「発汗機能を眠らせる」進化系制汗技術の真価 汗腺を制御することで汗や臭いを低減させる

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「記録的な猛暑」を毎年のように更新する日本の夏。熱中症対策の多様なアイデアグッズが話題となる中、制汗剤の分野では昨年、革新的ともいえる制汗技術が確立された。発表したのは、汗腺研究への取り組みに力を入れるマンダムだ。はたしてどのような技術で、どんな制汗効果を得られるのか。研究に携わった同社 先端技術研究所 ライフサイエンス研究グループ マネジャー/理学博士の原武史氏に聞いた。

今回確立された制汗技術は従来の技術と比べてどのようなポイントが目新しいのか。それを理解するうえでまず押さえておきたいのが、従来の制汗技術だ。マンダムに入社して以来19年にわたり汗や臭いに関する基礎研究に携わり、現在は同社業務と並行して大阪大学大学院薬学研究科で招聘准教授、立命館大学で客員准教授を務める原武史氏は、こう説明する。

原さん紹介画像
マンダム
先端技術研究所
ライフサイエンス研究グループ マネジャー
理学博士
原 武史

「現在まで長く活用されているのが、ACH(クロルヒドロキシアルミニウム)という成分を使って汗を止める技術です。これは、汗腺にフタをして汗を止める優れた技術なのですが、多量の汗をかくとその成分が流れてしまうことがあり、制汗力やその持続性の面で課題がありました。そうした課題を解決し、より高い制汗作用をもたらす新しい技術を開発できないかと、2010年より汗腺の基礎研究を開始しました」

ただ、そもそも汗は、人間が生きるのに必要な体温調節機能を担っている。なぜ、制汗技術が必要なのか。

「おっしゃるとおり、汗は人間に不可欠なものです。ただ、脇などにかく過剰な汗や、汗によって起こる臭いなどで悩まれる方も少なくありません。また、日常生活を送るのに支障を来すほど多量の汗をかいてしまう、多汗症の方もいます。そうした『過剰な汗』を抑えることが、制汗技術の基本的な考え方です。一方で、発汗に対して汗腺がどんな仕組みで機能しているかといった研究は、実はあまり進んでおらず、発汗のメカニズムが詳しくわかっていないという現状がありました」

汗と臭いのメカニズム イラスト

「汗腺の動き」を抑制する物質

こうして始まった、マンダムと大阪大学の研究チームによる汗腺の基礎研究。結果的にそれは、10年を優に超える取り組みとなった。そんな中、研究から約7年を経て解明したのが、汗腺の構造と発汗のメカニズムだ。

「汗腺は細長いホースのようなもので、それが皮膚の表面から内部につながっているのですが、末端部分がぐるぐるとコイルのようにねじれています。そのねじれた部分に汗がたまっていて、そこが収縮することで、汗が皮膚表面に押し出される。これこそが、発汗をもたらすメカニズムなのです」

発汗のメカニズム イラスト

さらに研究チームは、その収縮がなぜ起こるかを突き止めた。

「収縮を担う細胞たちは、ギャップジャンクションと呼ばれる橋のような物質でつなぎ合わされています。そのギャップジャンクションが、収縮に大きく関与していることがわかりました。したがって、この機能を止めれば、発汗を抑えられるのではないかと」

そうして、ギャップジャンクションの活動を抑える成分探しに力が注がれることとなった。血管などの拡張・収縮を抑制する薬剤をヒントに、近い作用がありそうで、なおかつ安全性が確認されているものという条件の下、何万種もある成分から候補を絞り込んでいった。

成分の候補が絞り込まれたら、今度は研究員が自身も“被験者”となって、人における効果性の実証を進めた。研究には数年を要したものの、ついには効果が認められる成分を特定。汗腺にフタをするのではなく、発汗をもたらす部位の機能を一時的に“眠らせる”という、従来とはまったく異なる発想の進化系制汗技術が誕生したのであった。

「汗腺に直接作用する制汗技術として、大きな成果が2点挙げられます。1つは制汗効果を大幅に向上させられるという点。もう1つは多汗症など発汗に関連する病気の解明や治療にも生かせる可能性があるという点です」

一方で、前述のとおり、汗は人体に不可欠なものでもある。人体への影響はないのだろうか。

「一般的に脇から出る汗の量は、全身の汗の1%未満ですので、発汗を抑えたとしても大きな影響はないと考えられます。また、今回の技術は汗腺の機能を永久に止めるのではなく、あくまでも一時的に抑えるものです」

なお同研究は、2023年9月にスペイン・バルセロナで開催された「第33回国際化粧品技術者会連盟バルセロナ大会2023」(IFSCC大会)において、ポスター部門で最優秀賞を受賞した。IFSCC大会は、各国の化粧品技術者が一堂に会して最新の研究成果を発表する場である。今回の研究は、全449件(口頭発表76件/ポスター発表373件)に上る研究発表の中から選ばれ、マンダムにとって初めての最優秀賞受賞となった。

「人の汗腺」を研究できたからこその発見

はたして研究チームはなぜ、進化系制汗技術を確立できたのか。その大きなポイントの1つとなったのが、人の皮膚を使っての研究が行えたことだ。

「医薬品以外の分野の研究で動物実験が禁止されているため、汗腺研究をするには人の汗腺を使う必要があります。ただ、皮膚から汗腺を取り出さなければならないため、実際に人の汗腺を使った研究は世界的にも行われていませんでした。そんな中、私たちは大阪大学に研究講座を持つなど、社会課題を解決する研究に対してご協力いただける関係性を構築してきました。それにより、実際の人の皮膚内にある汗腺を研究できる環境が整えられたのです」

また、その背景にはマンダムの研究開発に関する長年の蓄積と、会社の姿勢がある。

「当社には、デオドラント製品の研究を長く続けてきたことによる、さまざまなナレッジがあります。また、研究に重きを置くことに対する、上層部の理解もあります。その背景にあるのが、 生活者の『日常』に寄り添い、それが快適なものとなる助けになりたいという思いです。その思想がベースにあるからこそ、製品化が保証されているわけではない十数年にわたる研究も可能になっているのです」

原さんインタビュー画像

今後同社は、この新しい制汗技術を、どう展開させようとしているのだろうか。

「まずは汗腺を眠らせるという技術について、さらなる機能性のアップデートを目指し、今後も研究を続けていくこと。そして医療分野では、多汗症の治療と併せ、汗をかきにくい方の発汗促進という方向でもお役に立てる可能性があります。また、東南アジアをはじめとする暑い地域でもこの技術は有用だと考えており、海外展開も視野に入れています」

汗を制御することで、汗にまつわる悩みを解消し、日常の質を高める進化系制汗技術。平均気温が上昇していく現在にあって、その価値と可能性は、想像以上に大きい。マンダムが汗腺研究の末に確立した画期的な制汗技術は、人々の汗悩みを解決するうえで大きな役割を担っていくだろう。
⇒汗と体臭を解明する情報発信サイト「汗とにおい総研」はこちら