「桁違いの成長」を生むイノベーションの起こし方 未来をつくる共創とテクノロジー活用のカギ
このテーマを追求したのが、2024年6月に開催されたセミナー「未来をつくる『思考の転換』 現在地の正しい理解と、テクノロジーとの関わり方」だ。京都先端科学大学教授・一橋大学ビジネススクール客員教授の名和高司氏、レゾナック・ホールディングスCHROの今井のり氏、SAPジャパン代表取締役社長の鈴木洋史氏が登壇した講演からイノベーションの実践法をひもとく。
経営に求められる「異質なインクルージョン」
これからの成長に向け、デジタルの活用による「1桁高いレベルでのイノベーション=10X(テンエックス)」を目指す重要性を説く名和高司氏。「イノベーションは現場からしか起こらない」としたうえで、次のように指摘する。
「顧客と接する、ものづくりを行うといったリアリティーは現場にしかなく、そこに必要なのは、日本が得意とする『たくみ』の力です。ただ、そうやって現場でつくるだけだとスケールはしません。そこにしっかり投資し、大きな動きに変えていくのは本社の役割です」
具体的に本社、つまり経営サイドは何をすればいいのか。名和氏は「インクルージョンが大事」だと言う。日本語だと「包括」、つまり1つにまとめるということだ。
「日本企業はインクルージョンを得意としています。ただし、それは『同質な』インクルージョンです。現場で起こったイノベーションを桁違いにスケールさせるには、『異質な』インクルージョンをどこまでできるかがカギになります」(名和氏)
社内の多様な「たくみ」の力を取りまとめ、「しくみ」に落としていくことでようやくスケールできる。「筋のいい現場の知恵をどんどんためて、仕組み化していくのがデジタルの大事な使い方」であり、そうやって自社の強みを磨いていくとオープンイノベーションにも取り組みやすくなると名和氏は主張する。
「日本ではオープンイノベーションの成功例がほとんどありません。まず、自社の強みが磨ききれていない。そして、自社でやろうとしてしまうのも原因です。自社の強みを隠して相手のものを取り入れようとしてもダメで、自分の得意技と相手の得意技という異質なもの同士が掛け算されて、初めてオープンイノベーションが成立します。そうすることで、加速度的に成長していくことができるのです」(名和氏)
勘違いされがちだが、イノベーションは「0→1(ゼロイチ)」を生み出すものではないという。
「0から1というのは一つの新しい可能性を見つけただけであって、スケールしなければ本当のイノベーションにはなりません。1から10、10から100へとスケールし、マーケットを創造するのがイノベーションです」(名和氏)
「共創型人材」が変革と課題解決をリードする
名和氏が「イノベーションのカギ」と話す「異質なインクルージョン」を実践しているのが、特別講演を行った今井のり氏がCHROを務めるレゾナック・ホールディングスだ。
同社の前身となる昭和電工は、2020年に旧・日立化成を完全子会社化。23年には両社が統合し、「レゾナック」として再スタートを果たしている。しかし、統合に当たっては、自社の根幹にも関わる大きな課題が顕在化していたという。
「21年に初めて両社で共通のエンゲージメントサーベイを実施したところ、その結果には従業員の不安が如実に表れていました。会社のビジョンやトップの方針が伝わっていない、協働・共創のスコアが低いといった課題が明確でした」(今井氏)
とりわけ「共創」の課題は重大だった。なぜなら統合によって同社は、それまでの総合化学メーカーから「機能性化学メーカー」へと変化を遂げようとしていたからだ。
機能性化学とは、例えば半導体や自動車向けの薄いフィルムに、高い接着性や耐熱性といった「機能」を加える化学製品のこと。いろいろな技術を組み合わせて、顧客の求める新たな機能を生み出していくビジネスモデルであるため、社内外での連携が不可欠。そのため「共創は必然」(今井氏)だった。
「私たちはいわば『ポートフォリオ会社』です。幅広い技術プラットフォームの上でさまざまな製品をマネジメントしていく。それと人材戦略を一致させながら、事業の特性に応じてどのような個が求められるのかを見極め、その力をいかに最大化して組織の力とするのかを徹底的に追求しています」(今井氏)
その実現には、グローバルで約2万4000人いる従業員のマネジメントが必要になる。多様な人材をすべて可視化しタレントマネジメントを行うには、デジタル基盤が欠かせない。
「そこで、統合を機に人材管理クラウドソリューションの『SAP SuccessFactors』をグローバルで一気に導入し、タレントレビューを開始しました。今後は、データの民主化を推進していきます。共創を促すには、情報格差をなくして合理的な意思決定ができるようにすることが重要だと考えているからです」(今井氏)
求めるのは、従業員一人ひとりが自律的に動き、部門や組織を超えてつながって創造的に変革と課題解決をリードする「共創型人材」だ。
「変革を自律的に『やりきる人材』がいるかどうかが、差別化要因になっていくと考えています。経営陣は、従業員がやりきれるように、楽しくワクワクしながら仕事ができ、成長し合える、社会をよくしていくことに貢献できていると実感できる環境を整えなくてはなりません。適切な人材を適切な場所へ、事業スピードに合わせた動的な人材ポートフォリオのマネジメントができるようにすることで、企業価値を高められると思っています」(今井氏)
デジタルの“ゲタ”で「無駄取り」をする重要性
セミナーの最後に行われたトークセッションでは、名和氏、今井氏に加えSAPジャパン代表取締役社長の鈴木洋史氏が登壇。鈴木氏は、SAPジャパンのコーポレート・トランスフォーメーションディレクターである村田聡一郎氏の著書『ホワイトカラーの生産性はなぜ低いのか~日本型BPR2.0』を引きながら、次のように話した。
「ホワイトカラー社員が1日に投入できる『脳力』、ブレインパワーには限界があります。それを『定型業務』と『非定型業務』の2種類に使っているわけですが、『定型業務』は正解が決まっているのでクラウドERPなどのデジタル基盤に肩代わりさせることができます。
つまり、デジタルによる“ゲタ”を履かせることで余力が生まれ、人にしかできない高付加価値を生む『非定型業務』に振り向けることができます」
レゾナックがSAP SuccessFactorsを導入し、データの民主化を進めて共創を促しているのも同様の取り組みではないか、という鈴木氏の問いかけに、今井氏は「まさにそこを目指している」と回答。名和氏はそのプロセスが非常に重要だとして次のように話した。
「事務作業のような定型業務に忙しいということは、無駄なことをたくさんしているわけです。その『無駄取り』をしないと、新しいことには取り組めません。ただ、日本は定型業務でも創意工夫をしてしまって、なかなか標準化が進まなかったり、履かせる“ゲタ”にこだわったりしていると感じます」
この名和氏のコメントに、今井氏は「技術やものづくりのすばらしさに、経営が追いついていない」と反応。その反省から、レゾナックでは業務に合わせてシステムを導入するのではなく、業務を変えることにマインドチェンジしたという。その言葉に対し、鈴木氏はこう反応した。
「『たくみ』であるべき部分と、『しくみ』にするべき部分をしっかりと分けることが重要だと思います。どうしても築いてきた『たくみ』のやり方を当てはめようとしてしまいますが、横串で仕組み化できる業務はそうするべきです。とりわけバックオフィス業務がそうではないでしょうか」
鈴木氏は、近年のAIの進化がその効果をさらに高めていると続ける。
「SAPジャパンでもさまざまなデータを活用していますが、販売予測などはAIのほうが高精度になってきています。もちろん、データをしっかりと整備することが前提ですが、それができていれば高度なインサイトが得られる時代となってきました」
この言葉に今井氏は「人間が人間らしくいられるためにAIを活用したい」とし、社内に蓄積されたアイデアをAIでマッチングするアルゴリズムを開発していると明かす。
「人がやらなくていい仕事を任せられるだけでなく、AIだからこそ見つけられるマッチングもあると思うのです。『こんな共創をしたい』と考えたとき、適切な人をレコメンドしてもらうことで、新たな価値創造につながると考えています」
こうした対話を受け、名和氏は「現場のアナログな力をうまくデジタルでアップグレードすることでチャンスがたくさん生まれる」とし、次のようにセッションをまとめた。
「デジタルはバーチャルな世界だけではありません。IoTやセンサーといった現場との接点が増えていくと、現場力が非常に重要になっていきます。個々が受け身で捉えることなく、組織全体で前向きに活用していくことで、桁違いの成長を起こすチャンスが生まれるのではないでしょうか」