化石燃料代替で注目!「藻類バイオマス」の可能性 「藻類産業」の構築を目指す企業の取り組み
※フラットパネル型藻類生産設備として。ちとせ研究所調べ
燃料課題の解決へ「藻類」が秘めるポテンシャル
現代社会が直面している燃料課題は深刻だ。石油・石炭などの化石燃料の消費量は年々増加し、それに伴い二酸化炭素(CO2)の排出量も増加傾向にある。地球温暖化の原因と考えられているため、各国は脱炭素化に向けた施策を推進しているが、エネルギーを大量に消費する産業や急成長する新興国では依然として化石燃料への依存度が高く、対策は待ったなしの状況だ。
この現状を変える一手として、動植物などの生物資源をもとに作られるバイオマス燃料への期待は大きい。神奈川県に本社を置くちとせ研究所は、生物資源の中でも藻類に焦点を当て、その大規模生産と産業化に取り組んでいる。
「当社が藻類の研究に注力し始めたのは、2010年ごろのことです。着実に積み重ねてきた研究成果を基に、現在は持続可能な資源としての藻類の商業化に向けたプロジェクトを加速させています」
そう説明するのは、ちとせ研究所でシニアバイオエンジニアを務める松﨑巧実氏。藻類をバイオマスとして活用するプロジェクトの中心人物だ。
藻類(微細藻類)とは、水や土壌、空気中などのあらゆる場所に生息し、光合成を行うことでエネルギーを得ることができる微小な生物のこと。主な種類にクロレラ、スピルリナなどがあるが、地球上に数百万種以上が存在するともいわれている。
光合成でエネルギーを得た藻類は、余剰のエネルギーを油脂として蓄える。その油脂を精製・加工すると、燃料として使用できる。この特性から、化石資源に代わる新しいバイオマスエネルギーとなりうるものとして、近年注目が集まっているのだ。
「藻類は水と光、微量な栄養素があれば培養できるため、農業が困難な土壌の地域でも生産することが可能です。ほかの作物と比較して成長が非常に早く、同じ面積当たりの生産性が高いことから、新たなバイオマス資源の1つとして開発が期待されています。
また、CO2を吸収しながら成長するため、CO2の排出削減にも貢献できます。化石燃料に依存しない社会を実現するための大きなポテンシャルを、藻類は秘めているのです」(松﨑氏)
バイオマス燃料の原料として使われる穀物(トウモロコシ、サトウキビなど)を栽培するには、広大な土地や水資源が必要だ。また、食料としての穀物と競合する場合、食料の安定供給とのバランスも問題となる。その観点からも、生育に土地を選ばず、食料と競合しない藻類は、バイオマス燃料として扱いやすい原料だといえるだろう。
マレーシアで進む藻類の大規模生産プロジェクト
持続可能なエネルギー源として大きな可能性を秘めている藻類だが、本格的な商業利用に必要な生産量を維持するには、培養方法や生産体制の確立と、副産物の有効活用によるコストの最適化が欠かせない。そのハードルを乗り越えるため、ちとせ研究所では、藻類を活用した大規模生産プロジェクトを推進している。
その1つが、マレーシアにおける藻類生産施設「CHITOSE Carbon Capture Central」(以下、C4)の運営だ。5ヘクタールの広さに及ぶこの施設では、藻類を培養するための装置「フォトバイオリアクター」を活用して藻類を生産している。
藻類の培養方法は、主にオープンポンド方式とフォトバイオリアクターを用いる方式の2種類がある。オープンポンドは屋外に広い池を用意して培養する方法で、コストが比較的安く大規模な生産が可能なため、従来よく採用されてきた。ただし、大気にさらされているため、気候の影響や培養液中への異物混入(コンタミネーション)が発生しやすい。
一方、フォトバイオリアクターを用いる方式は、ガラスやチューブなどの容器内で藻類を培養する。オープンポンドと比べて気候やコンタミネーションの影響は受けにくいが、生産コストが高くなる傾向がある。
「当社が利用しているのは独自開発したフラットパネル型のフォトバイオリアクターで、外部からの異物混入で培養液が汚染されるリスクを抑えつつ、高効率に藻類を生産することが可能です。約8年間、ラボスケールで基礎データとノウハウの蓄積に注力した後、国外での屋外実証試験を経て、現在マレーシアで実証プラントを稼働させています」(松﨑氏)
C4では、周囲の環境との共生を図りながら、持続可能なエネルギー供給を実現することを目指している。
「隣接する石炭火力発電所から排出される排気ガスには大量のCO2が含まれています。この排気ガスを藻類の培養液に直接供給することで、藻類がCO2を吸収し、増殖します。
藻類は適切な光と栄養条件下においてCO2を吸収しながら分裂し、増殖し続けるため、持続可能なバイオマス資源としての利用が可能だと考えています」(松﨑氏)
この大規模生産プロジェクトは、実証実験にとどまらず、今後の産業化に向けた重要なステップとなっている。ちとせ研究所では藻類の生産規模について、2027年に100ヘクタール、30年に2000ヘクタールへ拡大していく計画だ。
「2000ヘクタール以上の規模まで拡大できると、CO2の吸収量が排出量を上回るレベルになると試算しています」と松﨑氏は語る。
藻類生産の課題に対応する分析装置とは
藻類の培養における課題の1つに、先述したコンタミネーションがある。研究室での実験と異なり、屋外での培養環境は外部からの微生物や異物の混入を免れない。コンタミネーションが起きると、藻類の成長や収穫に悪影響を与えることがある。マレーシアでのプロジェクトに際しても、汚染リスクへの対策と品質管理が重要だという。
「C4で使用しているフォトバイオリアクターは必要設計上、完全密閉されていないため、外部から微生物や異物が混入するリスクはあります。品質管理の精度を高め、生産効率を維持するためには、コンタミネーションの低減と迅速な発見が欠かせません」(松﨑氏)
この品質管理の課題に対し、ちとせ研究所が活用しているのが、サーモフィッシャーサイエンティフィック(以下、サーモフィッシャー)の分析装置「Invitrogen™ Attune™ CytPix™ Flow Cytometer」だ。
これは細胞を分析する際に用いられる「フローサイトメーター」と呼ばれる装置の1つである。サーモフィッシャーの関口貴志氏は次のように説明する。
「フローサイトメーターは、液体のサンプルを装置内に入れて流し、流れるサンプルにレーザー光を当てて、細胞が発する蛍光の色や量を測定します。それにより、サンプル内にある細胞の種類や数、機能などを検出・解析できる仕組みです。大量の細胞を高速に調べることが可能で、研究機関や医療機関で広く利用されています」
中でもAttune CytPix Flow Cytometerの特徴は、高速・高解像度で撮影可能なカメラを搭載していることにあるという。
「この装置では、カメラの搭載により、流れてくる細胞一つひとつを1秒間に6000枚という速度ながらきれいに撮影することができます。これによって、通常のフローサイトメーターで得られる情報に加えて、細胞の形や状態などの情報を画像として取得することが可能です。
フローサイトメーターという装置自体は、数十年前からある技術が利用されています。しかし、それにカメラを組み合わせて高速・高精細な画像を取得できるというのは、実は先進的なことなのです」(関口氏)
では、この装置の持つ技術が、藻類の品質管理にどのように役立つのか。松﨑氏は次のように話す。
「異物の混入状況を確認する際にはこれまで、まずは顕微鏡で個別にサンプルをチェックし、その次に、顕微鏡では見えないレベルのカビやバクテリアを別の方法を使ってさらに調べるという二重の方法を取っており、手間と時間がかかっていました。
しかし、この装置を使うと一度に多くのサンプルを解析し、迅速に結果を得ることができます。高速で画像データを取得するため、細胞の特徴やコンタミネーションの具合を正確に把握でき、従来別々に行っていたチェックも、一度に実施することができるようになりました」
つまり、「大量の細胞を高速かつ自動でチェック」し、「異物の細かな情報を正確に把握」できるため、藻類の品質管理の効率化に寄与しているというわけだ。
松﨑氏によると、従来の顕微鏡を使ったチェックでは時間がかかるうえに、目視のため数値の誤差も発生していたという。それがこの装置の利用によって、測定結果の正確性が増すとともに、作業効率が向上した実感も得られているようだ。
「現在は実証実験として、この装置を活用した藻類の品質管理手法の確立に取り組んでいるところです。商業生産を世界中で拡大していくうえでは、統一された品質管理手法が求められます。その方法の確立という点でも、この装置が果たす役割はとても大きいと感じています」(松﨑氏)
藻類を活用した持続可能な社会の構築へ
ちとせ研究所は、藻類を基軸とする新たな産業を創出するため、2021年に「MATSURIプロジェクト」を立ち上げた。このプロジェクトは、産官学の連携を通じて藻類産業の基盤を築くことを目的としており、24年11月時点で98の企業や自治体、教育機関が参加している。
同社では、作った藻類を無駄なく「全体を使う」ことを追求しているという。油以外の成分も活用し、燃料だけでなく食品、化粧品、医薬品といった多岐にわたる分野での応用を視野に、現在はMATSURIプロジェクトを通じて、パートナー企業と協業しながら用途開発に取り組んでいる状況だ。
「藻類産業の構築は、われわれ1社では到底成し遂げることはできません。また、産業化を目指すうえでは、藻類を作るだけではダメで、それをいかに利用してバリューチェーンを組み上げていくかが大事だと考えています。藻類を活用した持続可能な社会をつくるために、一丸となって取り組みを進めていきます」(松﨑氏)
ちとせ研究所では、サーモフィッシャーの技術を活用した品質管理の向上などにより藻類生産施設の運営がいっそう効率化されることで、藻類のさらなる生産拡大が見込めるところまで到達している。両社のシナジー、およびMATSURIプロジェクトの取り組みを通して、藻類の産業化へ向けた未来はますます明るいものとなっていきそうだ。