年商60億円製造業が挑んだ「経営の全体最適化」 データを基に意思決定できる経営基盤を構築
部門ごとに情報が分断され、必要な経営判断が下せない
「日本一面積が小さな村」といわれる富山県の舟橋村に本社を置く電子部品メーカー・ファインネクスは、車載用コネクター端子、金属製ピンなどの製造を手がけている。
CPUを基板に接続する際に用いる「PGAピン」では高い市場シェアを獲得していたこともあり、高度な金属加工技術を武器に世界市場で戦う企業である。年商は約60億円、従業員は約400名という事業規模だ。
2015年に前社長から同社の経営を引き継いだ松田竜彦氏は、社長就任直後から大きな経営課題に直面していた。
半導体実装技術の進歩によって、かつて同社の主力製品だったPGAピンの市場はいずれゼロになることが取引先のロードマップで明らかになっていたのだ。当時すでに出荷量はピーク時の10分の1まで減少しており、対策は待ったなしの状況だった。
そのため、新規市場向けの製品開発を急ぐ一方で、既存製品の採算性を検討し、効率よく経営資源を投下しなければいけないと考えた。
「当社の資金と人員の規模では、採算の合わない仕事からは手を引き、利益の出る仕事に資源を集中させなければ生き残ることはできません。しかし、当時の当社はどの製品の利益が大きく、どの製品の利益が小さいのか、数字で知ることができない状態でした」と松田氏は振り返る。
市場だけでなく、原材料価格の変動などによる外部環境の変化は、つねに企業を襲う可能性がある。それらに対応するためには、製品ごとの損益について、品目別、販路別などの切り口で分析ができなければ、必要な経営判断を下すことができない。
だが同社の組織や情報システムは、経営判断のために全社的なデータをまとめられる状態ではなかった。製造する製品部門ごとに業務が最適化され、自然とローカルルールを作るようになっていたり、システムも各部門の事情に合わせて個別に最適化され、会計上同じ項目であるはずのデータも、定義がバラバラでそろっていなかったりしていたのだ。
そうしたことから、前工程と後工程までの進捗が把握できない、製造原価や販売価格の妥当性がわからないといった問題も起きていたという。
「従来のシステムがすでに老朽化していたこと、導入当時のベンダーが撤退していたことも課題でした。そこで全社の状態が瞬時にわかるシステムを新規に導入する必要があると考え、検討に入りました」(松田氏)
「業務をシステムに合わせる」ことを選んだ理由
部門ごとに部分最適化されていたルールやシステムを、共通の基盤によって全体最適化する。そうすれば、製品ごとの損益がデータとして見える化され、注力する、撤退するなどの経営判断を正しく行えるようになる――。
そのように考えた松田氏は、当時の情報システム部長、ユーザー部門の代表者らとプロジェクトチームを結成し、新たなシステムの検討を開始。部門の壁を取り払い、一気通貫で業務の進捗を把握できるようにするためには、ERPを導入するしかないと判断した。
その結果、生産管理から会計まで、全社の業務プロセスを統合することができるSAPのERPを選択した。
導入に当たっては、従来のように部門の個別事情によってERPに追加開発することは原則として許さず、業務をシステムに合わせていく「Fit to Standard」で進めることも、トップダウンで決断した。
その理由が、SAPから提供される業種ごとの標準プロセスである「ベストプラクティス」だった。当時ユーザー部門代表としてプロジェクトを推進した執行役員 支援本部経営企画部長の宮森誠氏は、このベストプラクティスを「教科書」と呼び、次のように語る。
「例えば、製品の原価を全社共通の基準で評価することが新しいシステムの目的の1つでした。しかし、部門ごとに最適化しようとしてシステムに手を入れてしまうと、正しく計算できているか、そのロジックから検証しなくてはならなくなります。当社のような小規模の組織で、そんな作業をすることは無理です。
ですから、世界標準の『教科書』どおりにすることがいちばん『楽』なのです。自分たちでの固有の業務設計や追加開発は一見楽そうですが、実際にはお金も労力もかかり大変なため、この導入方法しかないと考えました」
しかし、それまで自部門の事情に合わせてカスタマイズしたシステムを使っていた現場部門からは、これまでのやり方を変えなければならないことに不満の声も上がった。「使いにくい」という声が多く届き、「一時的に社内の空気も悪くなった」と宮森氏は打ち明ける。
「例えば、ERPの導入によって製品ごとの原価を計算したいと考えていましたが、従来のシステムは単に製造して出荷するために使われていたので、まったく考え方が違うわけです。使い方が違えば、最初は『使いにくい』と言われるのは当たり前です。
そのため、これからはこうなるということを丁寧に伝えると同時に、以前よりシステムへの入力の工数も増えたため、人員を増やして対応しました」(宮森氏)
また、松田氏も社内の全体朝礼などで、全社の情報を統合し、数字を基にした経営判断をする重要性を社員に繰り返し説明した。その傍ら、SAP ERPを利用している他社を自ら訪問し、導入時の課題などを率直に聞いて回った。
当時、情報システム部として対応に当たった同部課長の西山伸広氏は、当時を次のように振り返る。
「今回のERPプロジェクトは、段階的な手順を取らない全社一括導入で進めました。SAPのERPへの入力の仕方が従来のシステムとは異なる部分もあり、個別に対策を行う必要があると考えていました。
実際に、比較的円滑に動いた部門もあれば、まったく動かない部門もありました。それぞれに対して、個別に足を運んで、現場の話を聞きながら問題点を1つずつ潰していきました」
SAPの導入で、データを共通言語にした議論が可能に
現場の問題に寄り添いながら解決し、ERPの入力方法にすべての現場が対応できるようになるまでにはそれなりの時間を要したが、粘り強い取り組みは実を結び、2018年4月、SAP ERPは本番稼働に至った。
「カスタマイズせず教科書どおりで導入しているのだから、何かおかしい場合は情報の入力の仕方が間違っているか、足りないということになります。それが解決したので、システムは問題なく動き出しました」(宮森氏)
当初はERPに難色を示していた現場も、稼働後に入力や操作に徐々に慣れてくると、そのメリットを実感するようになる。
「最初にERPのメリットを社内に向けて発信したのは、経理のメンバーでした。他の部門がまだ少し懐疑的だったときに、『私の仕事は楽になりました』と言ってくれたのです。それから徐々に、雰囲気が変わっていきました」(宮森氏)
ERP稼働から6年以上が経った現在、同社では経営から現場まで、さまざまな価値を得ることに成功している。
まず、ERP導入の最大目的でもあった、品目別の実績原価が詳細に算出できることで、黒字・赤字の製品が容易にわかるようになったことだ。それによって、どの製品に注力すべきかなどを見極め、先手を打った対策を取ることが可能に。
同時に、社内でバックオフィスのバリューチェーンがつながり、共通の尺度で全社の在庫や仕掛かり品を評価できるようになった。
「社内の会議の場で、データを共通言語にした議論ができるようになったのは、目に見える大きな進歩だと感じています」と宮森氏は手応えを語る。
こうした管理会計の仕組みが構築できたことで、経営の意思決定スピードは向上。同社の年商はかつてのPGAピンが全盛だった時期と同等の水準を維持している。
さらに、従来は部門間のシステムがつながっていなかったため、製造と営業の間での在庫確認や製造の進捗確認を電話で行っていた。その電話確認だけで半日を使っていたが、ERPの画面で確認できるようになったことで、今では電話でのやり取りがほぼなくなった。また、期末の棚卸し業務による工場の停止も以前は1~2日あったのが、それもゼロになったという。
このように、大規模とはいえない組織でありながらも同社がSAPのERPの導入に成功した理由はどこにあるのか。松田氏は次のように語る。
「市場環境の変化もあり、当社にとってはまさに社運を懸けたプロジェクトでした。それを乗り越えることができた理由は、導入する目的をしっかり持ったこと、そして、決めたら覚悟を持って取り組んだこと。この2点だと思います。
当社、そして経営者である私の場合は、製品別の原価をどうしても知る必要があった。その覚悟と明確な目的を社内に伝え、プロジェクトチームが奮起してくれたことで、部門最適という課題を突破し、ERPを導入、目的を達成することができたと思っています」
現在、次世代ERPである「SAP S/4HANA」への移行を検討しているという。それによって、自社にどのような価値が生まれるのかを慎重に確認しているところだ。
「小さな部品で世界をつなぐ」をビジョンに掲げるファインネクスは、SAPの活用とともに、社会に役立つ「新しい価値」を創造する未来を描いている。
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SAPユーザーの約80%は「中堅・中小企業」という意外な事実
大企業向けERPのイメージが強いSAP。確かに日本を代表するグローバルカンパニーの多くが導入しているが、導入企業全体で見ると、実に約80%が中堅・中小企業だという。
これには少し驚くかもしれないが、SAP導入のメリットを挙げていくと、中堅・中小企業にとっても価値を享受できるポイントが多いことに気づく。
まず中堅・中小企業の経営層には、自社が持つデータを生かした経営で成長を加速させたいと考えている場合も多いだろう。そのとき、部門間のシステムの制約を受けることなく、企業が保有するさまざまな資源を一元管理・確認できれば、経営の全体最適化に寄与することになる。
ただし、大企業と比べてコストやリソースが限られる中堅・中小企業では、なるべく短期間かつ低コストで、シンプルにERPを導入したいところ。
そこでSAPが中堅・中小企業向けに展開するのが「GROW with SAP」だ。GROW with SAPは、SAPが培ってきたERP活用のノウハウをクラウドサービスとして提供するもので、クラウドERP「SAP S/4HANA Cloud Public Edition」を中核に構成されている。
大きな特徴は、25業種分のテンプレートが用意されていることだ。テンプレートには、長年にわたってさまざまな業種の企業にERPを提供してきたSAPが導き出したベストプラクティスが反映されている。
システムの標準機能に業務を合わせる「Fit to Standard」の形で自社に合ったテンプレートを取り入れることで、初期費用を抑えながら短期間でERPを導入し、かつ各業界のベストプラクティスを基に業務を標準化、スムーズに行っていくことが可能になるという。
また、GROW with SAPにはAI機能も搭載されており、意思決定に役立つインサイトを提供するなど、伴走型で企業の業務をサポートしてくれるようだ。
大企業と比べて中堅・中小企業は、社内のデータ量が小さく、システムの規模も小さいことが多い。その分、ERPの導入は大企業と比べてもスピーディーに進めることができる。企業規模が小さいうちから、AIを含む最新の機能を備えたERPで経営革新を行い、企業を成長への軌道に乗せることが、不透明な時代に勝ち残るための戦略といえるだろう。