再エネ利用拡大で高まる「蓄電池」への注目度 収益モデル確立のカギは市場を予測する方程式

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再生可能エネルギー電源の普及を図る際に、電力システムを安定的に運用するために「蓄電池」の活用が欠かせない。動き出した「国内蓄電池ビジネス」の最前線の動向とは(画像はあくまでイメージ。Getty Images)
国内の「蓄電池ビジネス」が大きく動き出している。カーボンニュートラル社会の実現を目指して再生可能エネルギーを最大限に活用するためには、需給調整の役割を担う蓄電池が不可欠だからだ。三菱総合研究所(MRI)グループの研究員に、蓄電池ビジネスの意義や市場動向、そしてMRIが蓄電池ビジネス支援のために提供する2つのソリューション「MPX」と「MERSOL」について話を聞いた。

再エネ普及の最大のカギとなる蓄電池

政府が掲げる「2050年温室効果ガス(GHG)排出実質ゼロ」という目標を達成するためには、太陽光や風力などの再生可能エネルギー(再エネ)を最大限に活用していくことが欠かせません。しかし、これらの再エネは気象条件や時間帯により発電電力量が大きく変動するため、既存の電力システムにそのまま組み込むことは難しいという課題を抱えています。電力の供給量と需要量を精緻に調整してつねに一致させなければ、電気の品質(周波数)が損なわれ、安定供給ができなくなるからです。従来、この調整役を担ってきたのは主に火力発電でしたが、GHG排出実質ゼロを目指すには、この需給調整の機能も脱炭素化していく必要があります。

そこで重要なカギを握るのが「蓄電池」です。太陽光や風力で需要を上回る発電量が得られた場合は蓄電し、必要なときに放電できるように蓄電池を配備・運用できれば、国内全体で電力需給の安定化を図ることができます。しかも現在の蓄電池技術は、単に電力を蓄えるだけでなく、分単位・秒単位での充放電制御が可能であり、電力品質を保つ調整力としても優れています。政府が第6次エネルギー基本計画(2021年度)や脱炭素成長型経済構造移行推進戦略(GX推進戦略、2023年度)などで蓄電池の重要性を明記し、カーボンニュートラル達成に向けてその普及を強く推進しているのもそのためです。

参入が進む3つの定置用蓄電池

「蓄電池」という言葉を聞くと、パソコンやスマートフォンに内蔵された小型充電池や、電気自動車(EV)に用いられる車載電池をイメージする方が多いかもしれません。しかし再エネ普及を支える役割を果たすのは「定置用蓄電池」と呼ばれるものです。

現在、国内で設置されている定置用蓄電池は、「①系統用蓄電池」「②再エネ併設蓄電池」「③需要併設蓄電池」という3つのタイプに整理できます(図1)。それぞれの概要は以下のとおりです。

図1 定置用蓄電池の3類型とその概要

①系統用蓄電池

既存の発電所などと同じように、送配電システム(電力系統)に直接接続して、需給バランスの調整などに貢献する蓄電池設備です。イギリスをはじめ、この分野で先行する欧米諸国では、火力発電所の発電量並みの大規模な系統用蓄電池を有する専門事業者が存在し、他のエネルギー事業者との取引によって収益を得るビジネスがすでに確立しています。

これに比べると、日本の系統用蓄電池の普及はやや出遅れていましたが、国や自治体が補助支援策を強化した結果、近年は民間投資が活発化しています。2024年7月末時点で、国と東京都の大規模な補助金事業において合計56件の事業が採択され、400億円以上の補助金交付が決定されています。事業に参画しているのは、電力会社やガス会社をはじめとするエネルギー事業者のほか、商社、リース会社、外資系ファンドなどさまざまです。

②再エネ併設蓄電池

いわゆるメガソーラーをはじめ、大型の再エネ設備に併設された蓄電池を指します。現在、九州をはじめ複数のエリアでは、再エネの発電量が電力需要を上回る見通しとなった際、需給バランスを調整するための出力抑制が行われています。これでは、せっかく再エネで発電した電力を実質的に廃棄しているようなものです。しかし蓄電池を併設しておけば、余剰電力を無駄にすることなく蓄電して後で使用でき、出力抑制を減らすことが可能になります。

このため最近では、出力抑制対策として蓄電池導入を検討する事業者が増えています。今後は自前の再エネ施設の発電量を調整するだけでなく、電力市場に参加して国内全体の需給調整に貢献していくことが期待されています。

大型の再エネ設備に蓄電池を併設しておけば、余剰電力を無駄にすることなく蓄電して後で使用でき、出力抑制を減らすことが可能になる(画像はあくまでイメージ。Getty Images)

③需要併設蓄電池

工場や住宅など電力の利用者(需要家)の施設に設置された蓄電池を指します。これまでは、夜間などの安価な電力や太陽光発電の余剰電力を充電しておき、必要なときに放電することで電気料金の削減を図ったり、災害時の緊急電源として活用したりするケースが大半でした。しかし今後、こうした蓄電池を持つ需要家が電力市場での取引に参加するようになれば、電力の需給バランス調整に貢献し、電力供給の効率化につながると期待できます。

ただし先ほど話したように、電力品質を保つために充放電をきめ細かく制御する技術などが求められるため、市場取引に参加するには一定のハードルがあります。そこで、実際に需要併設蓄電池がこの役割を果たせるのか、収益ビジネスとして成り立つのかを検証するため、資源エネルギー庁の主導により2016年度からスタートしたのが「バーチャルパワープラント構築実証事業(VPP実証事業)」でした。2021年度からはその後継として「分散型エネルギーリソースの更なる活用に向けた実証事業(DER活用実証事業)」が実施されました。これらの実証では計8年間にわたって毎年数十億円の補助金が投入され、ピーク時は100社前後の事業者が参画しました。その結果、制御精度のさらなる向上など課題はいくつかあるものの、需要併設蓄電池で需給調整のニーズに十分対応しうることが明らかになったのです。

蓄電池普及に向けて次々と立ち上がる電力市場

現在、蓄電池事業者が参加して収益獲得を期待できる市場は、主に3つあります。

第1は「卸電力市場」です。発電事業者と小売電気事業者が電力量を売買する市場であり、1990年代以降の電力自由化の流れを受けて2005年に開設されたものです。蓄電池事業者はこの市場に参加し、電力の市場価格が安い時に買って充電しておき、高い時に放電して売却すれば、値差による収益を得ることが可能となります。

第2は「需給調整市場」です。これはごく短時間に電力需給のバランスを取る能力である「調整力」を取引する専門市場です。電力の品質を保つためには分単位や秒単位の需給のアンバランスに対応する必要がありますが、現在の蓄電池技術では精密な周波数制御が可能なものも登場しています。蓄電池事業者は送配電事業者の要請に応じて電力制御に貢献することで、対価を得ることが可能となります。制御の応答速度などに応じて複数の取引メニューがあり、2021年度以降、段階的に取引が開始されてきました。2024年4月には秒単位などの制御が求められる商品の取引がスタートしてすべてのメニューが出そろい、今後は応答速度の速い蓄電池を持つ事業者の参入が期待されています。

第3は「容量市場」です。需給調整市場はごく短期間の需給調整のための市場ですが、容量市場は国全体で中長期的な電力の供給力不足が発生するのを防ぐために、将来の供給力を取引する市場です。事業者はオークションに応札し、落札した場合は供給力を提供することで対価を得られます。2024年4月に容量市場の実運用が開始されました。

蓄電池ビジネスの支援ソリューション

蓄電池ビジネスへの参入を促すため、政府は補助金投入だけでなく、参入規制を緩和するなど、3つの市場の環境整備を進めてきました。しかしここまで話してきたように、蓄電池ビジネスの収益モデルは「設備さえあれば長期的な収益が見込める」というような単純なものではありません。蓄電池ビジネスで成果を上げていくには、制度や市場への深い理解はもちろん、金融市場におけるデリバティブ取引のように、電力需給や市場動向の高度な分析、迅速な売買判断、緻密なリスクマネジメントなどが求められます。しかし蓄電池事業者がこれらすべてに自力で対応するのは容易ではありません。

そこでMRIグループは、日本における蓄電池ビジネスの健全な発展と蓄電池事業者の収益最大化を支援する、2つのソリューションを提供しています。

1つは、日本国内の電力取引向けのデータプラットフォームである「MPX(MRI Power Price Index)」サービスです。MPXでは、気象や発電所に関する情報などをはじめ、卸電力市場に影響を及ぼすあらゆるデータを統合し、分析しています。その中で電力取引の価格指標となる「電力フォワードカーブ」(図2)をはじめ、取引判断に有用な情報を専用ウェブサイト上で提供しています。電力小売りが全面自由化された2016年にサービスを開始し、2022年10月には事業承継会社である株式会社MPXに業務を移管しました。

図2 電力フォワードカーブ

卸電力市場がスタートした当初は、既存の事業者と新規参入者には情報の非対称性があり、市場の透明性が不足していました。MPXのサービスは、電力取引に関わるさまざまな情報をリアルタイムで配信することを通して、卸電力取引の活性化と健全な競争を後押ししています。透明で流動性の高い電力市場環境を整えることこそが、市場参加者たちの競争と創意工夫、淘汰を促し、産業の持続的な成長を導きます。MPXを利用する事業者数はすでに約80社に上り、日本の卸電力取引に欠かせない情報インフラになりつつあります。

MPXによって電力市場に対する理解を深めることができれば、蓄電池の収益の源泉となる値差収益がどのような状況で発生するのかを構造的に把握することができます。短期的な価格予測のみならず、一定の前提に基づいた長期的な価格見通しも配信し、蓄電池の設備投資判断へ貢献することも期待しています。これらを通して、将来の蓄電池の市場参入の活性化と脱炭素社会の実現に関与できると考えています。

もう1つMRIグループが提供しているのが、蓄電池ビジネスの収益の最大化を支援するサービスである「MERSOL(マーソル:MRI Energy Resource Solution)」です。

蓄電池の最適な運用を図るためには、時々刻々と変化する卸電力市場や需給調整市場の動向を確認するとともに、蓄電池の残量や技術的制約などもすべて考慮する必要があります。そこで独自のアルゴリズムを用い、最適な充放電計画や運用計画を顧客である蓄電池事業者に提供し、事業計画の立案や実際の蓄電池運用に役立てていただくのがMERSOLのサービスです。

これまでMRIはシンクタンクとして、長年にわたって電力・エネルギー分野の研究を続けてきました。とくに近年では、太陽光発電や蓄電池など「分散型エネルギーリソース」と呼ばれる新しいタイプの電力設備の活用に向けて、政府の政策立案支援や民間企業へのビジネスコンサルティングを手がけていて、この分野で豊富な知見と実績を有しています。

蓄電池ビジネスの最適運用パターンを導くアルゴリズムを作成するには、「分散型エネルギーに関する市場や制度、ビジネスへの深い理解」と、「AIを用いた数理的解析技術の知見」が求められます。電力市場に強みを持つエネルギー企業や、数理的解析に強いAIベンチャーは数多く存在しますが、MRIのようにこの双方の知見を兼ね備える企業は決して多くありません。この2つの知見を掛け合わせ、新たな価値創造につなげていることが、MRIの大きな特徴であり強みであると自負しています。

図3 MERSOLのコンセプト

「社会実装」を重視するMRIは、従来型のシンクタンク事業にとどまらず、社会課題解決につながる事業の創出・運営に自ら果敢に取り組んできました。蓄電池ビジネスにおける2つのソリューションは、その象徴ともいえるものです。今後もこれらのサービスの改良を継続的に重ね、日本の蓄電池市場の活性化を促し、ひいては脱炭素社会の実現に貢献していきたいと考えています。

湯浅 友幸(ゆあさ・ともゆき) エネルギー・サステナビリティ事業本部
湯浅 友幸(ゆあさ・ともゆき)
三菱総合研究所 エネルギー・サステナビリティ事業本部
2012年に東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻修了後、三菱総合研究所入社。分散型エネルギー関連の調査研究・実証支援業務や、電力会社出向を経て、分散型エネルギーリソースに係る事業戦略コンサルティング、自社事業「MERSOL」の開発・展開を主導。
冨士田 崚(ふじた・りょう) MPXアソシエイト・マネージャー
冨士田 崚(ふじた・りょう)
MPX アソシエイト・マネージャー
2018年三菱総合研究所に研究員として入社し、電力市場や分散型電源に関わる電力制度調査や、分散型電源などの事業性評価業務に従事。2022年5月からMPXへ参画し、再生可能エネルギー取引向けの情報サービスの新事業開発や、市場分析などを通して各種サービスの顧客支援を行う。

●関連ページ

動き出した国内蓄電池ビジネス 第1回:系統用蓄電池ビジネスの展望

動き出した国内蓄電池ビジネス 第2回:需要併設蓄電池ビジネスの展望

分散型エネルギーリソース運用支援サービス「MERSOL」

卸電力取引の情報サービス「MPX」