生成AIで挑む、50代ベテラン社員の越境学習 豊富な経験×生成AIで組織を革新した成功例
生成AIのリスキリングを決意した理由
ーーまず、今回リスキリングを実践された甲谷さんに伺います。リスキリングに挑戦した理由をお聞かせください。
甲谷 もともと業務の自動化に興味があり、テクノロジーを学ぶことで業務効率化に貢献したいと思ったからです。そして、年齢的なこともあってか、自分だけの成果を追うよりも、「誰かの役に立ちたい」という意識が強くなってきていて、新しい挑戦に対して抵抗はありませんでした。むしろ、「新しいことを学べる」という期待感のほうが大きかったです。
具体的には、社内システムの最適化や業務プロセスの効率化に向けて、生成AIの技術を学ぶことになり、まるで社内転職のようだなと感じました。
学習におけるプラットフォームは、グループ会社キラメックスの「テックアカデミー」を利用し、「Pythonコース」など3つのコースを受講しました。Pythonは、生成AIを構築するプログラミング言語です。
合計8カ月のリスキリング期間中は通常の業務は行わず、最初の5カ月はオンラインでの自己学習に専念。残りの3カ月は現役エンジニアであるキラメックスのメンターに伴走してもらいつつ、実際の社内業務課題を効率化して改善するための開発実装に取り組み、習熟度の検証を行いました。
ーー学習を進める中で、どのような壁に直面しましたか。
甲谷 プログラミング学習では、とくにバグ修正に苦労しました。コードを書けば必ずと言っていいほどバグが発生し、その原因究明や解決には多くの時間と労力を費やしました。1人ですべてを解決するのは難しかったため、現役エンジニアのメンターに相談しながら、自ら調査し、解決策を見つけることを繰り返しました。
ーーキラメックスの中桐さんに伺います。テックアカデミーの特徴はどんなところですか。
中桐 テックアカデミーは、現役エンジニアであるメンターのサポートを受けながらデジタルスキルが習得できるオンライン教育サービスです。2012年の開校以来、延べ3万名以上の個人受講、900社以上の法人導入実績があります。挫折しないための手厚いサポート、伴走型の学習支援を強みにしています。
甲谷さんの学習期間中は現役エンジニアであるメンターが学習をサポートし、学習後には私が実務面でのメンターとして伴走しました。学習期間中から学習後の実務活用まで、甲谷さん自身の学びを最大化するために、講師が答えを教えるのではなく、甲谷さんが自ら考えて行動し、学びを深められるようサポートしました。
また実務で生かすシーンを想定して、技術論だけでなく、ビジネスやマネジメントの観点から学びを得てもらうことを意識しました。
学びを終え、社内での役割が変わるのを実感
ーーリスキリングを終えて、手応えはありましたか。
甲谷 自分の業務の進め方にも、チームの協力の仕方にも大きな変化がありました。これまで、まさか自分がプログラミングのスキルを持ったり、ほかの部署から業務改善の依頼を矢継ぎ早に受ける立場になったりするなんて、まったく思っていませんでした。
社内での役割が変わりつつあるのを感じ、50代でも新しいスキルを学べば価値を高められるのだと実感しました。まったくの未経験でも無理なく学べるので、同年代やミドル層の方も「今さら自分は……」などと思わず、ぜひチャレンジしていただきたいです。
ーーリスキリングをしたことで、どんな成果が得られましたか。
甲谷 例えば、直近ではコア事業である人材マッチング事業からの依頼も増えてきています。フリーランスや副業・転職人材のマッチングサービスを運営するに当たり、事業の要となるのは求人情報と求職者情報の突合です。
ここで双方に適切な提案ができるよう、独自のロジックで情報を整理するシステム構築を行いました。そしてそのシステムが活用できるよう現場への伴走も行っています。
結果、この新システムにより、月34時間の作業時間削減を実現し業務効率が向上しました。今後はよりいっそう深く企業や求職者への手厚いフォローに注力できるようになります。
また、会議室の利用率を自動的に可視化するシステムを実装しました。ユナイテッドのオフィスではグループ会社含め複数企業が予約して使用するため、会議室の利用率の集計・分析に一定の時間を要するといった課題がありました。
そこで、会議室の利用者や使い方をデータに取り、そのログを分析して問題点を抽出しようと考えました。その結果を基に解決方法を模索し、予約状況をリアルタイムで把握できるシステムを構築しました。工程をほぼ自動化できた結果、毎月の作業時間が87%削減できました。
中桐 現場に入り込んでリサーチを行い、そこから得た情報を基にテクノロジーを使って具体的な提案をしていく。これは、本業のITエンジニアに近い動きだと思います。
印象的だったのは、甲谷さんが学習を進める中で「わからないことがあると生成AIに質問するようになった」という行動変容が見られたことです。これは、学習前後でアクションがポジティブに変化することを目指す、テックアカデミーの理念に合致したものです。
生成AIのリスキリングに「50代ベテラン社員」を選んだ訳
ーーユナイテッド役員の山下さんに伺います。経営者として、人材育成の方針をどのように考えていますか。
山下 ユナイテッドは、コア事業として投資事業、教育事業、人材マッチング事業を運営している企業です。当社のパーパス「意志の力を最大化し、社会の善進を加速する。」にあるとおり、社員の意志の力を最大化するため、定期的に社員自らが意志表示を行う機会を設け、その意志を尊重したキャリア・チャレンジ機会を提供することで成長を促すことを基本的な人材育成方針としています。
ーーベテランであり、エンジニア経験のない甲谷さんをリスキリングの対象にしたのはなぜでしょうか。
山下 今回の取り組みの前提として、「社員に生成AIを積極的に業務に活用してもらうこと」を目的として組成した専門組織「生成AIイノベーションユニット」の存在があります。そこでの活動を通じて、全社員が生成AIを業務に積極的に活用するためには、単に生成AIツールを使えるだけではなく、それにより実際の業務上の課題を解決へ導くことに特化した人材を育成したいと考えました。
甲谷は、当社グループで22年間にわたって経験を積んでおり、それにより豊富な知識とプロフェッショナリズムを持ち合わせる人材です。営業やマーケティング、事業開発など幅広いビジネスに関わってきた経験の深さから、最適だと判断しました。
「生成AIを活用して業務に生かす」。この目標を実現するにはエンジニア経験よりも、むしろ彼のように現場の最前線で多くのプロジェクトを経験し、当社グループ内の業務内容を広く深く理解していることのほうが重要です。
そして、この取り組みがうまくいけば、今後も同様の人材を生み出す育成モデルにできるだろうという狙いもありました。
今回の取り組みを通じて感じたこととして、日本の数多くの企業には甲谷と同じように1つの会社で長く活躍し、多様な経験を持つベテラン社員が多く存在します。
こうした人材が生成AIなどの最先端のスキルを身に付けて新たな価値を発揮し、企業の生産性向上に大きく貢献することは、労働人口の減少を踏まえた今後の日本経済において非常に重要であると考えました。
「越境学習」の成功事例をつくることができた
ーー今回、甲谷さんが学習をやり遂げられたのはなぜだと考えていますか。
甲谷 日常業務を離れて学習に集中するなど、プレッシャーはありましたが、全力で取り組める環境を用意してもらったこともあり、言い訳せずに努力できたと思います。
それから、わからないことがあったときに、すぐにメンターに質問できる環境は本当にありがたかったですね。もし1人で学んでいたら、途中で挫折していたかもしれません。
何より、新しい挑戦によって得られる達成感や満足感はひとしおです。部署やグループ会社をまたいで「こんなこともできないか?」と相談を受けることも多々あり、充実感につながっています。こうした手応えの積み重ねが、毎日の仕事の楽しさになっています。
山下 甲谷の事例は、担当業務の範囲から飛び出た学びであること、社外の方と関わり合いながら学びを深めたことから、「越境学習」の成功例と言えると思います。
甲谷はこれまでさまざまな職種を経験してきましたが、あくまで彼が持っている能力に基づいた範囲内での挑戦でした。しかし、今回のリスキリングは「飛び地」と言えるようなまったく新しい分野での挑戦です。本人の中で、抜本的なマインドの変化が起きたと思います。
越境学習は、個人だけでなく組織にも大きな価値をもたらします。甲谷の成功はほかの社員にも刺激を与え、「自分も生成AIを学びたい、活用したい」という意欲を引き出しました。
実際、複数の社員から、生成AIを用いて実現したい内容が彼に寄せられています。社員が自分の業務範囲を超えて何かを学ぶことで、組織の柔軟性や創造性、積極性などに前向きな変化が生まれるのだとわかりました。
一般的に年齢に従って成長の幅は少しずつ狭くなっていきます。だからこそ、会社側が十分なサポートを行う前提で、思い切って社員をまったく違う環境に飛び込ませてみることは、改めて重要であると感じました。
今回の取り組みは、甲谷個人だけでなく、組織全体に大きな可能性を示してくれました。今後もこうした「飛び地」に挑戦する社員を増やし、当社全体の成長、企業価値向上につなげていきたいです。