「空飛ぶクルマ」の飛行実現と社会実装を目指して 空の移動革命の実現に向けた展望と課題を探る

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SFの世界の乗り物だった「空飛ぶクルマ」が、私たちの目の前に姿を現そうとしている。「空の移動革命」の実現に向けて、どんな課題があるのだろうか(画像:Getty Images。機体はあくまでイメージです)
空路を活用した次世代の移動手段である「空飛ぶクルマ」への注目度が高まっている。2025年の大阪・関西万博では、空飛ぶクルマの飛行実現が目指されており、それに向けた有人飛行の実証実験も進んでいる。観光地での旅客輸送、離島部・山間部の荷物輸送、災害時や救命救急のための輸送など、空飛ぶクルマに期待される活用方法はさまざまだ。「空の移動革命」の可能性と課題について、ドローンや空飛ぶクルマなどの次世代空モビリティーに詳しい三菱総合研究所(MRI)の研究員・大木孝氏に話を伺った。

都会の街中で離着陸可能なアクセシビリティー

ライト兄弟が世界で初めての有人動力飛行に成功したのは1903年12月のことです。以来、航空機は目覚ましいスピードで発展を遂げ、今や私たちにとって欠かせない移動手段となりました。

初飛行から120年の時を経て、人類はまた新たな空のイノベーションを起こそうとしています。それが「空飛ぶクルマ」と呼ばれる空の移動手段です。開発には大手航空機メーカーからスタートアップまで、各国の企業が参加し、開発競争を展開しています。

空飛ぶクルマとは、具体的には①電動、②垂直離着陸、③自動操縦という3つの特徴を備えた次世代の航空機を指します。渋滞解消や環境負荷の低減をはじめ、イノベーティブな要素は多々ありますが、特筆すべきは、電動化により静音性と運航コスト低減を可能とし、垂直離着陸機能による高いアクセシビリティーを備えている点でしょう。

空中を移動する手段として、航空機は世界中に普及しているものの、自動車や鉄道などに比べると身近な交通手段とは言いがたいように思います。飛行機の離着陸には小型機でも800~1000メートルの滑走路がなくてはならず、飛行場にはそれだけ広い土地が必要です。ヘリコプターの場合は、滑走路は不要ですが、街中に離着陸するには騒音という大きな問題を解決しなければなりません。

これに対し、空飛ぶクルマはヘリコプターと異なり、内燃機関を用いずに電動で駆動し、長いブレードではなく多数の短いプロペラを使うことで騒音を抑えることができます。電動化は静音性に限らず省パーツ化も実現し、メンテナンスコストの低減という効果にも結び付きます。静音性と垂直離着陸可能という特長を生かせれば、従来ヘリポートが建設不可能だったロケーションでも、空飛ぶクルマ向けの飛行場を整備できるかもしれません。ちなみにこの飛行場は、バーティカル(垂直な)とエアポートを掛け合わせて「バーティポート(Vertiport)」と呼ばれています。また電動だからこそ、CO2フリーの空飛ぶクルマへの期待ももてるでしょう。環境にも優しいテクノロジーが、空飛ぶクルマなのです。

機体は主に3タイプ、利用ニーズの違いに応じて使い分け

人を乗せて高度数百メートル程度の低空域を飛行するための機体の基本技術はほぼ確立しています。主な機体タイプはおおむね3つに整理できます。なお、自動車のような身近な交通手段を目指すという意味で「空飛ぶクルマ」と呼ばれていますが、地上走行と飛行の両方を可能とする機体コンセプトは極めて限定的です(図1)。

マルチロータータイプ(ウィングレスタイプとも)は、翼がなく、回転翼の回転数を制御することによって巡航や離着陸を行います。外観も構造も、一般に知られているドローンに近いものです。

一方、固定翼を備えることで巡航性能を高めたのが、リフト・クルーズタイプとベクタードスラストタイプです。ベクタードスラストタイプは、離着陸する際には垂直方向に、巡航する際は水平方向に、翼やプロペラの方向を変えることに特徴があります。リフト・クルーズタイプは、巡航用と離着陸用にそれぞれ専用のプロペラを備えています。どちらも外観的には複数のプロペラを備えた飛行機のイメージです。

これらの3タイプは、離着陸の環境や求められる飛行距離など利用ニーズの違いに応じて使い分けられていくと考えられます。

運航については、当面は従来の航空機と同様の流れで行われる見通しです。ほかの機体との接近や接触を避けるため、あらかじめ調整が行われた飛行計画に従い、パイロットの操縦により飛行します。

一方、将来自律飛行が実現すれば、出発地から目的地まで、その時々の最適なルートを自動的に選択し、パイロットなしで飛行するような運航形態も想定されます。

商用運航のルールづくりや導入フェーズの設定が進む

日本では2018年、経済産業省・国土交通省が「空の移動革命に向けた官民協議会」を設置しました。大阪・関西万博での飛行実現を目指し、各種ルールづくりを進めています(図2)。2024年4月に開催された第10回協議会では、万博での飛行実現に必要な制度整備が完了したことなどが報告されました。

また、空飛ぶクルマの中長期的な導入の方向性については、官民協議会が公表した「空飛ぶクルマの運用概念 Concept of Operations for Advanced Air Mobility(ConOps for AAM)」(2023年3月公表、2024年4月改訂)に示されています。ConOpsの中では、海外での議論との整合性を図るため、空飛ぶクルマのことを英語でAAM(Advanced Air Mobility)と呼び、AAMの段階的な導入フェーズを設定しています(図3)。

図3 AAM導入フェーズ

本格的な普及に不可欠な「社会課題解決」への貢献

万博開催後は、空飛ぶクルマを日本の新たな交通インフラにするべく、商用飛行の実証段階を経て、その後本格的に社会実装していくことになります。その際、ぜひとも重視したいのが「社会課題解決」への貢献度です。空飛ぶクルマの特長を生かし、地域の社会課題解決につなげていくことができれば、交通インフラとしての普及の大きな原動力になると期待されます。

代表的な例として挙げられるのが、観光分野における「二次交通」としての活用です。二次交通とは、主要な駅や空港から観光地までの交通手段を指します。日本の各地域では、現地の路線バスの運行本数が乏しかったり、地形の関係で空港から観光地まで数時間かかってしまったりするような状況が少なくありません。空飛ぶクルマであれば、少人数の乗客でも、短時間のうちに目的地へ効率的に運ぶことが可能です。遊覧飛行を組み合わせることで、新たな観光需要を掘り起こすこともできそうです。自治体の期待は大きく、一部の自治体では、地元観光地を活性化するための二次交通として、空飛ぶクルマの導入が構想されています。

空飛ぶクルマの社会実装によって、地域のさまざまな社会課題の解決につながることが期待される(画像:Getty Images。機体はあくまでイメージです)

もう1つ有望なのは、救急輸送手段としての利用です。各地域の山間部などでは、救急車がすぐには到着できず、ドクターヘリ(救急医療専用ヘリコプター)についても「要請から15分以内に医師による治療を開始する」という目標の運航範囲外に位置する地域が少なからず存在します。低コストで高速移動を可能にする空飛ぶクルマは、この課題の解決にも大きく貢献するでしょう。現在、九州地方の自治体がこの観点から導入を構想しています。

多くの可能性が期待される空飛ぶクルマの実用化に向けては、社会課題解決を企業のビジネスチャンスに結び付けていくことが不可欠です。そのためには、航空機業界と他業界との連携を深め、この分野への異業種参入の余地を広げていくことが重要だと考えられます。

これは空飛ぶクルマが航空機であり、現時点でこの分野に参入できるのは事実上、航空機や航空装備品の開発・製造の技術を有する企業に限られているからです。

しかし、今後商用化に向けて量産体制を構築しようとすれば、自動車関連メーカーの知見は欠かせません。電気自動車(EV)の技術が応用できる可能性も十分あります。航空機業界が自動車業界などと協力して、互いの設計思想や品質・安全性に関する考え方などを共有することができれば、空飛ぶクルマの実用化に求められる技術力は飛躍的に高まり、日本の大きな強みとなる可能性が高いでしょう。これは民間企業だけの力では難しく、政府の政策的な支援も必要でしょう。官民が連携して、日本の強みを生かし、空飛ぶクルマの社会実装を進めていくことが期待されます。

※ 空飛ぶクルマとは「電動化、自動化といった航空技術や垂直離着陸などの運航形態によって実現される、利用しやすく持続可能な次世代の空の移動手段」である。
(空飛ぶクルマの運用概念 Concept of Operations for Advanced Air Mobility (ConOps for AAM) 第1版改訂A概要より。https://www.mlit.go.jp/koku/content/001739484.pdf
大木 孝(おおき・たかし)
モビリティ・通信本部 次世代テクノロジーグループ
2004年早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了後、三菱総合研究所(MRI)入社。衛星通信、リモートセンシングに関する調査研究業務に従事。近年は、ドローンや空飛ぶクルマの制度検討や研究開発・実証試験のプロジェクトマネジメント業務に注力。

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「空飛ぶクルマ」を活用した救急サービスの実現へ

空飛ぶクルマ社会実装のハードル

三菱総合研究所のスマートシティ・モビリティ事業

※このページは、『フロネシス24号 未来社会への新胎動』(東洋経済新報社刊)に収録したものを再構成したものです。

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