「過去最低を更新」日本の国際競争力の本質的課題 8つの「潜在変数」が示す競争力向上への突破口

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日本の国際競争力の低下が止まらない。これを打破するために必要なことは何か、専門家が鋭く分析する(画像:Getty Images)
IMD(国際経営開発研究所)が作成する「世界競争力年鑑」2024年版(2024年6月公表)によれば、日本の国際競争力順位(総合順位)は38位と、2023年の35位からさらに順位を下げ、過去最低を更新した。同年鑑の公表が開始された1989年からバブル期終焉後の1992年まで、日本は4年連続で1位の座を占めたが、そこから年を追うごとに順位を落としてきたのである。日本の競争力低下をもたらしてきた本質的課題はどこにあり、課題解決のためには何をすべきか。「世界競争力年鑑」の編集協力に長年携わる、三菱総合研究所(MRI)の研究員・酒井博司氏が指摘するのは、日本の「弱み」とされる課題を「一体的」に変革することの必要性である。

複雑な経済事象の定量分析への挑戦

人類の「知」の最も重要な機能の1つは、私たちが直面する課題の奥に潜む、目に見えない本質を見極めることにあるといえます。例えば、かつて「嵐」と呼ばれた自然の脅威に対して、人類はその知的好奇心と観察力を発揮し、気圧や気温、風速などのデータを収集し分析を重ね、「台風」という気象現象として捉えることが可能になりました。今では気象衛星やAI画像解析などのテクノロジーを駆使することで、発生過程や進路などを高精度で把握・予測することができます。

同様に、景気の変調や金融危機の発生など、多様な経済現象を的確に把握するうえでもデータ分析は欠かせません。ただし経済現象の場合、消費者心理や投資家の思惑、経営者の意思決定、各国政府の政策方針など、さまざまな定性的要因が複合的に絡むため、定量的な分析が難しいことが知られています。

そこでMRIは、定量的なマクロ経済データや企業財務情報のようなミクロデータに加え、経営者を対象とするサーベイデータなども取り込むことで、あらゆる経済事象の定量分析に意欲的に挑戦してきました。

近年、私たちが注力している分析テーマの1つが、国の「競争力」です。失われた30年を経て、日本の競争力は大幅に低下したとよく言われます。しかし競争力の決定要因は多様であり、分析が難しいテーマでもあります。日本企業の競争力は国際的に見てなぜ低下したのか、グローバルで活躍する日本企業が減った理由は何か、企業が能力を発揮するために日本に何が欠けているのか――日本の競争力の現状を正確に知ることは、その強化を図るうえでも不可欠といえるのです。

こうした課題意識からMRIは、IMDが公表する「世界競争力年鑑」の調査データを用いた競争力の分析を試みています。同年鑑は60超の国・地域を対象に、政府統計を中心とした統計164指標とアンケートによる92指標、計256の指標を用いて各国の競争力を評価しています。その特徴は、「企業が能力を発揮できる土壌」を競争力の源泉として捉えている点にあります。MRIは2006年より、IMDに対し同年鑑の編集協力(日本調査担当)として統計データ収集を支援することを通じて、調査精度の向上にも貢献しています。

図1 IMD「世界競争力年鑑」2024年 総合順位

起業・新陳代謝、デジタル化――日本の弱みが浮き彫りに

先ほど述べたとおり、同調査は計256もの指標を用いて競争力を評価しているため、注目すべき傾向や取り組むべき対策の方向性などを捉えにくい面があります。そこで私たちは、上記の大分類とは別の観点で、独自に個別指標をグループ化し、それらが競争力にどう影響するかを明らかにする分析を試みました(以下の分析は、すべて「世界競争力年鑑」2023年版の数値を使っている点にご注意ください)。

具体的には、競争力に影響を与えると想定される8つの潜在変数(統計やアンケートからは得られない変数)を設定。それらが観測変数(年鑑から得られる変数=総合競争力指標)に与える影響(因果関係)と、潜在変数間の相関関係を、共分散構造分析(構造方程式モデリング)により分析しました。その結果を示したのが図2です。

図2 競争力を規定する要因

設定した潜在変数は、図中に楕円形で示した「組織資本」「人的資本」「知識資本」「起業・新陳代謝」「グローバル化」「法・制度・規制」「デジタル化」「脱炭素」の8つです。左側には関連性の深い観測変数を結び付け、右側には潜在変数が競争力に与える影響力の強さを数値(パス係数)で記載しています。

8つの潜在変数はいずれも競争力を規定する要因ですが、中でも「起業・新陳代謝」や「グローバル化」「組織資本」「法・制度・規制」の順で競争力に与える影響が強く、「脱炭素」が影響はやや弱いことがわかりました。

また、潜在変数同士の相関関係を示したのが図3です。例えば、パス係数が最も高かった「起業・新陳代謝」は、「法・制度・規制」「人的資本」「デジタル化」「組織資本」などと相関が強いことがわかります。つまり「起業・新陳代謝」が盛んな国では、それを支える「法・制度・規制」や「人的資本」「組織資本」「デジタル化」も整備されていると推測できるのです。このほか、「グローバル化」については「法・制度・規制」や「組織資本」「人的資本」との相関が、「組織資本」は「人的資本」「デジタル化」との相関が強いことなどが示されています。

図3 潜在変数間の相関関係

さらに潜在変数ごとに計算した日本の順位を見ると、「知識資本」や「脱炭素」分野では高いものの、「人的資本」「法・制度・規制」が40位となった以外は、50~60位程度とかなり低迷しています。とくに「デジタル化」(61位)や「組織資本」(56位)、「起業・新陳代謝」(54位)は下位グループにあります。

「生産性改革」を起点に日本の競争力を磨け

以上の分析結果から教訓として得られるのは、まず「デジタル化」や「人的資本経営」などの経営課題にバラバラに取り組むのではなく、一体的に取り組むべきだということです。日本が国際的に見て出遅れている「デジタル化」は、「組織資本」「人的資本」との相関が強いものです。自社にとってデジタル化がどのような価値創造につながるかを見極めたうえで、それに見合った組織、人材を一体的に変革することが求められるといえるでしょう。

デジタルトランスフォーメーション(DX)を「デジタル技術を活用して価値の創出と競争優位を確保すること」と定義するならば、おのずと企業には、つねに進化するデジタル技術の下で、ビジネスや組織のあり方の継続的な変革が求められるはずです。人的資本面でもデジタル人材の確保、育成の仕組みを整え、質量ともに充実させることで「デジタル化」「組織資本」「人的資本」を一体的に改革していくことは、日本の競争力向上に向けた必須条件といえるでしょう。

そしてもう1つの重要な示唆は、日本には「生産性」を阻害する要素が多いことを認識し、その改善にもっと注力すべきだということです。国際的に見て日本の生産性が低いことは、以前から指摘されてきました。「世界競争力年鑑」2024年版でも、ビジネス効率性を構成する中分類の1つである「生産性・効率性」は58位、「1人当たりGDP」の金額は37位、「労働生産性」は32位であり、経営層を対象としたアンケート項目である「労働生産性評価」も56位と、いずれも下位にとどまっています。

日本の生産性の低さは以前から指摘されており、その改善に注力すべきである(画像:Getty Images)

この大きな原因は、成長産業への経営資源の移行が適切に行われていないことです。より端的に言えば、産業界で「起業・新陳代謝」が進まず、労働市場の流動性も低いために、“稼げる業界”にヒト・モノ・カネが集中できていないのです。この問題は、政策運営のあり方にも原因があると考えられます。コロナ禍に際して、日本は従来にも増して「起業・新陳代謝」の促進より「企業の存続支援」に政策の重点が置かれました。その結果、いわゆるゾンビ企業(収益力が低く、正常な経済構造の下では存続困難な企業)が延命・増加した可能性が高いと考えられます。経営体力の弱いゾンビ企業の存続は、新陳代謝の停滞と生産性の低下を促すばかりか、金融システム不安の遠因となるおそれもあるでしょう。

「意思決定の迅速性」や「変化する市場への認識」が軒並み低い日本企業

一方、企業としては、市場環境や成長産業の移り変わりに機敏に対応していくことが求められます。しかし現状では、「企業の意思決定の迅速性」が最下位(67位)のほか、「変化する市場への認識」(65位)、「機会と脅威への素早い対応」(67位)など組織資本に関わる多くの項目で日本の評価は軒並み低くなっています(数値は2024年版)。これらが生産性向上を阻害し、日本の競争力を低迷させる要因にもなっているのです。

企業が市場環境の変化に対する感度を高め、機敏に対応していくうえで、AIをはじめとするデジタルテクノロジーの活用は有効であるはずです。また企業のダイナミックな新陳代謝を図るため、適切なリスキリングを通じて成長領域への人材流動化を促していくことも必要になります。その意味でも、前述のように、組織資本を人的資本やデジタル化と一体的に改革していくことは欠かせないでしょう。

IMDの「世界競争力年鑑」は、単に総合順位の変動を見て一喜一憂すべきものではありません。そこで用いられているミクロデータ・サーベイデータを統計的アプローチによって解析していくことで、競争力の再生に向けた多くのヒントを得ることができるのです。

私たちMRIは、マクロデータに加えてさまざまなミクロデータを活用した計量経済分析に関する豊富な実績を持ちます。日本の課題の本質をより高い解像度で捉え、独自の政策提言や企業への戦略提案につなげていくためにも、新たな解析手法の開発に意欲的に挑戦していきたいと考えています。

酒井博司
酒井博司(さかい・ひろつぐ)
政策・経済センター
理論的背景に留意したミクロデータを中心とした計量経済分析と、それに基づくエネルギー分野やモビリティ分野を中心とした各種提言に従事。IMD「世界競争力年鑑」の編集協力(日本調査担当)をしており、競争力に関する分析も各種公表している。博士(経済学)。

●関連ページ

IMD「世界競争力年鑑」2023年版からみる日本の競争力

第1回:データ解説編~総合順位は35位 過去最低を更新

第2回:分析編~個別要素からみた日本の「強み」「弱み」と競争力強化の方向性

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