に対する危機感を口にした。
「ミッションクリティカルなシステムを守らなければならない一方で、スピード感を持って新たなビジネスの価値をどんどん生み出す必要もあります。システムの構築自体もそうですが、運用管理も随時変化に対応しなくてはなりません。
しかし、少子高齢化が進み国内の労働人口は減少傾向にあり、これまで運用の現場は人で回してきましたが、できなくなっていくという重い事実を突きつけられています」
そんな状況だからこそ、技術的なブレイクスルーとなった生成AIの活用法を真剣に考えなければならないと吉田氏は強調する。
「運用の現場にデータは豊富にありますので、生成AIの活用による価値創造の可能性は非常に高いと思っています。当社でも、生成AIを使うと運用の現場を楽にすることが可能ではないかと考え、2023年秋ごろに、生成AIを活用して障害対処の迅速化ができないかと検討しました。
具体的には、システム監視中に上がったアラートへの対処法について、生成AIを対話形式で容易に活用できる生成AIアシスタントに質問し、回答内容の正当性や正確性を、社内のマネージドサービス部門にて検証したのです。
すると、生成AIの正当性は9割を超え、根拠となる引用元も表示できたことで、運用オペレーターの初動の判断時間が約3分の2に短縮できるという効果を確認できました」
この結果を受け、JP1開発チーム内でワーキンググループを立ち上げ、生成AIを活用したさまざまなアイデアの検討を進めている。例えば「ジョブ開発と監視支援による運用効率化と安定稼働」「セキュリティリスクの迅速な検知・可視化」「日々の運用情報を利用した自動化の実現」などだ。
「例えば『日々の運用情報を利用した自動化の実現』。運用の自動化にはかなりの人手と時間、コストがかかるという課題があります。自動化するためのコードを自動生成することで、それを解決できるのではと考えています」
いずれもアイデアレベルで、実現可能性を検証している段階だという。「実現可能性が高いと判断できたものは、積極的にJP1に組み込んでいきます」と吉田氏は意気込んだ。