SMBCグループ「幸せな成長」の時代、実現への挑戦 経営戦略としての「社会的価値創造」とは
「社会的価値の創造」の精神を、経営の中核に
――SMBCグループが考える「社会的価値の創造」について、ご説明いただけますか。
伊藤 私たちが目指している「社会的価値の創造」は、事業活動を通じて社会課題を解決し、お客さまや社会の中長期的な成長に資する付加価値を提供することです。SMBCグループのルーツである三井・住友はサステナビリティの精神に重きを置き、400年以上にわたって先人の精神を継承しながら事業を展開してきました。
世の中がパラダイムシフトしている中で、地球温暖化、人権侵害、貧困・格差等さまざまな社会課題が拡大・深刻化しています。このような情勢を踏まえ、2023年度にスタートした中期経営計画「Plan for Fulfilled Growth」では、新たな基本方針の柱の1つに「社会的価値の創造」を加えました。グループ一丸となって社会的価値の創造に取り組み、経済の成長とともに、社会課題が解決に向かい、そこに生きる人々が幸福を感じられる「幸せな成長」の時代の実現に貢献していきたいと考えています。
――SMBCグループの歴史とともに継承されてきた「社会的価値の創造」のDNAを、経営戦略の1つとして再定義されたということですね。
伊藤 世界的に見ても400年以上の歴史を持つ企業は非常に少ないですが、私たちが長く存続できた理由は、社会課題の解決を基盤とした事業活動を展開してきたからにほかなりません。この流れを次世代につなぎながら、社会全体の持続可能な発展を実現するために、社会的価値の創造を経営戦略に組み込みました。
起点となったのが、前中期経営計画を策定する際に、SMBCグループの経営理念についても当社発足来初めて改定し、重要なステークホルダーとして、従来から位置付けていた「従業員」「お客さま」「株主」に、新たに「社会」を追加したことです。現中期経営計画の策定にあたっては、社会課題の解決に向けた取り組みの深化が論点となり、取締役会の内部委員会として設置されたサステナビリティ委員会や、経営陣と従業員との座談会等を通じて約1年間にわたって議論を深めていきました。
その内容を踏まえて現中期経営計画「Plan for Fulfilled Growth」では、社会的価値の創造を一丁目一番地におき、SMBCグループが主体的に取り組むべき喫緊の社会課題として5つの重点課題(マテリアリティ)と10のゴールを設定しました。
現中期経営計画における「5つのマテリアリティ」に基づく取り組み
――5つのマテリアリティ(環境、DE&I・人権、貧困・格差、少子高齢化、日本の再成長)の具体的な内容と取り組みについて詳しく伺えますでしょうか。
伊藤 「環境」では、トランジションの支援を通じた脱炭素社会の実現と自然資本の保全・回復への貢献という2つのゴールに基づき、取り組みを着実に推進しています。
実体経済の脱炭素化を実現するためには、高排出セクターにおける中長期的な技術革新やエネルギー転換等を促進するべくトランジションファイナンスによる支援が重要です。SMBCグループでは、どのような基準であればご融資できるのか、トランジションの定義を示した「Transition Finance Playbook」を他の多くの金融機関に先駆けて策定しました。お客さまから好評をいただいており、2023年度はこのPlaybookを用いて100件以上のエンゲージメントを実施し、21件のトランジションファイナンス案件の認定に至りました。
ネットゼロに向けた新エネルギー・新技術領域へのファイナンスにも積極的に取り組んでおり、今年にはスウェーデンにおける世界初の大規模水素還元鉄プロジェクトへのファイナンスに、アジアの金融機関で唯一参画しております。
「DE&I・人権」では、従業員が働きがいを感じる職場の実現とサプライチェーン全体における人権の尊重をゴールに掲げています。長きにわたり「人の三井」「事業は人なり」と形容される、人を重視してきた三井と住友の事業精神と文化を受け継ぎつつ、従業員が自身の働き方を選びながら能力を最大限発揮できるよう、各種制度を整えています。例えば、従業員が業務時間の一部をプロボノ活動に充当できる仕組みを整えており、業務時間のうち最大20%について、社会課題の解決に取り組むNPO等を支援する取り組みに充当することができ、昨年度は約50名の従業員が参加しました。
「貧困・格差」では、次世代への貧困・格差の連鎖を断つこと、そして新興国における金融包摂(経済活動に必要な金融サービスを利用できるように支援する取り組み)に貢献することをゴールとしています。
例えば、2023年度から開始した「SMBCグループ・スタディクーポン」事業では、公益社団法人チャンス・フォー・チルドレンと連携し、子どもたちに学習塾や習い事等、幅広い学校外教育の場で利用できる“スタディクーポン”を発行し、学びの機会を提供しています。同法人に対し3年間で3億円を提供するとともに、当社の職員も派遣して本事業の運営に携わり、子どもたちの未来の可能性を広げる支援を行っています。
さらに、アジア新興国では、貧困層・低所得層向けの小口金融であるマイクロファイナンスの提供者数を現中期経営計画中に80万人増やすとともに、モバイルバンキング等のデジタル金融サービスの推進、金融教育等を提供し、人々の社会的自立を支援しています。
「少子高齢化」については、人生100年時代への不安解消と、人口減少社会を支える利便性の高い基盤の構築を進めています。少子高齢化の進展によって、老後の生活に向けたお金の不安、健康や身の回りへの不安等、さまざまな不安を抱える人が増えていますが、このような不安の解消に向けて、SMBCグループでは金融という枠を超え、お客さまの悩みやニーズにお応えする新しいサービスを提供しています。
具体的には、「SMBCエルダープログラム」というサービスでは、お客さま専任のコンシェルジュが、資産運用等のお金に関する相談のみならず、異業種のパートナー企業と連携のうえで健康や住まいといった金融以外の幅広いサポートを行っています。このような取り組みにより、いくつになっても、誰もが健やかに活き活きと暮らしていくための支援を実施していきます。
「日本の再成長」では、企業のビジネスモデル変革支援と、イノベーション創出・新たな産業の育成をゴールとしています。スタートアップ育成・ユニコーン企業創出に向け、現中期経営計画で新規事業創出プログラム「未来X」や、スタートアップに対する1,350 億円規模の投融資を進めています。
さらに本年4月には、武田薬品工業、アステラス製薬、三井住友銀行の3社で、革新的な創薬を後押しするため、創薬シーズのインキュベーションを担う合弁会社を設立することで合意しました。新しい医薬品の開発を支援することで、新技術や新産業の育成を促進し、日本の再成長をサポートしていきます。
このように、5つのマテリアリティに基づいて具体的な取り組みを進めることで、社会的価値の創造を実現しようとしています。
全員参加で築く未来。3つの戦略で描くビジョン
――5つのマテリアリティに基づき、社会的価値の創造を推進するため、「『全員参加』に向けた仕組みづくり」「社会的価値創造の好循環を生み出す取り組み」「“物差し”の変化を先取りした開示」の3つを戦略として挙げています。この理由と内容についてお聞かせください。
伊藤 社会的価値の創造を実現するためには、従業員全員の理解と共感が最初のステップとなります。なぜなら、従業員がその理念を深く理解し共感することで、グループ一丸となって活動を推進できるからです。
現中期経営計画の開始に当たって実施したアンケートでは、SMBCグループ全体の約97%の従業員が社会的価値の創造を進めていくことについて共感を示しましたが、一方で「具体的に何をすべきかわからない」という戸惑いの声も多くありました。
そこで、「『全員参加』に向けた仕組みづくり」を掲げて、本年4月に100名を超える人員を集めて「社会的価値創造本部」を設置し、社会的価値創造を社内に浸透させるための取り組みを強化しています。具体的には、国内外の各拠点で社会的価値創造に取り組む1Dayイベント「シャカカチDAY」等を整備し、従業員の参画機会を拡充しています。
また、従業員の自発的な活動を支援するために、社会的価値の創造に資する取り組みに活用する100億円の経費枠及び400億円の投資枠を設定するとともに、従業員による新規事業のアイデアをグループCEO直轄でスピーディーに判断する「社会的価値創造ミーティング」等を整備しています。
さらに、「社会的価値創造キャラバン」と題した従業員との座談会をこれまでに国内外約200拠点で開催する等、従業員の意識醸成にも継続的に取り組んでいます。このように、従業員による積極的なアクションを喚起し、「全員参加」に向けた大きなうねりにつなげたいと考えています。
次に「社会的価値創造の好循環を生み出す取り組み」ですが、社会課題に貢献したいお客さまと社会課題の解決に取り組むお客さまとを金融でつなぎ、世の中のお金が社会課題の解決へと回っていく仕組みを構築しています。
例えば、お客さまからお預かりした資金を再生可能エネルギー事業等の環境に配慮した事業への融資に充当するグリーン預金の預入額は累計20億ドルに達しています。さらに、本年4月から、貧困・格差等の社会課題解決に向けたソーシャル預金や、スタートアップ支援等に向けたインパクト投資を開始する等、ソリューションの拡充を着実に進めています。
最後に「“物差し”の変化を先取りした開示」に関しては、インパクトをベースとした開示やソリューションの拡充を進めています。社会的価値の創造が重要になるにつれて、今後は財務指標に加えて、社会や環境に与える正負両面のインパクトが、企業価値を測る新たな“物差し”として重要性を増すと考えています。
こうしたインパクトを可視化することで、インパクトを活用したソリューションを拡充し、従業員においては社会的価値創造に取り組む意義が向上し、またステークホルダーの皆さまにとっても、当社の取り組みを定量的かつ客観的に把握できるというメリットがあると考えています。
例えば、太陽光発電施設等への融資により電力セクターから排出される温室効果ガス排出量の削減にどれだけ貢献したか(削減貢献量)や、アジアの低所得者層への融資によって生活水準がどれだけ向上したかを計測していきます。今般、当社初となるインパクトレポートを発行することとしましたが、今後もインパクトに関する取り組み・開示の高度化を進めていきます。
上述の3つの戦略に基づく社会的価値の創造に向けた取り組みは、ボトムライン成長に加え、期待成長率への働きかけや資本コストの抑制等を通じて、中長期的な企業価値の向上にも寄与していくと考えています。
――具体的にどのようなアプローチで、この3つを推進されているのでしょうか。
伊藤 行動や施策に落とし込む際には、トップダウンとボトムアップの両方を重視しています。トップダウンでは、CEOをはじめとする経営陣が直接現場を回り、社会的価値の創造に取り組む重要性を説くことで全社的な理解と共感を促しています。
経営層が直接従業員と対話し、理念の重要性を伝える一方で、ボトムアップ、すなわち従業員が自ら行動に移すことが重要です。この2つのアプローチを同時に進めることで社会的価値の創造に向けた全社的な動きをさらに加速させ、経済の成長や社会課題の解決をリードし、そこに生きる人々が幸福を感じられる「幸せな成長」の時代の実現に貢献していきます。