持続可能な社会構築のカギ「CN×CE融合」とは エネルギーと資源循環の「政策融合」の必要性
エネルギー政策をめぐる外部環境の3つの変化
現在、日本のエネルギー・資源循環政策は大きな「転換点」にあると考えられます。まずはその状況を整理することから始めたいと思います。
国の中長期的なエネルギー政策の指針「エネルギー基本計画」は、3年に1度の検討が義務づけられています。2024年はこの見直しの年に当たり、現在「第7次エネルギー基本計画」の策定に向けて議論が進んでいます。3年前の第6次計画策定時と異なる外部環境の変化として、以下の3つのポイントが挙げられます。
まずは「国際情勢の変化」です。ウクライナ情勢や中東情勢の緊迫化をはじめ、11月のアメリカ大統領選の影響などを考慮し、より現実に即したエネルギー・経済安全保障の議論が求められています。3年前もエネルギー・経済安全保障の重要性は触れられていましたが、現在ではその深刻度はまったく違うといえます。
次いで「中間目標年の位置づけの変化」です。従来の日本のエネルギー政策では、2050年カーボンニュートラル(CN)実現に向けて、温室効果ガス(GHG)削減目標の中間目標年を2030年、最終目標年を2050年とすることが多かったです。一方、第7次エネルギー基本計画ではパリ協定の規定を受け、新たな削減目標が2035年以降に設定されることになります。従来の中間・最終目標年の間に新たなチェックポイントが設けられるので着実な施策実行が求められ、移行に向けたシナリオをより明確に描く必要があります。
最後は「電力需要見通しの変化」です。日本では、人口減少、省エネの進展、住宅用太陽光発電の普及などに伴い、ここ数年は一般家庭や企業が消費する電力の合計量が減少傾向にありました。しかし2024年1月に電力広域的運営推進機関(OCCTO)が公開した見通しでは、今後10年間は国内データセンターへの海外からの大型投資や半導体工場の新設などにより、電力需要が増加傾向に転じるとされています。脱炭素電源が不足する日本で、この新規需要にどのように対応するかが大きな課題です。
CEへの転換の取り組みも始まる
これらの外部環境の変化に合わせてエネルギー基本計画を検討する際には、気候変動問題以外にも、持続可能性に対する国際社会全体からのさまざまな要請を考慮する必要があります。その一つがサーキュラーエコノミー(CE、循環経済)への転換です。これは現在の経済社会システムを、資源の消費と環境負荷を減らしながら新たな経済価値を生み出すものに作り変えていくことです。
日本ではこれまで、環境政策として3R(リデュース・リユース・リサイクル)を通じた循環型社会の構築が提唱され、一般にも浸透してきています。しかしCEは単なる環境政策ではなく、企業を巻き込んだ経済・産業戦略である点が大きく異なります。
CEを主導する欧州では、関連規制の見直しも進んでいます。例えば2023年7月に発表された廃自動車(ELV)規則案では、新車製造時に使用するプラスチックには25%以上の再生プラスチックを使用義務とすることが定められました。加えて、資本市場からのCE転換要請も高まっています。欧州市場でのCSRD(企業サステナビリティ報告指令)やIFRS(国際会計基準)では対象業界に対して、CE関連情報を含めた非財務情報開示を求めています。
CEに関する国際的なルール形成が進む中、日本でもCEへの転換の取り組みが始まっています。2023年3月には経済産業省が「成長志向型の資源自律経済戦略」を策定、同年12月にはCEに関する産官学のパートナーシップ「サーキュラーパートナーズ(CPs)」が立ち上がりました。さらに2024年8月には「第五次循環型社会形成推進基本計画」が閣議決定されました。官邸では「循環経済に関する関係閣僚会議」を設置し、これを国家戦略とした循環経済に関する施策パッケージを、2024年内をメドに取りまとめる予定です。
政策レベルでの動きも活発化していることから、気候変動への対応と同様、今後は多くの日本企業がCEへの対応を迫られる可能性が高いです。企業がCEに対応することで、長期的には経済的な価値も生まれ、社会全体に利益をもたらすことができます。
CN移行に伴って顕在化する3つの課題
MRIはかねて「カーボンニュートラル資源立国」を掲げ、CNとCEに関する政策融合が、資源に乏しい日本における持続可能社会実現のカギであることを発信してきました。その一環として、エネルギーや循環型社会形成に関する基本計画が検討されるタイミングに合わせ、新たな政策提言レポートを今年6月に公表しました。それが「第7次エネルギー基本計画で求められる『CN×CE』の政策融合」です。
これまで日本では、エネルギー政策は主に資源エネルギー庁が、CEにつながる廃棄物やリサイクル関連の施策は主に環境省が管轄するといったように、別の行政テーマとして扱われてきました。しかしCN実現に向かう中で、今後顕在化するいくつかの課題があり、その解決にはCEを融合させた施策が重要となると私たちは考えています。課題は大きく3つです。①エネルギー・経済安全保障のリスク上昇、②脱炭素化に伴う社会費用増加、③海外への付加価値流出です。そしてこれらを解決するために、CEに期待される役割は大きいです(詳しくは図1を参照)。
年間1兆円の経済効果も――CN×CE融合の相乗効果
CN×CEの融合を進めるうえで、各課題に対する融合の「相乗効果」が具体的・定量的にどれだけあるかを示すことは重要です。MRIの提言の中では、独自開発したエネルギー需給モデル(MRI-TIMES)を用いて、「3つのシナリオ」の基でエネルギー需給像をシミュレーションしました。3つのシナリオとは、「現状維持シナリオ」(積極的な脱炭素化が進まずに成り行きで推移する)、「CNシナリオ」(2050年CN達成を目指して脱炭素関連技術の実用化や低コスト化が進む)、「CN×CE融合シナリオ」(CNシナリオに加えてCE関連施策が追加されることを想定する)です。
CNシナリオとCN×CE融合シナリオとを比較することで、CN×CE融合による相乗効果が見えてきます。その主立ったものこそが、先に述べた「CN移行に伴って顕在化する3つの課題に対する、CEに期待される役割」に相当するものです。以下、それぞれを詳しく見ていきましょう。
①国内資源が活用され、エネルギー・経済安全保障上のリスクが緩和される
例えばシェアリングや2次流通促進によるストック製品の有効活用、廃プラスチックや鉄スクラップなどの産業廃棄物の活用といったCE関連施策により、CNシナリオに比べ化石資源への依存度をさらに減らすことができます。CNシナリオでは59%と見積もられている2050年のエネルギー自給率が、CN×CE融合シナリオでは64%まで向上することが示されています。
また、電気自動車の電池に使われるリチウムなどの重要金属資源についても、リサイクルや需要削減により確保が容易になり、中長期的には資源自給率を高めることにつながります。
②限界削減費用を低減できる
限界削減費用とは、GHGを追加的に1トン削減するのに必要な費用のことです。CNシナリオでは、GHGの排出削減目標が高くなるほど高コストな対策技術が必要になり、この費用が増加します。とくに産業や航空など脱炭素化が困難な分野では、大気中からCO2を直接分離・回収する技術(DAC)を導入する必要があるとされ、限界削減費用は大きく増加します。
しかしCE施策を導入すれば、この限界削減費用を抑えることができます。例えば素材生産量や廃棄物焼却量の削減などのCE施策はGHG削減の費用対効果が高いので、高コストなDACへの依存度を減らせるのです。
③海外へ流出していた富が国内に還流する
日本は多くの資源や燃料を海外から輸入して、鉄鋼やプラスチックなどの素材製品を生産していますが、こういった製品をリサイクルすれば資源や燃料の輸入を減らすことができ、国内のリサイクル関連産業に富(付加価値)が還流します。
鉄鋼、プラスチック、繊維、セメント製品のリサイクルがそれぞれ図2の規模で進展し、製品の生産に投入する資源・燃料等の輸入がその分不要となった場合、その輸入額は年間で約1兆円減少するという試算結果を得ました。これにより日本の貿易収支の改善に寄与することが期待できます。
CN×CE融合の課題と移行に向けた方策
このようにメリットが大きいCNとCEの融合ですが、現状では両者の融合は緒に就いたばかりであり、十分に進んでいません。MRIが企業に対して実施したヒアリングとアンケート結果からは「CN・CEのトレードオフ」(リサイクル技術が未熟であるため、リサイクルシステムを導入してもかえって増エネになってCNと両立できないなど)、「CEに係る情報・連携不足」(CEに貢献できる製品の将来需要が不透明なために設備投資に踏み切れないなど)、「リサイクルコストに対する意識のギャップ」(汎用品・普及商品での「再生材利用によるコスト増」は社内的に許容されないなど)といった問題点が挙げられました。
これらを解決する方策として、①CNと整合した政府CE目標の設定、②情報流通プラットフォームを活用した業界横断連携、③CN・CE価値に対するコンセンサス醸成の3点をMRIは提言しています(図3)。
それぞれの方策を詳しく見ていきましょう。①については、エネルギー・資源循環関連計画のうち、循環型社会形成推進基本計画(第五次)では、CEへの移行に関連するGHG排出量が目標値に加えられています。しかし地球温暖化対策計画やエネルギー基本計画では、個別の産業や品目でのGHG排出量は示されているものの、CEへの移行の全体的な効果を評価するまでには至っていません。これらについては次期基本計画の見直しがこれから本格化するので、そこでCEへの移行が重要であることを示していくことが必要です。CNとCEを同時に実現するためのコアとなる指標を設定し、目標を具体化することも求められます。また、現状ではCNに逆行しますが、技術進歩やスケールアップによってCNにも貢献できるCEの取り組み(例:プラスチックのケミカルリサイクル)などの場合は、それを政府が評価・支援することも必要です。
②については、業種によってCN・CEへの取り組み度合いが異なることを認識しながらも、「業種横断のCE型ビジネスモデル」を創出・拡大し、情報流通プラットフォームを通じてその共有と発信を進めていく必要があると考えます。そうした一例としては、食品容器や漁網として使われたプラスチックを自動車用途にリサイクルして使う動きが拡大していることが挙げられます。
③については、例えばCN・CEに貢献する製品・サービスの購入や価格転嫁を推進することを国が表明するのと同時に、そうした取り組みを積極的に行う企業を政府の補助金制度や公共調達の事業者選定において優先するといった仕組みを導入することなどが考えられます。
最後になりますが、社会課題が複雑化・多層化する中、単一の政策領域だけで有効な解を出すことはますます難しくなってきています。今後、領域横断的な検討の重要性が増していく中で、持続可能な社会の構築に向けて、まずはCN×CEの政策融合から着手していくことが必要だとMRIは考えています。
三菱総合研究所 政策・経済センター 政策研究グループリーダー 主席研究員
三菱総合研究所入社後、エネルギー分野での政策立案支援・コンサルティング業務などに従事。2014〜2016年にアメリカの商事会社にて石油・天然ガスおよび再エネ関連の事業開発支援を実施。現在はエネルギー・循環分野での自社研究・政策提言の取りまとめを担当。博士(工学)。
三菱総合研究所 政策・経済センター 主席研究員
三菱総合研究所入社後、主に廃棄物管理・資源循環・バイオマス活用に係る調査・コンサルティング業務に従事。現在、主に同分野の社会課題解決に向けた研究提言に取り組んでいる。
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