AIの活用で自治体の「相談業務」を高度化する きめ細かな住民対応と業務の大幅効率化を実現
住民相談の増加・複雑化で自治体職員の負担が増大
超高齢社会への突入に加え、コロナ禍や大規模自然災害の増加のために、全国の地域住民はさまざまな問題に直面しています。しかも最近は高齢、障害、児童福祉など、複数の分野にまたがる複合的な問題も発生するようになってきました。
このような状況から、児童相談や生活困窮者相談、要介護認定面談、納税相談など自治体に対する地域住民の相談ニーズが高まっています。しかし自治体の体制が十分に追いつかず、相談を受ける職員の負担は増大しています。相談1件で長いときは2〜3時間もかかる場合があり、職員は定時内に住民相談へ対応し、相談記録票の作成は定時後に残業して行うことが常態化しているところもあります。
職員の負担が増大する背景としては、まずリソース不足が挙げられます。高度化、複合化した地域住民からの相談に対応できる職員は限られているうえ、対応可能な職員を育成、増員することは容易ではありません。一方で、業務のデジタル化も遅れています。相談対応を行う自治体では従来、相談内容を紙にメモし、相談が終わった後に紙の相談記録票を作成するというアナログな方法が一般的でした。作業負担の重さに加え、ノウハウの属人化、情報共有にかかる手間の増加といった問題の原因になっています。
自治体における相談サービスの質向上と職員の働き方改革をいかに両立していくか。この課題に対し、MRIはデジタル活用による自治体の相談対応力強化が可能となるサービス提供が急務と考え、AIによる音声認識やデータ分析などの技術で相談職員の業務を支援するサービス「AI相談パートナー®」の提供を行っています。もともとMRIではデジタル技術を活用して地域課題の解決に挑む「Region-Tech構想」を提唱してサービスの開発、提供に取り組んでおり、住民からの問い合わせにAIで対応する「AIスタッフ総合案内サービス」を開発、提供しています。「AI相談パートナー」はこの流れの中から誕生したサービスです。
3つの機能で業務負担を削減
「AI相談パートナー」の代表的な機能は3つあります(図)。
第1は会話自動テキスト化機能で、住民と職員の会話をリアルタイムでテキスト変換し、話者ごとに青とピンクに色分けした吹き出しのチャット形式で表示するものです。
第2は職員支援ガイダンス表示機能で、リアルタイムで会話をテキスト変換する際に単語を判別し、関連する制度の詳しい情報や相談の中で深掘りして聞く必要のあるポイント、住民に行動を促す情報など、相談を受けている職員に役立つ情報を表示します。例えば児童相談で「あざがあった」という話が出たとき、あざの色や箇所、大きさなどについて確認するようガイダンスを出して相談職員に相談内容の深掘りを促し、取るべき次の行動を予測しやすくします。
第3は記録票作成サポート機能で、テキスト化された会話記録を用いて、相談記録票の作成を支援します。記録票の項目は各自治体での記録票フォーマットに変更でき、テキスト化されたデータとひもづける形で記録票の中に自動挿入することができます。
さらに2024年7月から、生成AIを活用した相談内容を自動的に要約するとともに、話し言葉を書き言葉に変換する機能が追加されました。
「AI相談パートナー」を導入するメリットとしては、まず相談記録票の作成にかかる負担の削減が挙げられます。実際に導入した自治体にアンケートを実施したところ、相談記録票の作成にかかる時間が約4割程度削減できたとの声が多く集まりました。今後は追加機能により、さらなる削減ができると期待されています。
また、相談内容はすべてテキスト化され、漏れなく記録されます。一般的な自治体の相談窓口では、メモを取りながら住民との相談を行い、終わった後にメモと記憶を頼りに相談記録票を作成しています。「AI相談パートナー」を導入すると、メモや記憶に残らない雑談の中に潜んでいた支援のポイントを見落とすおそれがなくなったり、ほかの職員の相談内容を見て参考にしたりと、相談対応の高度化に役立てることができます。
そして職員支援ガイダンス表示機能の活用により、住民相談経験の浅い職員でも聞くべきポイントを漏らさず聞き取り、相談レベルの維持・向上を図ることができます。
さらに「AI相談パートナー」は住民からの相談という機微情報を扱う観点から、セキュリティ対策にも注力しています。相談記録票は個人情報をマスキングした状態で作成するようになっており、サービスは機微情報の管理に適したLGWAN-ASP(総合行政ネットワーク)で提供され、相談の内容がAIの学習に使用されることはありません。
業務効率の改善で住民と向き合えるように
実際に「AI相談パートナー」を導入した神奈川県横須賀市の事例を紹介します。
「誰も一人にさせないまち」という理念を掲げる横須賀市では、どこへ相談すればよいのか判別のつかない福祉相談を受ける総合窓口「ほっとかん」を2020年4月に開設しました。相談を重ねる中で課題として浮上したのは、ベテランと経験の浅い職員で相談対応に差が出てしまうことや、職員の残業増加でした。
そこで横須賀市では2020年12月から2022年3月まで、「AI相談パートナー」の実証実験に取り組みました。この間に1000件程度の相談データを蓄積し、職員の業務負担軽減と相談業務の質の向上に活用できると判断、2022年4月より本格導入に踏み切り、現在に至ります。
「AI相談パートナー」導入の効果として、職員の業務効率が大きく改善し、住民と向き合うフロント業務に注力できるようになったほか、「ほっとかん」で受けた相談内容を各部署に引き継ぐ際、情報がスムーズに共有できるようになったことが挙げられました。また、相談内容はすべて記録されているため、聞き漏らしや職員と住民で「言った・言わない」の論争が起きることを防ぎ、いざというときに職員の上司がリアルタイムで会話データを確認し、対応することが可能になったといいます。
総務省が2020年に策定した「自治体DX推進計画」では、行政サービスにデジタル技術やデータを活用して住民の利便性向上を図るとともに業務効率化を図り、人的資源を行政サービスのさらなる向上につなげていくことが自治体に求められています。自治体DX推進に寄与する「AI相談パートナー」は、これまでに70を超える団体に導入されてきました。今後は相談記録票の作成後の業務のデジタル化を視野に、さらなる機能拡張の取り組みを続けていきたいと考えています。
三菱総合研究所 公共コンサルティング本部
地域共創DX推進グループ グループリーダー
早稲田大学大学院理工学研究科修了後、三菱総合研究所入社。国・自治体における基幹システム最適化、再構築に関するコンサルティング、情報化推進計画策定支援に従事。2023年より地域共創を実現するためのDXサービスの企画・運営に従事。
三菱総合研究所 公共コンサルティング本部
地域共創DX推進グループ
早稲田大学人間環境科学部人間環境科学科卒業後、大手SIerを経て三菱総合研究所入社。マイナンバー関連システムに係る事業企画、営業提案及び設計開発に従事。2023年より地域共創を実現するためのDXサービスの企画・運営に従事。
●関連ページ
AI相談パートナー(AIを活用した自治体相談業務支援サービス)
※このページは、『フロネシス25号 その知と歩もう。』(東洋経済新報社刊)に収録したものを再構成したものです。