多様なアイデアで挑む「渋谷の街をどう冷やす?」 「世界最前線の実験都市」と空調メーカーの挑戦
独自のカルチャーと発信力で渋谷発のアイデアをカタチに
ニューヨーク、パリ、ロンドンと肩を並べる魅力的な都市を目指す渋谷区は、渋谷に集う一人ひとりの個性や価値観を原動力に、「世界最前線の社会実験」を掲げ、先鋭的な取り組みを行っていることで話題を呼んでいる。さまざまな人や組織のアイデアを集めながらイノベーションを推進しており、その中心にいるのが、産官学民連携のプラットフォーム・渋谷未来デザイン(以下、FDS)だ。
街づくり、環境、防災、スポーツ、教育など幅広い領域の課題解決を目指し、「社会実験」を通してさまざまなアイデアを試行する組織として2018年に設立。「多様な組織や人材が連携することで、新たなイノベーションが生まれる」という理念の下、産官学民によるオープンイノベーションを進めている。その名のとおり、渋谷という都市の可能性をデザインし、未来を広げる役割を担っているのだ。
「渋谷区には多様な価値観、バックグラウンドを持つ人々が集まっており、新たなカルチャーが生まれやすい環境があります。私はこの街で仕事をし、生活をする中で、さまざまな街づくりの議論の場や、スタートアップ、クリエーターたちの活発なコミュニティーが存在していることを日々実感しています。
こうした人々と企業、行政、大学などが一体となって新たな試みに挑戦できる土壌や、ここで生まれた取り組みを世の中に伝える発信力を渋谷のアドバンテージだと捉えています。渋谷ならではの風土や文化を生かしながら、世界に先駆けた実験的な取り組みをプロデュースするべく誕生したのがFDSです」と語るのは事務局長の長田新子氏だ。
FDSは、多様な人々のアイデアから生まれたイノベーションで社会課題の解決を目指すとともに、それをほかの都市でも活用できるようなモデルとして構築することをビジョンとして掲げている。「渋谷区が直面している課題は、世界中の多くの都市にも共通している」と長田氏は続ける。
「都市部ならではの環境、防災、治安問題などはグローバルな都市が共通して取り組むべき課題であり、渋谷発の解決策を通じて、世界中の都市に向けて新たな指針を提供したいと考えています」
空調機器の販促から、社会課題解決へマインドシフト
今年7年目を迎えるFDSでは、多数の産官学民共創プロジェクトが生まれ、そこには分野の異なる大小さまざまな企業が参画。長田氏は、組織の枠を超えたコラボレーションの重要性を強調する。
「現代社会の課題は、誰か1人、1社だけの判断で解決できるものではありません。成長を目指すのであれば、自治体単独ではなく、企業との共創は重要です。例えば宮下公園をリニューアルした『MIYASHITA PARK』は行政と企業の連携によって進められ、建物の屋上に公園を造るという斬新なアイデアが実現しました。社会全体をよりよくするためには、多くの組織が手を取り合い、協働して答えを見つけていく必要があります。渋谷未来デザインは、まさにそのためのプラットフォームです」
FDSにパートナーとして参画している企業の1つが空調専業メーカーのダイキンだ。渋谷の街を冷やし、同時に脱炭素アクションを進める「SHIBUYA GREEN SHIFT PROJECT」(シブヤグリーンシフトプロジェクト)を発案。ダイキンの空調技術や街中で動いている空調機器から得られる運転データを活用した社会実験を推進しようとしている。
このプロジェクトを主導するダイキンの松本賢治氏は、「FDSとの共創を通じて、空気と環境の社会課題解決につながる新たなソリューションを構築するとともに、人々の行動変容を促したい」と語る。
「最初は空調機器の販売促進の一環になればとの思いで参画していました。しかし、FDSの活動で、Z世代などソーシャルイノベーションを目指す熱量の高い人々と関わるうちに、ダイキンもより広い視点で社会課題の解決に貢献しなければならないと考えるようになりました。単なる空調機器の販売ではなく、周りのパートナーとともに共創を進め、社会課題の解決に貢献するダイキンならではのソリューションを渋谷の街に実装していくことが必要だと。社内外の人を巻き込み試行錯誤するなかで、プロジェクトの基になるアイデアが生まれました」(松本氏)
「SHIBUYA GREEN SHIFT PROJECT」はまず、渋谷区の暑さを可視化し、ビルの省エネ化を啓発する「街全体の省エネ推進」、次に屋外空調を活用したクールスポットを設置する「街全体のクールダウン」を目指す。
松本氏とともにプロジェクトを担当するダイキンの松澤理紗子氏は、それぞれの目的について次のように話す。
「『街全体の省エネ推進』では、ダイキンの業務用空調向け遠隔監視サービスから取得できるエアコンの運転状況や外気温等のデータを活用してより効率のよい運転方法を提案。真夏の暑い時間帯の電力消費に占めるエアコンの割合は、オフィスビルでは約5割を占めています。だからこそ、ムダを省いて効率よくエアコンを運転することが、脱炭素のカギになるのです。渋谷区内に多数設置されたエアコンのデータを使い、快適に過ごしながら脱炭素につながる空調ソリューションを渋谷の街に広めていきたいと考えています。
『街全体のクールダウン』は、当社の屋外用エアコン『アウタータワー』を学校やイベント会場など人々が集まる場所に設置し、猛暑だから室内にいるのではなく、暑い夏でも外での活動や交流がしやすい環境の創出を目指しています。学校等で、現場の外気温や湿度のデータを基に熱中症の危険度の見える化も進めています。
また、『生物多様性保全の加速』を目指し、ダイキンの農業向けエアコンを活用した街の中での野菜づくりや、室外機の設置してあるビル屋上の緑化などの検討も進んでいます」
メーカーの枠を超え、デジタル技術を駆使したサービス企業に
「SHIBUYA GREEN SHIFT PROJECT」を推進するパートナーの1人が、ダイキンと研究開発において包括提携する大阪大学の栄藤稔(えとうみのる)教授だ。
「デジタル技術は今や、単独の技術ではなく、さまざまな産業をつなぐ『接着剤』です。大阪大学とダイキンの連携によって、空調技術にデジタルを組み合わせた新しいソリューションの創出を目指しています。都市の課題を解決するためには、企業と学術機関が協力し合い、データに基づいた実証を行うことが重要です。FDS、ダイキンとの連携は、そのよい例です」(栄藤氏)
「渋谷で人が多く集まる時間帯やエリアを特定し、その場所でのエアコンの使用を最適化することで、エネルギー消費を抑えつつ快適な環境を提供することができます。また、エアコンの設定温度や運転時間を変更すると人々の行動がどのように変わるのかといった研究も進めています。ほかにも、『皆がアロハシャツを着たら』『街中にもっと日陰があったら』といった仮定の下、どういった行動変容が起こるのかシミュレーションしています。これらの実証は、都市の環境政策やエネルギー戦略の策定にも大いに役立つでしょう。
ダイキンは、空気に関するエキスパートであるとともに、空調機器から得られる多種多様なデータを保有しています。大阪大学が参画し、ダイキン自身も気づいていなかった方法でデータを活用することで、空調メーカーの枠を超えて、省エネで快適な空間を提供するサービス企業になることも可能です。今や空調は水や電気と同じような社会インフラです。ダイキンは未来の都市生活をより快適で環境にやさしいものに変えていけるポテンシャルを秘めていると思います」(栄藤氏)
FDSの長田氏も、ダイキンに期待を寄せている。
「渋谷の街も、夏はとにかく暑いです。快適な街づくりや都市の環境問題に関する持続可能な解決策を模索する中で、『SHIBUYA GREEN SHIFT PROJECT』は、インパクトのある取り組みです。グローバルシティーである渋谷と、グローバル企業であるダイキンがより強力なタッグを組んで、『空気で答えを出す』という新しい価値を世界に向けて発信していきたいと願っています」
渋谷区という「実験都市」で進めるダイキンの挑戦。空調機器メーカーの枠を超えた協業から、どのような成果が生まれてくるのだろうか。「SHIBUYA GREEN SHIFT PROJECT」は、渋谷区の未来だけではなく、ダイキンの未来をも変えていくチカラを秘めている。