古河電工が「道路標識や照明の点検」支援する理由 大きな事故が起こる前に、インフラ整備を

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古河電気工業 ソーシャルデザイン統括部インフラDX課 課長 池内正人 氏、事業戦略課 牧野里穂 氏、事業戦略課 三橋唯澄 氏
標識やカーブミラーなど、道路の小規模附属物の劣化を原因とした事故が相次いでいる。事故を防ぐにはインフラの点検が必須だが、予算や人員の問題でカバーできないケースも多い。この課題にデジタルで取り組んでいるのが古河電気工業(以下、古河電工)だ。通信・電力ケーブルなどの大手メーカーが、なぜ交通インフラの点検DXに挑むのか。新事業にかける思いを探った。

知らないことが多い道路標識のメンテナンス事情

道路標識や照明など小規模附属物の世話になっていない人はいないだろう。標識は全国に約220万基、照明は約350万基が設置されており(2007年国土交通省調査。高速道路、有料道路、門型標識を除く)、ドライバーや歩行者の安全な通行を守っている。ところが、こうした小規模附属物が逆に人を傷つけるケースもあるという。古河電工ソーシャルデザイン統括部インフラDX課課長の池内正人氏は次のように明かす。

古河電気工業 ソーシャルデザイン統括部インフラDX課 課長 池内正人 氏
ソーシャルデザイン統括部
インフラDX課 課長
池内 正人

「小規模附属物は頑丈に設計・設置されています。しかし、車がこすって塗装が剥げたところから腐食が始まったり、何かがぶつかり柱が曲がったりして強度が落ちてしまい、倒壊・落下につながる場合があります。劣化すれば補修や交換が必要ですが、点検が追いつかずに放置され、事故につながるケースも見られます」

実は小規模附属物の点検は、法律で義務づけられていない。国交省の小規模附属物点検の要領で、日常的な「巡視」と、10年ごとの詳細点検、5年ごとの中間点検の「定期点検」をするよう求められているが、要領どおりに点検できていない道路管理者もある。原因の1つは、メンテナンスの予算が限られていることだ。

「多くの道路管理者には、すべての小規模附属物を点検できるだけの予算がありません。そのため、小規模附属物の維持管理に手をつけられていない道路管理者もいるのが現状です。また、点検業務を行うのは主に道路管理者から委託された民間の建設コンサルタントですが、限られた業務委託費の中で、多いときには1案件当たり1000以上の施設を点検します。現場作業員の負担はかなり大きくなっています」(池内氏)

この状態が続けば、大きな事故が起こりかねない。道路インフラ点検の充実は急務である。

独自のRPA技術を使って台帳作成を半自動化

この課題を解決するために立ち上がったのが古河電工だ。同社は通信や電力ケーブルなどのインフラ製品を手がけるメーカーで、道路標識と直接的な関わりはない。なぜこの領域に目をつけたのか。池内氏はこう解説する。

「モノをつくって売るだけでなくその後の維持管理でも社会課題の解決に貢献しようとテーマを探索する中で、インフラの維持管理に着目しました。テーマ探索に当たり既存の製品分野以外のさまざまなお客様にもヒアリングを行ったところ、建設コンサルタントのお客様から『うちの点検部門が困っている』と聞き、道路附属物の点検業務に課題があることが判明。DXソリューションに挑戦することにしました」(池内氏)

その結果生まれたのが、「みちてん」シリーズだ。まず2018年に世に出たのは「みちてんアシスト」。かつての点検業務は、道路附属物情報が記載された紙の台帳や点検表を作業員が持ち歩き、現場で情報を更新していた。しかし、紙の束を持ち歩いて作業するのは大変だ。「みちてんアシスト」はタブレットにインストールすることで点検をサポートするアプリであり、読み込んだ点検表の情報を基に点検対象の小規模附属物を現場で特定しやすくするAR(拡張現実)機能も搭載している。また、以前は点検で撮影した記録写真を手作業で整理していたが、自動振り分け機能をつけ、事務処理の時間を短縮した。現場作業員にとってはありがたいソリューションだが、新たに発覚した課題もあった。事業戦略課の牧野里穂氏はこう明かす。

古河電気工業 事業戦略課 牧野里穂 氏
事業戦略課
牧野 里穂

「『みちてんアシスト』は、台帳に小規模附属物の情報が正確に記載されていることを前提にしたサービスです。しかしいざ展開してみると、台帳に不備があるケースも多く見られました」

点検業務の効率化を進めるなら、まずは精度の高い台帳を作成することが必要不可欠だ。そこで開発されたのが「みちてんスナップ」。これはドライブレコーダーの映像を基に独自のRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)技術を活用して小規模附属物の位置や種別を検出し、台帳を効率よく作成するサービスで、先進的な自治体・企業からの引き合いも多いという。

「近年、多くの自治体でGIS(地理情報システム)プラットフォーム活用の動きが強まっていますが、小規模附属物に関するデータもそこに流し込んで管理されるケースが増えてきました」(牧野氏)

これらのサービスに加え、ドライブレコーダーの映像から点検が必要な小規模附属物をスクリーニングする「みちてんクルーズ」を開発。「みちてん」シリーズの導入で全体の作業時間が10分の1になった事例もあるという。

※同社調べ

業界を巻き込んで普及を目指す

小規模附属物の点検作業が大変なのは道路だけではない。実は鉄道も、信号機や電柱、がいしなどの沿線設備が多く、道路インフラ点検と同様の課題を抱えている。古河電工は、「みちてん」シリーズが市場に評価されたことを受け、新たに鉄道用に「てつてん」をリリースした。事業戦略課の三橋唯澄氏は「てつてん」の特長を次のように解説する。

古河電気工業 事業戦略課 三橋唯澄 氏
事業戦略課
三橋 唯澄

「点検業務が効率化されるのは『みちてん』と同じです。ただ、道路の点検フォーマットは国交省の要領で決まっているのに対して、鉄道の点検フォーマットは鉄道会社ごとに異なっています。『てつてん』は各社のフォーマットに合わせて柔軟なカスタマイズが可能です」

道路や鉄道のインフラ維持管理を効率化させた「みちてん」「てつてん」だが、目指すゴールはまだ先にある。技術的には「AIの画像診断技術を活用して完全自動化できるようにしたい」(三橋氏)と意気込む。さらに業界を巻き込んだ展開も視野に入れている。最後に池内氏が思いを語ってくれた。

「道路の門型標識は、多くの犠牲者を出したトンネル事故を機に点検が法令化された一方で、小規模附属物の点検法令化はいまだに進んでいません。法令化が進まないのはその数の多さによるところが大きいですが、DXで点検作業の負担が軽減されたことで現実味が出てきました。小規模附属物は、メーカーから設置会社、点検会社までさまざまなプレーヤーがいます。業界や関係各所に働きかけて、住民の皆様が安全・安心に暮らせる社会の実現に今後も取り組んでいきます」

社会課題の解決、業務効率化に「みちてん」「てつてん」はどう貢献した?

同ソリューションを実際に導入して成果を上げている、京王電鉄と広島県三原市役所の担当者に話を聞いた。

京王電鉄

京王電鉄 車両電気部電力担当 成田雄輝 氏
車両電気部電力担当
成田 雄輝

京王電鉄では、地図上のさまざまな情報に位置情報を持たせて可視化し、迅速な判断や高度な分析を可能とするGISプラットフォーム(K-PaS:KEIO Platform and Systems)を開発し、橋梁(きょうりょう)やトンネルといった土木構造物や駅舎、レール、電力柱、信号機など、多種多様な施設・設備について、地図上での施設の見える化・管理を実施しています。

「K-PaS」に電気設備の位置情報を組み込むに当たって、高精度な位置情報の取得が可能な「てつてん」を採用しました。取得した位置情報を「K-PaS」に取り込むことで、各施設・設備の名称と位置関係が地図上にピンで表示され、デジタル上で把握・管理できるようになりました。さらに、「K-PaS」の航空写真で周辺状況を確認できるため、現場状況をより詳細に把握することも可能になりました。列車の運転席に取り付けたドライブレコーダーの映像から、合計16種類・約8000の電気設備の位置情報を取得し、2024年度中に「K-PaS」に取り込むことを目指しています。

台帳作成のスピードの観点では、電気設備の位置情報に関する台帳はこれまで作成しておらず、ノウハウもなかったため、「てつてん」を導入せず人力で行っていたら大幅な工数と日数がかかっていただろうと思います。

また、点検や補修の課題としては、使途不明な設備が発見された場合に、「この設備はどの部門の管轄か」を照会するなど、関係者間での調整が社員にとって大きな負荷となっていましたが、「てつてん」・「K-PaS」の導入で、鉄道の技術系部署(土木建築部門・電気部門)間において、現場の施設状況をつねに共有することができるようになります。

今後は、通常業務だけでなく異常時においても、より迅速かつ円滑な部署間連携を行い、鉄道部門全体としての安全性向上や業務の効率化につなげていきたいと考えています。

広島県三原市役所

広島県三原市役所 建設部土木管理課保全計画係 中本雅樹氏
建設部土木管理課
保全計画係
中本 雅樹

三原市が管理する小規模附属物は、道路標識、道路照明、道路反射鏡など、膨大な量があります。過去に設置したものの中には台帳が整備されていないものもあり、すべての施設の健全度が把握できていないことから、損傷が発見されてから対処する「事後保全型」の管理となっていました。老朽化により倒壊した事例もあり、幸い第三者被害には至っていませんが、今後いつ起こるとも限らないので、「予防保全型」の計画的な維持管理が必要だと考えていました。

損傷の発見は、道路パトロールのほか、住民通報によるものが多くありますが、電話などでの問い合わせの場合、施設の位置の特定に時間を要する場合があります。また施設台帳も紙ベースで情報も不完全であるため、施設管理者の特定にも時間を要する場合があります。

こうした背景から、台帳のデジタル化を検討し一部着手していましたが、従来の人海戦術の方法では膨大な作業時間が必要であり、思うように進んでいませんでした。

そうした折「みちてん」シリーズの存在を知り、デジタル技術により台帳作成の省力化が図れると判断できたことから、2022年度に導入しました。

台帳作成のスピードは従来の方法に比べ格段に速くなりました。また多数の附属物を現地点検するには、多くの時間と労力がかかりますが、「みちてん」シリーズの「みちてんクルーズ」(動画切り取りサービス)を活用することで、映像を基に、明らかに異常のあるものを机上でスクリーニングし、優先度を決めて効率的に点検することができるようになりました。

管理する施設の老朽化や労働力人口の減少など、課題に直面することも多いですが、これを変革のチャンスと捉え、「みちてん」シリーズのようなデジタル技術を活用することで、人口減少時代を乗り越えていきたいです。

交通インフラの点検DXを実現する「みちてん」「てつてん」はこちら