DXをリードする「コア人材」をどう育成するか 人的資本経営にも不可欠な、全社のデータ活用

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大原佳子氏
大原佳子氏(三菱総研DCS 執行役員テクノロジーオフィサー/上智大学大学院 教授)
DXに取り組む企業の多くで、推進のコアとなる人材の育成が課題となっている。三菱総研DCSが提供している「データ分析人材育成サービス」は、データ利活用を担うコア人材を育成するもので、企業ごとのニーズに合わせたオーダーメイドが特徴だ。データ分析人材の効果的な育成方法や、その先にあるデータドリブンな組織への変革について、同社執行役員テクノロジーオフィサーの大原佳子氏に話を聞いた。

データから価値を引き出す人材が求められる

――現在のビジネス環境の中で、デジタル人材の育成が求められている理由を教えてください。

一言で説明しますと、情報の価値が急速に高まっているためです。2000年代初頭から、情報技術は飛躍的に進化し、データ量も爆発的に増加しました。とくにスマートフォンの普及により、個人データが大量に蓄積され、それを活用して価値を生み出すことが企業の競争力の源泉となっています。かつてのAIブームでは、主に構造化データが解析の対象でしたが、現在ではテキストや画像、動画、音声といった多様なデータが解析の対象となり、その質と量が著しく増大しています。企業がこうしたデータを活用し、価値を引き出すことができるかどうかが、ビジネスの成否を左右する要因となる中で、その実現を支えるのがデジタル人材であり、データサイエンティストとも呼ばれるデータ分析人材です。

――データの価値を見つける、価値を引き出す、そしてビジネスに使えるようにするために、デジタル人材に必要なスキルやノウハウについて詳しく教えてください。

まず、「データの整理と分析」は必須のスキルです。データは「21世紀の石油」とも言われますが、石油と同じく精製しないと使い物になりません。そのため、まずはデータクレンジングと呼ばれる工程で、データをきれいにし、使えるように整えます。そのデータを基に、統計や機械学習でデータを情報に変え、情報から価値を引き出します。データサイエンティストや機械学習エンジニアは、このプロセスを担います。

さらに、業界や業種の知識を持ち、実際の現場でデータをどう活用するかをいわば翻訳する、トランスレーターの役割を担うスキルも重要です。

――データのクレンジングから価値を出すまでの実務での活用例を教えてください。

小売店での顧客購買データを活用して、効果的なキャンペーンを実施したいという例を考えてみましょう。すべての顧客の購買データを分析するのでは精度が低くなってしまう場合があります。例えば利用頻度が極端に多い少数の顧客が平均値を引き上げているかもしれません。こうした顧客を分析対象から外し、全体の傾向を捉えて施策を考えることが重要です。そのうえで、キャンペーンの分析に必要なデータやお客様の分類に必要なデータを選び、分析手法も適切なものを選びます。分析結果は業務の知識と照らし合わせて検討し、どのようなキャンペーンが効果的かを考えます。

大原 佳子(おおはら・よしこ)
三菱総研DCS 執行役員テクノロジーオフィサー/上智大学大学院 教授
大原 佳子(おおはら・よしこ)
日本興業銀行(現みずほ銀行)、SAS Institute Japan、アクセンチュア、三菱総研DCSにおいてデータ活用/データ分析/コンサルティング/人材育成業務に従事。一般企業向けAI・ビッグデータプロジェクトを推進するとともに、社内外のデータ利活用/データ解析のエキスパートを養成。現在は上智大学大学院教授と兼職。

――顧客の購買意欲を高めるという目標から逆算し、データをクレンジングし、分析する、それを踏まえてビジネスに直接的な価値を生み出すというプロセスを踏むわけですね。すべてのスキルを1人の人材が保有することは可能なのでしょうか。

理想ではありますが、スキルの幅が広いので現実的には難しいです。米国では、大学でマルチスキルを持つデータサイエンティストを育てる環境が整っていますが、日本ではデータサイエンスとして体系的に統計や機械学習を学ぶ学部・学科がここ10年ほどでようやく増えてきた段階です。そのため、日本の企業ではチームを組み、個々人のスキルを活かすケースが多いです。個々のスキルセットを組み合わせることでスキルの幅が広くなり、最大の成果を上げることができます。このようなチームワークで成果を出すことは日本が得意とする強みかもしれませんね。

データ分析人材育成にはビジネスでの実践が不可欠

――データ分析人材を育成するためには、大学だけではなく企業も取り組みが必要ですよね。大学と企業の役割に違いはありますか?

大学は学問の視点からデータサイエンスを教え、基礎を固める役割を担います。統計や機械学習などの基礎知識を教えることが重要です。これにより、データの分布や統計的な概念を理解し、データ分析の基礎を身に付けることができます。

一方、企業はビジネスでの実践・実装を重視し、理論に沿うだけではなく実際の業務にどう適用するかを考える必要があります。例えば、ビジネスでのデータ活用は、データを基にどのような意思決定を行うか、どのように業務プロセスを最適化するかといった具体的な応用が求められます。

大学は基礎をしっかりと教え、企業は実践的なスキルを養うという役割分担で、育成のアプローチが異なります。産学連携教育を進めることで、総合力を身に付けたデータ分析人材を育成できると考えています。

例えば、産学連携教育の具体的な取り組みの1つに、過去に当社で企画・運営した「オープンデータ活用アイデアコンテスト」があります。私が教鞭を執る大学でデータサイエンスを学ぶ学生を対象としたこのコンテストでは、小売店舗網を持つ企業内のPOSデータと三菱総研DCSが収集・加工したものを中心としたオープンデータを組み合わせて分析を行い、企業の店舗事業の戦略や施策につなげる新たなビジネスインサイトを提案することを目的としました。

テーマ設定からデータ提供、操作環境の構築に至るまで、企業と大学、三菱総研DCSの3者が連携し、学生たちに実践的なデータ分析スキルを高める機会を提供しました。取り組みを通じて、学生たちの仮説設定力、データ分析力、プレゼン力に目覚ましい成長が見られました。企業の審査員からは、新鮮な視点で分析したデータに基づくインサイトがビジネスに新たな価値をもたらす可能性が高く評価され、今後の企業活動に彼らの提案を積極的に活用する方針が示されました。

――実践的な経験を通じて身に付けたスキルが、実際にビジネスで通用すると確認できたわけですね。三菱総研DCSが提供している、データ利活用を担うコア人材となる「データ分析人材」を育成するサービスの特徴を教えてください。

当社のデータ分析人材育成サービスは、企業ごとのニーズに合わせたオーダーメイドの育成カリキュラムを提供し、データに基づき判断・行動する「データドリブン」な組織への変革を支援するものです。オーダーメイドの育成カリキュラム、分析スキルの見える化支援、自走に向けた手厚いフォローアップの3つの特徴があります。

具体的には、企業のデータ活用の進捗状況や目標に基づき、最適なカリキュラムを個別にプランニングし、研修や実習を行います。受講者のスキルや取り組み姿勢を評価してフィードバックを行いますが、これは研修の成果を測るとともに、受講者個人や組織全体の分析スキルの見える化にもなります(図)。また、研修後も実務でスキルを活用できるよう手厚いフォローアップを実施し、最終的には育成した人材がコアとなって自立してデータ分析を推進できる組織の構築を目指します。

図 データ分析に必要な「スキルマップ」のイメージ
(画像の一部を加工しています)

企業によって必要なスキルや重視するポイントが異なることは日頃から痛感しており、それぞれに必要なスキルの育成にはオーダーメイドのアプローチが必要だと確信していました。さらに3つの特徴を兼ね備える必要性を感じたのは、データサイエンス事業を立ち上げた際の経験からです。データ分析を基に顧客企業の経営戦略や業務効率化を支援する事業ですが、社内には私以外にデータサイエンティストがいなかったため、ゼロから育成する必要があり、効率的にスキルを身に付けさせ、実際の業務に役立てられるような社内教育プログラムを考案しました。そのノウハウを基に設計したのが、現在外部に提供しているデータ分析人材育成サービスです。

――カリキュラムのプランから研修後の自走支援までを通じて、各企業の特性に合わせた柔軟なアプローチが大切なのですね。具体的な導入事例や成果について教えてください。

例えばA社は持続的な成長を目指し、データ活用の重要性を認識していました。データ分析人材の育成に強い関心を示した役員が中心となって、社内に蓄積された多様なデータを効果的に活用し、社会に新たな価値を創出するためのプロジェクトが始動したのは5年ほど前のことです。データサイエンティストの育成とデータ分析の内製化を推進することが目的として設定されました。

このプロジェクトに対し三菱総研DCSは、理論だけでなくビジネス現場での実践に直結するデータ活用のノウハウを提供することとし、3年間のロードマップに基づく伴走型の支援を提案し、実施しました。受講者はデータ分析の基礎を理解し、業務での実践に対する意識も向上しました。研修期間の終了後も、三菱総研DCSのデータサイエンティストがアドバイザーとして週1~2回の進捗会議に参加し、分析工程の全体設計や方法論の選定をサポートし続けました。現在は、全社のデータ活用意識が向上し、各部署からの分析依頼が増加するという効果が出ています。

同社はさらに、データサイエンス課を設立し、研修で得た知識を実務に活かす体制を構築しました。今後は支店ごとにキーパーソンを配置し、地域特有のデータを活用する取り組みも検討されています。

知的好奇心が個人と企業の未来を開く

――データドリブンな組織づくりは、企業の競争力向上に直結すると思います。データドリブンな組織と人的資本経営の融合についてどう考えていますか?

組織としてデータ分析人材を育成し、データを活用して業務を効率化することは、企業の競争力を高めるために重要です。全社的にデータ活用が進むことで、企業全体の成長と競争力を向上させることができます。データ活用が組織全体に浸透することで、経営判断の精度が高まり、企業の未来を切り開く力となるでしょう。

また、バックオフィスとして軽視されがちだった人事部門にこそ、データ分析人材の力が必要だと私は考えています。効果的な人事施策を実施するためにはデータ分析が不可欠だからです。

人事部門がデータドリブンな組織になることで、採用プロセスの最適化や社員のパフォーマンス評価の精度向上が可能となります。さらに、社員のキャリアパスの設計や研修プログラムの効果測定を通じて、事業部門の社員のエンゲージメントを高める施策を講じたり、人材マネジメント施策が企業の成長と価値向上にどのような効果をもたらしているかを検証したりすることができます。人事データを含む全社のデータ利活用が「人的資本経営」を力強く加速させると考えられます。

――データ分析人材の育成が企業の競争力向上に直結することをお話しいただきましたが、デジタル化が進む中で、これからの教育や人材育成のあり方について、最後にお伺いします。次世代を担う若者たちに、どのような視点で向き合っていきたいとお考えでしょうか。

私は大学で教鞭を執っていますが、大学・大学院には多様な学生が増えています。ビジネスと学術の融合を目指し、技術の進歩に対応できる人材をどう育てていくかをつねに考えなければなりません。AIや自動化技術の導入が進む中で、楽にできる仕事は人間の手を離れ、個人も企業も仕事の方向性を見直す必要があります。データサイエンティストという言葉が広まり始めたのは10年ほど前のことで、それ以前は一般的ではありませんでした。私自身、働き方も意識も変わり、新しいことを学び続けています。知的好奇心を持ち続けることが、今後の社会で重要であると感じています。知的好奇心を持つことで人生が豊かになり、思わぬ世界が開けてくることを若い人たちに伝えたいと思います。

●関連リンク

三菱総研DCSのデータ分析人材育成サービス

三菱総研DCS