年商22億円企業が「経営可視化」で大きな成果 DXによる経営改革で売上総利益が「30%向上」
製品別の利益がわからず適切な経営判断ができない
福島県喜多方市に本社を構えるマツモトプレシジョンは、工場で使われるロボットハンド用部品や自動車エンジン部品といった空気圧制御部品、自動車部品を生産し、製品メーカーに供給している。従業員数は約150名、2023年度の売上高は約22億円。同社4代目社長の松本敏忠氏は、事業承継のために異業種から14年に入社し、17年に社長に就任した。
もともと小売業界で働いていた松本氏は、マツモトプレシジョンに入社後、「2つの疑問」を感じたという。
「1つは、社員が残業をして一生懸命働いているのに、この20年間ほとんど給料が上がっていない事実です。もう1つは、たくさんの部品を量産しており、その中で売れている製品は把握していますが、各製品の原価がいくらか、どれだけ利益を出しているかはわからず、知るすべもなかったことです」
松本氏が社長に就任したときの社内システムは、各部門の事情に合わせて個別最適で導入されたものだった。それぞれからデータを集めることで、どの製品がどれだけ売れているか、また会社全体の利益がいくらなのかは把握できていた。
しかし、どの製品が稼ぎ頭なのか、あるいは、たくさん売れてもあまり儲からない製品は何かといった情報は得られていなかったという。
「創業76年のものづくり企業として、個々の製品の品質管理は徹底しています。しかし、丁寧に作った製品が本当に儲かっているのか、わかっていませんでした。売れていても儲からない製品に対しては、適切に原価改善を実施する。それは経営者がリードし、現場と共有しなければいけません」(松本氏)
そのため、会社全体で俯瞰して製品別の収益性を把握し、迅速な経営判断ができるように、経営と製造現場の情報を見える化する。正しい情報を基に選択と集中を行い、適切な生産計画や販売施策に落とし込めれば、会社全体の収益性を向上できる。それがひいては賃上げのための原資を獲得し、社員の給与アップ実現にもつながると松本氏は考えた。
SAPの迅速導入へ、取り入れた「合理的な方法」
迅速な経営判断を行えるようにするための手段として、「とにかく製品別の原価を知りたかった」と話す松本氏。そのためにはどうすればいいか。
もともとITには詳しくなかったが、情報収集に奔走した結果、DXが必要だと気づいたという。具体的には、全社最適の視点で社内のデータを一元化し見える化する、ERP(統合基幹業務システム)の導入が必要だという結論に至った。
また、このとき会津地域では、SAPジャパンとアクセンチュアを中心に、地場産業を活性化させるプロジェクトが推進されていた。それを知った松本氏は、このプロジェクトに参画する形でSAP製クラウドERPの導入を決めた。
導入に当たっては、より迅速にシステムを導入し、全社最適での経営・業務にシフトできるように意識。コストがかかるアドオンをせず、標準化されたシステムに社内の業務を合わせることを徹底した。そのために、自社で行っていた余計なプロセスは極力排除したという。
松本氏は、この「Fit to Standard」の考え方を社員に対して丁寧に説明し、浸透させていった。そうして2021年4月、ERPが稼働した。
「自分たちのやり方を変えてでもシステムに業務を合わせていくという考え方に行き着くには時間がかかると思いますが、いったん標準化されたシステムを導入すれば、バージョンアップも定期的に行われますし、高いセキュリティも維持されます。アドオンをしないことで初期費用も抑えられるため、システム導入資金の捻出が難しい中小企業には、この考え方が合理的だと私は考えています」(松本氏)
正確な情報に基づく経営判断で、利益率改善を実現
SAPのクラウドERPを導入して丸3年が経っているが、データに基づく適切な経営判断が可能になったことで、同社の経営にははっきりした効果が表れている。製造原価の見える化を実現し、利益率を改善。ロット数の見直しによる生産効率の改善や管理工数の削減も達成した。
その結果、全社の業績も大きく改善。売上総利益が30%向上し、営業利益率は3%改善した。これによって賃上げの原資が生まれ、2022年には全社員の基本給を4%ベースアップした。以降も毎年、賃上げを実施している。
「いちばん大きな成果は、多くの社員が、個別最適から、全社思考へマインドチェンジできたことです。次の部署に正しいデータを流すことを考えて仕事をするようになった結果が、業績の改善につながったと考えています」と、松本氏は手応えを語る。
ERPによって自社のデータを一元化できた同社では、次の段階として、同社がサプライチェーンのハブとなり、地域の購買系や、加工の協力会社とデータでつながるネットワークの構想を描いている。
「当社と連携して加工や購買する横のつながりだけでなく、商品を納める顧客である大手メーカーにも、必要なデータを添えながら納品することで、縦のつながりを強くし、信頼関係を高めることができます。
日本の生産性を上げていくリーダーシップは、大手メーカーに取ってほしいと考えていますが、中小企業は何もしないのではなく、正しいデータを提供することでサポートする。そういう役割を担いたいと思っています」(松本氏)
「調べるだけはもう終わりにしよう」
同社では現在、DXを実現したことで、それを基盤にGX(グリーントランスフォーメーション)の推進にも力を入れている。
同社の工場敷地内の建屋、カーポートの屋根には太陽光パネルが敷き詰められ、工場の稼働に必要な電力は100%再生可能エネルギーで賄っている(非化石証書付電力の購入を含む)。自社製品のカーボンフットプリントも、SAPがクラウド上で提供する専用ツールを用いて算出している。
さらに、自動車メーカーや空調機器メーカーなどと共同で、EVや太陽電池、空調機器を連携させた地域内の電力需給モデル(エネルギーマネジメントシステム=EMS)の実証実験も開始した。地域社会の持続的な発展に向けて、中核企業としての活動も積極的に進めている。
社内のデータを可視化する経営基盤を整えたことで迅速な経営判断が可能になり、収益性の改善だけでなく、社員の給与を上げることにも成功したマツモトプレシジョン。松本氏は、同じように地域に根ざして活動する中小企業の経営者に向けてこうメッセージを送る。
「私が中小企業の経営者としてDXに取り組んで気づいたのは、世の中には知見があふれているということです。折に触れ、情報を得ることはとても大事だと思います。
ただし、その知見を自分の会社に取り入れ、活用しなければダメなんです。経営者や事業責任者の方には、実現に向けて一歩踏み出す勇気を持ってもらいたい。もう、いろいろ調べる時期は終わったのではないでしょうか」
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「SAP=大企業向け」というのは誤解!?
「SAPは大企業が使うもの」。SAPのERPについて、そのようなイメージを持っている人は多いのではないだろうか。
確かに、SAPのERPが大企業で広く利用されているというのは、認識として間違っていない。しかし、SAPによると、導入企業全体のうち約8割は中堅・中小企業のユーザーだという。ERPを導入したくても「うちにはSAPは無理だ」と思っていた中堅・中小企業の経営者がいれば、諦めるのは早いかもしれない。
ただし、大企業と比較してコストやリソースが限られる中堅・中小企業では、なるべく短期間かつ低コストで、シンプルにERPを導入したいところ。
そこでSAPが中堅・中小企業向けに展開するのが「GROW with SAP」だ。GROW with SAPは、SAPが培ってきたERP活用のノウハウをクラウドサービスとして提供するもので、クラウドERP「SAP S/4HANA Cloud Public Edition」を中核に構成されている。
大きな特徴は、25業種分のテンプレートが用意されていることだ。テンプレートには、長年にわたってさまざまな業種の企業にERPを提供してきたSAPが導き出したベストプラクティスが反映されている。
システムの標準機能に業務を合わせる「Fit to Standard」の形で自社に合ったテンプレートを取り入れることで、初期費用を抑えながら短期間でERPを導入し、かつ各業界のベストプラクティスを基に業務を標準化、スムーズに行っていくことが可能になるという。
GROW with SAPの導入は、部門ごとに業務や情報が分断された状態を改善し、企業が保有するさまざまな資源を一元管理できることで、経営の全体最適化に寄与する。また、GROW with SAP にはAI機能も搭載されており、意思決定に役立つインサイトを提供するなど、伴走型で企業の業務をサポートしてくれるようだ。
大企業だけでなく、中堅・中小企業の成長にとってもDXは重要な取り組みだ。そしてERPも、決して大企業だけが利用できるというものではない。企業経営に必要な情報をERPに一元化することで、経営状況の把握や意思決定の迅速化を図ることができるだろう。DXによる経営改革に関心のある中堅・中小企業経営者は、SAPの活用を選択肢に入れてみてはいかがだろうか。