企業と学生の本質的マッチングをAIでサポート 人材採用は人の目とAI選考のハイブリッドで
超売り手市場の中で苦戦する新卒採用現場
近年、新卒の採用市場は極端な「売り手市場」となっており、企業側は学生の応募の少なさや内定承諾率の低さに悩まされています。また、採用担当部署では業務量が増加して、担当者が疲弊しています。
新卒採用に関する企業の課題としてはまず、自社に応募する学生を多く集めることの難しさが挙げられます。
新型コロナウイルスのパンデミックが収束し、企業の業績が上向く中、企業側では人材採用の意欲が高まっています。これに対して学生側は、そもそも少子化の進行で新卒者の人数そのものが減っています。加えて学生の価値観や就職に対する考えが多様化しており、自分に合う企業を吟味して応募する傾向が強くあります。
そのため企業側からは「有効求人倍率などの数字から売り手市場であることは明白だが、その数字以上に応募者集めに苦労している感覚がある」という声が聞かれています。
次に、学生の採用選考参加率や内定承諾率の低さです。
超売り手市場となった現在は、学生が企業を選ぶ関係性になり、学生が優位に立っています。そのため、会社説明会やインターンシップに参加した学生でも、本選考までの間に企業からフォローがなかったりすると応募を取りやめてしまうことが少なくありません。また、応募してくれた学生に内定を出しても承諾率が非常に低く、実際の入社につながらないことも多くあります。
採用活動の長期化で疲弊する採用担当者
採用活動の長期化で採用担当者の業務負担が増加し、疲弊していることも大きな問題となっています。
現在の新卒採用業務は「本選考」の期間だけではなく、インターンシップを行う「前工程」と、内定を出した学生をフォローする「後工程」の期間にも行われています。
以前、インターンシップは会社説明会の延長線上にある位置づけでしたが、2022年から一定の基準を満たしたインターンシップであれば、それを通じて企業が得た学生情報を採用選考活動に使用できるよう、見直しが行われました。これにより企業は、インターンシップでどのような企画を実施し、いかに人を集めて本選考につなげるかにいっそう力を入れるようになりました。さらに、内定を出した後のフォロー活動も重要で、企業によっては学生に対して入社までの間、毎週のように入社の意思確認を取り続けているといいます。
このように、企業は3月から6月頃までの本選考の期間だけでなく、その前後もずっと採用業務を行っている状態になり、長時間労働が常態化している採用担当者が少なくありません。
近年の新卒採用活動の課題に加えて、昔から解消されない問題点として「採用したい人材の姿が明確化されていないこと」が挙げられます。「どのような人材をわが社は求めるのか」について具体的な定義がなされないまま、「コミュニケーション力が高い」「バイタリティが強い」といった定性的な基準で、勘や経験に基づく採用活動が現在も行われています。
求める人材像が明確化されていないことは、採用担当者ごとに判断がばらつくことを意味します。また、採用が終わった後の適切な振り返りも難しくなります。「今年はよさそうな人が採れた」といった感覚的な話に終始して、入社後に活躍できる人材を精度高く採用できたのかを客観的に検証できないのです。
自社での課題から誕生した採用サポートAIツール
こうした新卒採用の諸課題に対し、MRIはHR(ヒューマンリソース、人的資源)に特化して開発したAIエンジン「HaRi」を搭載した採用サポートAIツール「Syncit®(シンキット)」をリリースして、企業の採用活動を支援しています。
Syncitの活用は、採用に関する過去のデータ(エントリーシートのデータ内容や適性検査結果など)を基に、企業ごとのAIモデルを構築することからスタートします(図1)。そして当年のエントリーシートを読み込ませ、応募学生を5段階でスコアリングして、採用基準とのフィット度合い(優先度)を診断します。これによって、企業の採用業務の効率化や内定承諾率の改善などをサポートするのです。
Syncit開発のきっかけは、MRI自身の課題意識でした。MRIではインターンシップ募集の際、応募書類を人事部ではなく、各部署の社員が読み込んで参加者を決めていました。この方法は現場が欲しい人材の採用に結び付く一方で、現場の大きな負担になっていました。
そんなとき、MRI社内で開催したビジネスアイデアコンテストにおいて、AIにエントリーシートを読み込ませて客観的にデータを評価するアイデアが提案されました。これがSyncitの開発・誕生につながったのです。
Syncitのユニークな特徴として、「AI辞書」によりエントリーシートの自由記述文章の特徴を分析する機能(図2)や、コピー&ペーストの有無を診断する剽窃診断機能があります。また、ブラックボックスになりがちなAIの判断基準は可視化されており、属人的になりがちな採用基準を客観的な目線で「見える化」することが可能です。
AIとデータの活用で業務効率と採用精度を向上
Syncit活用のメリットとして、書類選考にかかるリソースを削減できることがまず挙げられます。例えば1000枚のエントリーシートを人間が読んで選考を行うのは大変なことですが、AIに任せれば、ものの数分で自社にとって有望な学生を見分けることが可能です。それによって採用担当者の負担を大幅に減らし、他の業務に時間を使えるようになります。
また、優先度の高い学生を発見し、早期に選考を進めて内定を出すことで、選考参加率や内定承諾率の向上が期待できます。スピード感のある内定出しで企業の熱意を学生にアピールでき、内定を出した後も学生をしっかりフォローすることで、自社にふさわしい学生をより確実に採用できるのです。
さらに進んだ活用法として「入社後の活躍人材を見極めるAIモデルの構築」もあります。入社3~5年目の社員のうち、パフォーマンスの高い人材をチェックして、当該人材になりそうな学生を予測するAIモデルをつくるのです。
これによって、過去の選考合格者すなわち「選考時に優秀だと見なした者」ではなく、入社後に実際に活躍した人材と同じタイプの学生を書類選考時に素早く見つけ出すことができます。そしてその学生を優先的に面接選考へ進めて早期の内定出し・囲い込みにつなげることを目指しています。従来は「勘と経験」に頼っていた活躍人材の見極めを、データとAIの活用でより高精度に行うことができるのです。
Syncitを導入している企業からの声
実際にSyncitを活用している企業の事例をいくつか紹介します。
就職人気の高いA社では学生から大量の応募があり、多くの担当者が2週間ほどかけてエントリーシートを読んでいました。そこでSyncitを導入したところ、少人数で1週間程度の作業で済むようになり、約8割もの業務量が削減されました。
また、インターンシップを重視して本選考に連動した採用活動を行っているB社では、内定後の学生を十分にフォローしたいと考えていたものの、選考業務の負担が大きく、実行できないことが課題でした。そこで本選考に合格する可能性の高い学生をインターンシップの応募段階で予測するAIモデルを構築し、スコアの高い学生を優先的に参加させるようにしました。その結果、現場からの評価が高いインターンシップ参加者が増加し、高評価者については面接の一部をスキップするなどの業務効率化を行いながらアフターフォローに注力できるようになりました。こうした取り組みで、内定承諾率は従来に比べて約10%向上したのです。
最後は、採用した人材のパフォーマンスのばらつきが課題となっていたC社の事例です。C社から相談を受けてMRIは、「入社後3~5年程度のデータを蓄積し、活躍している人材にフラグを付けて予測モデルを構築し、モデルの改善を行いながら採用活動を行う」ことを提案しました。このAIモデルを導入したC社は、活躍人材を精度高く見極めて採用することができている、と評価しています。
Syncitの機能は、MRIと協業しているビジネスパートナーからも別ブランドで提供されています。これまでにSyncitと併せて大手企業を中心に累計200社超の導入実績があります。
「人材ミスマッチ」の課題解決ツールに
「AIで人を評価すること」を疑問視する向きはおそらく多いでしょう。しかし「人間の目による評価・選考」が完全に信用できるものではないことに同意する方もまた多いはずです。面接官のバイアスや好き嫌いによって、本来なら採用すべき人材を不合格としている可能性も当然あります。
MRIでは企業の採用担当者に「人の目とAIのハイブリッドで使ってください」と伝えています。AIが得意な領域にAI選考を取り入れつつ、適切に人の目を加えることで、選考全体として効率化と高品質化が実現できるというのがMRIの考えです。学生にとっても、属人化された採用基準のみで判断されるのではなく、同一基準で評価された指標に基づくAIの判断が組み込まれることはメリットになるでしょう。
採用における人材ミスマッチは、企業と学生双方にとって不幸なことであり、また人材不足と合わせて現代日本の大きな課題です。MRIのSyncitがこうした社会課題を解決する1つのツールとして貢献できることを期待しています。さらに今後の展開としては、選考の参考にできるような個人の特徴を把握する機能や、タレントマネジメントシステムとの連携を含め、採用と入社後の活躍とをデータでシームレスにつなぐ仕組みを実現したいと考えています。
三菱総合研究所 人材・キャリア事業本部新事業推進グループ
東京大学経済学部経営学科卒業後、大手通信キャリアに入社。営業、人事、企画など幅広い業務を経験した後、2020年三菱総合研究所に入社。AI・HR領域における新規事業推進を担当。Syncit事業責任者。
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Syncit(シンキット)|採用サポートAIツール(サービス公式ページ)
人的資本経営の実現に向けて 人材ギャップ解消に向けた施策の実行支援
※このページは、『フロネシス25号 その知と歩もう。』(東洋経済新報社刊)に収録したものを再構成したものです。