「秋田県」に、企業が集まり続ける理由とは何か 知事と企業トップが「選ばれる魅力」を語る
再生可能エネルギーで国内有数の供給量を誇る秋田県の優位性
気候変動問題への対応として、カーボンニュートラルが世界的潮流になる中、わが国でも2050年までの脱炭素社会の実現を目指して、再生可能エネルギーの導入などの取り組みが加速している。そのような中、企業が熱視線を注ぐのが国内有数の再エネ供給地である秋田県だ。
秋田県知事の佐竹敬久(さたけ・のりひさ)氏は「秋田県は豊かな水や地熱資源に加え、風力発電に適した地理的優位性などを生かして再エネの導入拡大に継続的に取り組んできました」と話す。
同県の企業誘致件数は23年度に24件と、平成30年以降で最多を記録。近年は県外企業の移転や工場の新設・増設が活発だ。
佐竹氏は要因の一つに「再エネの導入活用への期待」を挙げる。その期待に応えるべく、再エネによる電力供給を行う「再エネ工業団地」の造成計画も進行している。
「秋田県沖では洋上風力発電の導入も進んでおり、現在の促進区域への導入が完了すれば、約200万キロワットの発電規模となります。さらに、秋田県南部沖が国の浮体式洋上風力発電の実証事業海域に選ばれる※1など、全国に先駆けた取り組みが進められています」(佐竹氏)
また、地震や大雨など自然災害の激甚化を受けて、BCP(事業継続計画)の一環で同県を選ぶ企業も少なくないという。
「コロナ禍以降、製造拠点の国内回帰の機運が高まりました。秋田県は防災安全スコア※2で全国1位の評価を得ており、災害に強い地域です。高速道路が整備されており、冬期も除雪を徹底しているため、雪が降ったとしても輸送に大きな支障はほとんどありません。近年は高速道路の延伸によるアクセス性の向上に伴い、県内では自動車産業を中心とした産業の集積が進んでいます」(佐竹氏)
東海理化
「災害に強い」秋田で、24年秋より新工場が操業
1948年に創業し、愛知県に本社を置く東海理化は、自動車部品を中心に開発、設計、製造を行う企業だ。
近年は、保有技術の他分野応用にも積極的で、自動車部品に用いられる磁気センサーを使ったゲーミングキーボードや、竹繊維を使った複合樹脂を開発するなど、新領域に果敢に取り組んでいる。
22年11月には、秋田県横手市に子会社の東海理化トウホクを設立。新工場を同市に建設し、24年秋に生産開始予定だ。
代表取締役社長の二之夕裕美(にのゆ・ひろよし)氏は、秋田に製造拠点を設けた理由について、次のように説明する。
「当社は愛知を中心に製造拠点を置いており、これまでは宮城や岩手にあるトヨタ自動車東日本に、愛知や岐阜から部品を輸送していました。BCPの観点から東北地方への進出を検討する中、さまざまな環境が整い、かつ『災害に強い』この地を安心できる場所として、秋田県での工場設立を決断しました」
カーボンフリーの実現を目指す東海理化にとって、同県で風力発電、太陽光発電、地熱発電などさまざまな再生可能エネルギーを利用した電力を利用できる点は、環境負荷を低減しつつ事業を継続する基盤を整えるうえで、重要な要素だったという。
「当社は工場でCO2排出削減に努めており、可能な限り再生可能エネルギーに切り替えています。秋田県は風力や地熱もあり、再エネ電力100%で工場を稼働できることは大きなメリットです。日本の製造業のうち、CO2排出削減に積極的なところはまだまだ多くはないと思います。しかし、CO2排出削減の流れは今後さらに勢いを増すでしょう。時代に取り残されないためにも、電力の調達元を再生可能エネルギーに切り替えるなど、抜本的な構造を変える必要があると考えています」(二之夕氏)
イリソ電子工業
売り上げ拡大を目指し、国内回帰の地に秋田を選択
コネクタの設計、製造、販売を手がける大手メーカーのイリソ電子工業も、本社を構えるのは神奈川県横浜市だ。25年春には秋田県横手市で、コネクタの製造工場の操業開始を控えている。代表取締役社長の鈴木仁(すずき・ひとし)氏は、秋田進出の狙いを次のように説明する。
「当社は、中長期ビジョンとして売り上げ1000億円を掲げていますが、現有の5工場のみでは生産能力の不足が予想されます。そのため、新たな生産工場を建設するに当たり、米中貿易摩擦や新型コロナウイルスによる流通の崩壊などを踏まえ、海外ではなく国内の工場建設を決定しました。その中でも自然災害が少ない県を探した結果、秋田県での工場建設が最適だという結論に至りました」
以前は、円高に強い会社を目指して海外生産比率を上げ、製品の約80%以上を海外で生産していた同社。しかし、コロナ禍で物流が遮断され、材料が海外から届かない、製品が出荷できないなどの問題が頻発。さらに、ベトナム工場、上海工場が約1カ月間閉鎖し、顧客の生産ラインが停止する危機にも直面した。これらのリスクを踏まえ、同社はBCPを考慮し、日本国内での安定供給が不可欠であると判断したという。
「秋田に新たな工場を設立することで規模の拡大を図り、秋田、ベトナム、中国の3拠点で同じ製品を生産できる体制を整えられます。これにより、BCPを確実なものとし、顧客に安心な供給体制を提供できると考えています」(鈴木氏)
また、再エネに関しても、秋田のポテンシャルを高く評価しており、工場建設の決め手の一つになったと明かす。
「再生可能エネルギーの利用は、今や企業経営の中心課題となっています。今後も日本企業が競争力を維持するためには、カーボンニュートラルの実現に向けて積極的に取り組む姿勢が必要です。この観点からも、秋田県の再エネ拡大の取り組みは、企業活動の大きな後押しになっています」(鈴木氏)
勤勉で仕事熱心な県民性が製造業でも不可欠に
再エネやBCPのほかにも、両氏が口をそろえて評価するのは、同県の人材の質の高さだ。
「秋田県人は、まじめで堅実、仕事熱心な県民性があると聞いていましたが、実際に一緒に働いてみるとそのとおりだと感じています。まさに製造業で求める人材の宝庫で、物事に粘り強く取り組む姿勢には、目を見張るものがあります。最近、愛知の工場で実施した1カ月研修では、秋田県出身の内定者が35名参加しました。全員が期待を超える成長を遂げており、今後が楽しみです」(二之夕氏)
「秋田工場は、コネクタ組み立て一貫生産工場として、プレス、メッキ、成形、組み立てにおける技術者とオペレーターを募集しています。スマートファクトリー化を推進するには、単なる作業を行うだけではなく、多能工として働いてもらう必要があります。そういった意味でも、秋田の方々の勤勉かつ粘り強い姿勢に期待しています」(鈴木氏)
両氏の評価に対して、佐竹氏は次のように話す。
「秋田は全国に先駆けて少人数学級を導入し、手厚い公教育を実施しています。子育て支援にも注力しており、保育料等の助成(すこやか子育て支援事業)も充実しています。このような教育環境は子育て世代から高く評価され、良質な教育環境を求めて秋田に移住するケースも少なくありません。充実した教育を受けた秋田県民は、企業の方々からも評価していただいています」(佐竹氏)
経営トップ2人が語る秋田県人の「熱意と情熱」
同県では企業のニーズに応えるべく「大規模設備投資向け」「事業集約向け」「情報関連産業向け」「中小企業の設備投資向け」「本社機能等移転向け」と、企業優遇制度をきめ細かに用意。ほかにも、県と市町村が連携した支援策も充実している。
これらの補助制度に加えて、企業誘致にかける各自治体の担当者の情熱も、 両氏の心に強く響いたという。
「秋田県と横手市の職員の熱意と支援が、秋田県進出の決断に大きく影響しました。工場建設において、地域社会からの認知と受け入れが重要です。当初は不安がありましたが、担当者の熱意ある対応により地域に溶け込み、信頼関係を築くことができました。とくに印象的だったのは、地域行事『横手の雪まつり』でのかまくら作りへの参加です。地元に寄り添うことで、地元の皆様と一気に親しくなれたと思います。今年6月に工場が無事に竣工式を迎えたときは『秋田に来てよかった』という思いを実感しました。秋田県には感謝しかありません」(二之夕氏)
「人材確保に関して、会社の知名度の向上が必要不可欠ですが、担当者の皆さんが地域メディアに企業の情報を掲載してくれたり、企業誘致後も高校や大学へのPR活動や、企業見学会を提案してくれたりと、熱心にサポートしてくれています。充実した補助金制度や土地価格の低さなどは重要な要素ですが、自治体の皆さんの情熱こそ、決め手になるものだと考えています」(鈴木氏)
人材、再エネ、防災の三拍子がそろう秋田県は、企業の成長と持続可能な経営を実現できる場所だろう。
同県は今後も、新たな拠点や製造拠点の分散化を検討している企業にとって、より魅力的な場所として機能していくのではないだろうか。
※2 出典:サステナブル・ラボ「都道府県『防災安全スコア』上位10県を発表(2021年3月11日)」/「防災安全スコア」は、各都道府県の災害復旧費割合や防災会議の設置有無など、計21指標をAIによって複合的に解析したもの。防災安全に関する対策・対応をしっかり行っている都道府県ほど、スコアが高くなるように設計されている