世界を変える「スタートアップ」は研究者がカギ 「東京科学大」医工連携が生む社会変革への期待

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「東京科学大学」は2024年10月1日、東京工業大学と東京医科歯科大学が統合し、新たに誕生した。理工学と医歯学の医工連携をはじめとし、多様な学問領域を融合させた新たな研究分野の開拓を目指し、3つの研究組織を創設するなど意欲的な取り組みを展開している。その1つがベンチャー支援だ。「世界を変える大学発スタートアップを育てる」をビジョンに掲げる東京科学大学イノベーションデザイン機構 機構長の辻本将晴氏と、腸内環境で健康をデザインするバイオベンチャー「株式会社メタジェン」など4社を起業してきた同大生命理工学院准教授の山田拓司氏に話を聞いた。

時価総額ランキングで見えてくる大学発ベンチャーの意義

そもそも、大学発ベンチャーの存在意義は何なのか。東京科学大学のベンチャー支援で中心的な役割を担う東京科学大学 イノベーションデザイン機構 機構長の辻本将晴氏は、次のように話す。

辻本 将晴 氏
東京科学大学 イノベーションデザイン機構 機構長
環境・社会理工学院 教授
理事特別補佐

「世界の時価総額ランキングを見ると、20年前は歴史ある大企業が大半でした。しかし今はベンチャー、しかも大学発のものが多くを占めています。もはや、世界経済を大学発ベンチャーが牽引しているといっても過言ではありません」

なぜ大学発ベンチャーが存在感を発揮できるのか。辻本氏は「技術シーズが強力な競争優位性につながるから」と説明する。

「大学の研究によって創出される技術シーズ(技術の種)は、簡単にまねできるものではありませんし、ディープテックと呼ばれるように理解すら難しいものもあります。だからこそ、ビジネスになったときに強力な差別化要因となるのです。今まで顕在化していなかったマーケットだと、それこそシェアを独占できますので、いわゆる『ユニコーン』と呼ばれる時価総額が極めて高い企業になる可能性もあります」(辻本氏)

研究開発に力を入れている企業もあるが、事業計画にのっとって取り組むため、技術シーズを創出しやすいとは言い切れない。R&D(研究開発)部門に従事する社会人学生を多数見ている辻本氏は「決して簡単ではないという話をよく聞きます」と明かす。

「どうしても自社の事業領域内で取り組むため、構造的に差別性を出しにくいのです。コストを一企業で負担するのも困難ですし、マネジメントも容易ではありません。そのためか、日本だけでなく海外の大企業でも技術シーズを生み出して新規事業につなげた例はあまり見られません。大学発ベンチャーの台頭は、そうした状況にも関係しているのではないかと思います」(辻本氏)

世界的な科学誌に論文が載っても、すぐに世界は変わらない

では、技術シーズがあれば大学発ベンチャーは自然発生的に生まれるのだろうか。大学発ベンチャーとして、株式会社メタジェンを設立した同大生命理工学院准教授の山田拓司氏は「多くの研究者は、技術シーズを事業化しようと考えてはいないのでは」と話す。

山田 拓司 氏
東京科学大学 生命理工学院 准教授
株式会社メタジェン 取締役副社長 CTO

「私と共にメタジェンを設立した福田(真嗣氏)は、『よい研究をしていればおのずと社会実装がなされると思っていた』とよく言っています。彼は非常に優秀な研究者で、世界的な科学誌に何本も論文が掲載されている。研究者からすると、まさにトップ・オブ・トップスの成果ですが、それですぐ世界が変わるわけではありません」(山田氏)

潤沢な研究費が継続的に確保できれば、誰かが社会実装してくれるのを待って研究を続けるという選択肢もあるだろう。しかし、科研費(科学研究費助成事業)に代表される多くの政府系助成金の対象となる研究期間は1~2年、長くて5年といわれている。JST(国立研究開発法人科学技術振興機構)の創発的研究事業はその期間を10年としているが、このような長期間の研究期間を設けた研究費は多くない。

「だから私はマーケット(市場)と連携しながら基礎研究を続けられないかと思いました。そのためには、研究を社会に還元していかないと継続性が確保できないと考えてメタジェンを起業したのです」と山田氏は明かすが、辻本氏はそういう行動が取れる人はほんの一握りだと指摘する。

「腸内環境」が全身の健康状態をつかさどると考えて「腸内デザイン®️」のコンセプトに基づき研究開発・事業開発を進めているメタジェン。基礎研究と社会をシームレスにつなぎ、新しい市場の創出を目指している

「研究者には、本人も気づいていないかもしれませんが、潜在的なアントレプレナー適性を持っている人が多いというのが私の考えです。しかし、ほとんどの研究者は、アントレプレナー適性がありながらも、事業化までには至らず、目の前の研究に没頭している。山田先生のように、天性のアントレプレナーで、何の支援がなくても起業まで至る人もいますが、非常に少ないのが現実なのです。一方で大学の研究者は、研究費を獲得し続けなければ生き残れません。ですので、アントレプレナー適性を持つ研究者のポテンシャルを引き出す仕組みをつくりたいと考えました」(辻本氏)

研究者の潜在的なポテンシャルを引き出す仕掛け

結果生まれたのが、「世界を変える大学発スタートアップを育てる」をビジョンとするイノベーションデザイン機構。東京科学大学認定ベンチャーの支援や起業環境整備、アントレプレナーシップ教育との連携など幅広い活動を展開している。

その1つとして東京都の支援の下、2024年4月に創設されたのが、賞金総額2500万円の「社会変革チャレンジ賞」(※1) だ。研究成果で世界を変えたい意欲を持つ若手研究者を表彰し、研究開発費の支援だけでなく、事業化に向けたさまざまなステップを包括的にサポートすると辻本氏は説明する。

2024年度「第1回 社会変革チャレンジ賞」授賞式の様子。研究の社会実装化に向けた、「世界を変える大学発スタートアップの育成」が加速する

「若手研究者に、事業化への関心を持ってもらいたいというのが最大の狙いです。まったく関心がなかったところから、『研究費は欲しいけれども、研究しなければならないから経営なんてできない』という反応を引き出すだけでも意味があると思っています。そうすれば、『経営は自分でやらなくてもいい、私たちがいろいろなサポートをする』といった話もできます」(辻本氏)

いわば、アントレプレナー適性を持つ研究者を刺激し、潜在的なポテンシャルを引き出す仕掛け。実際に開催すると、辻本氏の想像以上に反応があった。「研究者たちにはスタートアップのブームに踊らされる雰囲気はなく、冷静に自分がやるべきなのかどうかを見極めているのが印象的だった」と振り返るように、これまでなかった起業による事業化という選択肢に気づく研究者が多かったという。

こうした変化は、学内で着実に広がっている。例えば、学内で実施しているGAPファンドプログラムには、4件の公募枠に、今年度は、40件の応募が寄せられた。そのほか、ゼロからベンチャーを立ち上げた経験を持つメンバーから事業開発やデザインエンジニアリングといったサポートを受けられる「Tokyo Tech Startup Studio(TTSS)(※2)」 や、首都圏を中心とした大学や地方公共団体、VC(ベンチャーキャピタル)、CVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)などが結集したプラットフォーム「GTIE」といった取り組みも行っている。

スタートアップ育成・支援に向けてのさまざまなイベントを開催

「そもそも大学の研究者は、研究費を獲得し続けなければ生き残れません。ですから、アントレプレナー適性を持っている人が多いというのが私の考えです。とりわけ日本の大学は研究開発費という点では相対的に厳しい環境にありますので、そこで生き残った技術シーズは強い。その中でも、東京科学大学は『オタクの集合体』と一部で言われるほど、とがった研究をしている研究者が多くいます。ベンチャー創出のポテンシャルは非常に大きいと考えています」(辻本氏)

上記のデータからも、スタートアップとの親和性が高いことがうかがえる

「新たなサイエンス」はコンフリクトの先にある

東京工業大学と東京医科歯科大学の統合によって新たに誕生した東京科学大学。医工連携によって、技術シーズおよびベンチャー創出のポテンシャルはさらに高まることが期待される。両氏はすでに統合によるシナジーの萌芽を感じ取っているようだ。

「統合前から、旧・東京医科歯科大学の先生方とディスカッションする機会を設けてきたのですが、『そんな研究があるのですか』『私の専門である疾患領域でその技術は使えますか』といった話が湧き出てきたのです。考えてみれば、研究者は自らの専門には詳しいですが、他分野を深く知っているわけではありません。これまで別々だった組織が1つになると、相当のコンフリクト(衝突)が起こり、痛みも発生するとは思いますが、得られる成果は非常に大きいのではないかと思っています」(辻本氏)

理工学や医歯学、情報学、人文社会科学などを融合させ、多様な社会課題を解決するためのアプローチとして注目されている「コンバージェンス・サイエンス」を実感すると話す辻本氏。山田氏も、起業で他分野の研究者とコラボレーションをしてきた経験から、新生・東京科学大学に大いに期待していると語る。

「3社目の起業となったメタジェンセラピューティクス株式会社の設立には、潰瘍性大腸炎に対する腸内細菌叢移植の研究をしている順天堂大学の石川大准教授も参加しています。私の専門はバイオインフォマティクス・計算機科学なので、臨床医学は離れている遠い分野ですが、共に研究をすることで、新たな境界領域ができる体験をしています。旧・東京医科歯科大学の先生方と深く関わり合うことで、技術シーズはもちろん、新たなサイエンスが生まれるのではないかと期待しています。私がメタジェンを設立してからは約10年ですが、ベンチャーを取り巻く環境は格段に向上しています。しかし、まだまだ大学の持つポテンシャルは大きいと思っています。若い世代を引き上げながら、私自身ももっと刺激を受けたいですし、私の経験もぜひ活用してほしいと思っています」(山田氏)

辻本氏もこう続ける。

「大手企業からよく寄せられるのは、『大学発ベンチャーとどう連携すればいいかわからない』というお悩みです。現在も、研究活動のマネジメントや産学連携のマネジメントを担う『URA(リサーチ・アドミニストレーター)』を配置し、研究開発と事業推進を円滑に進める支援活動に取り組んでいますが、大学と民間をつなぐ人材の育成にも取り組んでいきたいと考えています」(辻本氏)

どんな組織でも、統合やコラボレーションにはコンフリクトがつきものだ。文化が根底から異なる大学の統合や産学連携はなおさらだろう。一方で、コンフリクトで痛みを経験するからこそ強まるつながりも当然あり、あまたある社会課題を解決するシーズの土壌になっていくことも期待できよう。「うまずたゆまず、さまざまな施策を展開することで大きな成果につながっていくと確信しています」と最後に語った辻本氏。新生・東京科学大学がどのように新たなサイエンスの扉を開き、社会変革をリードしていくのか注視したい。

東京科学大学(Science Tokyo)「ベンチャー支援創出活動」について詳しく知る

 (※1、2)東京都の「大学発スタートアップ創出支援事業」の支援により実施