健康影響が懸念される「PFAS」、どう測定する? PFAS対策に欠かせない「測定技術」の重要性

ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小
自然界で分解されにくい性質を持つ有機フッ素化合物の「PFAS(ピーファス)」。家庭用品から工業製品まで広く使用されてきたが、健康への影響から近年は製造や使用を規制する動きが出てきている。他方、PFASの測定は技術的な難易度が高いとされ、測定技術はまだ発展途上にある。PFAS測定方法の開発に従事する産業技術総合研究所(産総研)の研究者と、測定の際に使用される分析装置を提供するサーモフィッシャーサイエンティフィックの担当者に、PFASの測定をめぐる動向や課題、分析方法について話を聞いた。

自然界で分解されにくい「永遠の化学物質」

PFAS(正式名称:ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物)は、有機フッ素化合物の総称で、1万以上の種類があるといわれている。

化合物に含まれる炭素とフッ素の結合が強固なことから非常に安定しており、水や油をはじき、熱に強いといった性質を持つ。そのため、フライパンのコーティングや防水加工の衣類、化粧品、泡消火剤、半導体製造時の表面処理剤など、家庭用品から工業製品まで幅広い用途で使用されてきた。

PFASへの懸念
PFASを使用して作られたものや、環境中に流出したPFASに汚染された動物・生産物・水などを通じて、人の体内にもPFASが取り込まれる

一方で、一部のPFASはその安定性から自然界で分解されにくく、「永遠の化学物質(フォーエバーケミカル)」とも呼ばれている。水源への流出や土壌への浸透を通じて、環境中や生物の体内に蓄積されるため、生態系や健康への影響が懸念されている。人体への有害性を指摘する研究も出てきており、「PFOS」「PFOA」「PFHxS」といった一部の種類のPFASについては、国際的に規制対象となっている。

日本でも2010年にPFOS、21年にPFOA、24年にPFHxSの製造や輸入が原則禁止となった。しかし、最近でも全国各地の河川や地下水、水道水などから高濃度で検出されるケースが相次いでいることから、さらなる実態解明や対策の必要性が増している。また、企業においてもPFASの代替品やPFASフリーの製品開発が求められている状況にある。

産総研が推進する「PFAS測定方法」標準化の取り組み

現在、国内外でPFASの環境や健康への影響に関する研究が行われ、対策方針の検討が進められている。それは同時に、高精度に測定できる分析技術を確立させ、さまざまな試料からPFASを正しく測定できるようにすることが重要になるともいえる。

しかし、PFASの測定は難易度が高いという。2001年からPFASの測定方法に関する研究を続けている、産業技術総合研究所 環境創生研究部門 副研究部門長の谷保佐知氏は、PFAS測定の難しさを次のように説明する。

「PFASは分析機器や実験環境にも広く使用されています。そのため、分析に使用するすべての器具や環境に含まれるPFASを確認し、必要に応じて取り除くなどコンタミネーション(混入)を低減しなければ、試料に含まれるPFASを高精度で測定することができません。

また、同じテスト試料を異なる研究機関で測定した際に、大きく異なる結果が出ることもあります。比較可能かつ信頼性のあるデータを得るためには、使いやすい標準化された測定方法が必要です。

さらに、PFASにはさまざまな種類があり試料も多岐にわたるため、正確に測定するためには、それぞれの特性に適した測定方法を選択することが求められます」

産業技術総合研究所 環境創生研究部門 環境計測技術研究グループ グループ長 谷保 佐知氏
産業技術総合研究所
環境創生研究部門 副研究部門長 谷保 佐知

PFASの測定には高度な技術と多様なアプローチが求められる。そうした中で、谷保氏は測定方法の国際標準化に取り組み、水試料中のPFOS・PFOAを測定する方法(ISO 25101)、およそ30種類のPFASを測定する方法(ISO 21675)といった2つの国際標準規格と1つの日本産業規格(JIS K 0450-70-10)の開発にも尽力してきた。また、実環境の測定にも携わり、成果を上げてきたという。その一つが外洋中のPFASの測定だ。

「PFASが極域の野生生物に蓄積・残留していることが判明し、その移動経路を明らかにするために外洋の表層水および深層水のPFASを測定しました。当初は、大気経由で輸送されていると考えられていましたが、一部のPFASは水に溶ける性質を持つことから、海水に溶けて長距離輸送される可能性もあるとみて調査したのです。

pg/L(ピコグラムパーリットル:ピコは1兆分の1)レベルの非常に低濃度だったため測定が困難でしたが、混入の低減を工夫しながら測定方法を開発し、海流経由で輸送されることを明らかにすることができました」

産総研の研究室に置かれた燃焼IC
産総研ではPFASの測定にサーモフィッシャー製の分析装置が活用されている。写真は「燃焼イオンクロマトグラフ(燃焼-IC)」(写真右の自動試料燃焼装置は日東精工アナリテック社製)

この測定手法は国際標準の策定にも生かされたという。また、今後の動向について谷保氏は、大気や製品中のPFAS測定が重要になるとみる。

「国内では水試料中のPFAS濃度が注目されていますが、環境中への放出経路を考慮すると、大気経由も無視できません。そのため、大気中のPFASを捕集・測定する標準化された方法が必要になってくると思います。

また、製品そのもののPFAS評価も重要です。欧州では製品中のPFAS濃度についての新たな規制が検討されており、PFAS全般を使用しない、もしくは特定の濃度以下に制限する動きがあります。現在は暫定案ですが、より厳しく管理される可能性があります。今後、製品中のPFASを評価する方法も必要になるはずで、測定技術の重要性がより高まっていくとみています」

特定・未知のPFASを測定する「3つの方法」

PFASの測定にはいくつかの異なる方法がある。1つ目は、PFASのうち、PFOSやPFOAなど特定の化学物質を測定するための高感度・高精度な測定方法(ターゲット分析)。2つ目は、特定の化学物質ではなく、環境や製品中に存在するすべてのPFASを測定する方法(総PFAS分析)。3つ目は、未知のPFASを含め網羅的にPFASを検出する方法(ノンターゲット分析)だ。

「ターゲット分析は、特定の化合物について測定する方法です。例えば、河川にどれくらいの濃度のPFOSが含まれているのかを知りたい場合、河川のサンプルを採取し、必要な前処理を行った液体試料を分析装置で測定します。

一方、総PFAS分析は、試料の中に不特定のPFASがどれくらい含まれているかを調べたいときに採用される方法です。総PFASの測定方法の一つとして『燃焼イオンクロマトグラフ(燃焼-IC)』という装置を用いて測定するケースでは、まず調べたい試料を高温で燃焼させて、ガスを発生させます。もしPFASが試料に含まれている場合、PFASは分解されてフッ素イオンがガス中に生成されます。このフッ素イオンの量を調べることで、PFASを含むフッ素化合物が試料の中にどれくらい含まれているかを明らかにできます。

そして、ノンターゲット分析は、特定の化合物に限定せず、未知のPFASを含む広範な化合物を見つけ出すための方法です。産総研では70種類程度のPFASをターゲット分析で測定していますが、PubChemという化合物データベース上には700万種類程度の化合物がPFASに該当するとも報告されています」(谷保氏)

PFASを測定する際は、目的に応じてこれらの方法を適切に選択する必要があるというわけだ。また、測定には分析装置も欠かせない。先述した「燃焼-IC」のほかにも分析装置にはさまざまなものがあり、測定目的や試料によって異なる機器を使用する。

PFASの測定にも使用される機器を開発・販売する、サーモフィッシャーサイエンティフィック(以下、サーモフィッシャー)の山岸陽子氏は次のように説明する。

サーモフィッシャーサイエンティフィック クロマトグラフィー&マススペクトロメトリー マネージャー 山岸陽子氏
サーモフィッシャーサイエンティフィック
クロマトグラフィー&マススペクトロメトリー マーケティング マネージャー 山岸 陽子

「ターゲット分析では、液体試料に含まれる化合物を分離する装置(液体クロマトグラフ:LC)と質量分析計(MS)を組み合わせた『液体クロマトグラフ質量分析計(LC-MS)』や、気体や液体試料に含まれる化合物を分離する装置(ガスクロマトグラフ:GC)と質量分析計を組み合わせた『ガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)』を使用します。

ノンターゲット分析ではより精密な質量分析ができる『オービトラップ質量分析計』を使用して分析することが可能です。PFASのフッ素原子を多く含む化合物に特有の質量パターンをデータ解析に利用することで、PFASを網羅的に検出することができます。

一方、試料を燃焼させる装置とイオン成分を測定する装置(イオンクロマトグラフ:IC)を組み合わせた燃焼-ICは、試料に含まれるフッ素の総量を測定できるため、総PFAS量を評価する手法の一つとして注目されています」

ノンターゲット分析で利用される「GCオービトラップ質量分析計」
ノンターゲット分析で利用される「GCオービトラップ質量分析計」

サーモフィッシャーでは、PFAS測定ができるこれらの分析装置を取りそろえる。また、試料中へのPFAS混入を防ぐため、PFAS不使用の部材を使った前処理用の装置や、測定に必要なカラムやバイアル瓶などの消耗品をセットにしたPFAS専用キットのほか、解析用のソフトウェアも提供するなど、ラインナップが豊富だ。

サーモフィッシャーの朴木彩乃氏は「幅広い装置ラインナップでさまざまな形態のPFAS分析に対応しているほか、分析に使用する消耗品、装置、解析用のソフトウェアまでを提供し、PFAS分析のワークフローを一貫して担うことができるのが当社の強みです」と話す。

サーモフィッシャーサイエンティフィック クロマトグラフィー&マススペクトロメトリー スペシャリスト 朴木 彩乃氏
サーモフィッシャーサイエンティフィック
クロマトグラフィー&マススペクトロメトリー マーケティング スペシャリスト 朴木 彩乃

また、サーモフィッシャーでは海外の規制情報を収集し、測定技術も日々アップデートしているという。日本でも2年前からPFASをテーマにセミナーを開催し、環境分野だけでなく、製薬、食品、化学工業など幅広い業種の企業に向けて情報を発信。国内でのPFAS対策の推進にも積極的だ。

PFASの測定技術の向上は、ひいては環境の保全や人の健康な暮らしにもつながっていくだろう。PFASの分析検査ラボや未知のPFASの発見に携わる研究者、さらにPFAS研究へのサポートを通じて、「私たちの住む世界を、より健康で、より清潔、より安全な場所にするために、お客さまに製品・サービスを提供する」というミッションを体現するサーモフィッシャーのこれからに期待したい。