能登半島地震から考える超高齢社会・日本の防災 ウェルビーイングに寄り添い実効性ある防災へ

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能登半島の家々(能登半島地震発生以前に撮影)。今回の地震を特別な災害ではなく「自分事」として考えることで、能登地方の復興を後押しするのと同時に、日本全体としての防災・復興のあり方を考え直す契機としたい(画像:Getty Images)
深刻な過疎と高齢化が進む地域を襲った能登半島地震の発生から約半年が経過し、現地では復興プランの取りまとめが進みつつある。今回、三菱総合研究所(MRI)で防災・リスクマネジメント分野の研究・政策立案に取り組む研究員に、被災した地域の人々の内面やウェルビーイングに寄り添った、新たな防災施策のあり方について話を聞いた。超高齢社会を迎える日本では、多くの地域がこの地震と同様の事態に直面する可能性があるのだ。

能登半島地震は特殊事例ではない、日本の防災を見直す重要な契機 

2024年1月1日に発生した能登半島地震は、日本海側に突出した半島という特有の地形の地域を襲った災害であること、地盤が砂地だったため液状化現象が起こりやすかったこと、被災地域が全国でも有数の高齢地域であったことなど、過去の大地震とは違った特徴が数多く指摘されている。発生が元日だったため、帰省や旅行で当地を訪れた人々が被害に見舞われたことも特徴といえるだろう。

しかし今回の地震は特殊事例だったのかといえばそうではなく、むしろ今後の日本の防災を考えるうえで重要な示唆をもたらすものだったと考えられる。例えば、被害の大きかった輪島市や珠洲市の65歳以上人口比率は49%に上る※1が、これは多くの地方都市にとって近未来の姿でもある。2050年には、全国市区町村の3分の1がこの値を超える可能性があるからだ。また今回、孤立状態に見舞われた集落は石川県内で最大24地区※2だが、南海トラフ巨大地震では約1000~2000集落になると想定される※3

「今回の大地震で被害に遭われた皆様が直面された課題は、首都直下地震、南海トラフ巨大地震をはじめ、日本で今後想定される大災害においても十分起こりうることだと、私たちは考えています。ですから今回の地震を特別な災害と捉えるのではなく、自分事として考えることは、能登地方の復興を後押しするのと同時に、日本全体としての防災・復興のあり方を考え直す契機にもなるのではないでしょうか」(MRI研究員)

2次避難はなぜ進まなかった?――生活者の心情に寄り添う視点が必要

今回の地震でわれわれが学ぶべきことの1つは、高齢化がもたらす課題の多面性だろう。

暮らす人々が高齢化すれば、その住まいも老朽化しやすい。建て替えも進みにくく、仮に耐震基準が改定されても、古い基準の建物が「既存不適格建築物」という形で残りがちになる。

「いわば住む人々だけでなく、地域自体が高齢化していくということです。例えば、輪島市・珠洲市では、住宅の約半数※4が、昭和56年以前に着工されたものであり、耐震基準は現在より低い水準にありました。居住者が高齢になるほど住み替え・改善意向は顕著に低下することから、個人住宅の耐震化や住み替えは進まなかったと想定されます」(同)

今回の被災地で、古い木造住宅による直接死者数が多かったのも、このことと不可分ではないだろう。地域の高齢化が、災害対応や防災に多面的な影響を及ぼすことを改めて浮き彫りにしたといえるだろう。

能登半島地震発生以前に撮影された輪島市の様子。古い住宅に居住する高齢者が多い地域は、地域自体の「高齢化」が進み、災害対応や防災にさまざまな影響を及ぼす(画像:Getty Images)

もう1つ大きな課題となったのが、2次避難が進まなかったことである。

自宅での安全な生活が困難となった場合に、近隣の学校・公共施設などに避難することを「1次避難」、被災地から離れた安全な地域に避難することを「2次避難」と呼ぶ。2次避難が推奨されるのは、避難所生活が長期化すると「災害関連死」の発生が懸念されるからだ。熊本地震では県内の死者全体の約8割、東日本大震災では犠牲者全体の約2割を関連死が占めており、1人でも多くの命を守るため、2次避難の役割は重要だ。今回の地震でも、能登地域から一時的に離れ、石川県内や他道府県の旅館・ホテル等に避難する2次避難が呼びかけられた。

しかし実際には、2次避難が十分に実施されたとは言いがたい。石川県では1日当たり3万1128人として2次避難の受け入れ可能先を準備したものの、実際の受け入れ数は累計7613人、利用率は累計24%にとどまった(以上、2024年2月20日時点※5)。石川県は、避難所以外で生活する被災者向けに情報提供を行う窓口を開設しているが、窓口に連絡先を登録した1万1646人のうち、4417人が避難先を「自宅」、134人が「車中泊」と回答している。

「2次避難が進まなかった一因として、高齢化とともに地元に円熟したコミュニティーが形成されていることが影響していると考えられます。地域の役割分担や主治医の存在など、『長年のコミュニティー』と『それにひもづく日常』は、高齢者の生活を支える資源です※6。高齢になるほどコミュニティーの価値が重要になり、結果として住み慣れた場所を離れたくないという心情が強くなるのではないでしょうか」(同)

このことは、現実的かつ効果的な災害対策や復興施策を考えるうえで極めて重要だといえる。命を守るという観点からすれば、2次避難の推進は欠かせない。しかしその一方で、「2次避難しない」という決断の背景には、家族や自身の状況、仕事、長年住み続けた自宅や故郷への思いなど、生活者それぞれの切実な事情があるだろう。生活者の思いに寄り添いながら、いかに防災性を高めるか、われわれは難しい問いを突きつけられているといえよう。

「五層モデル」から考える、実効性のある防災施策

では、今回の震災を教訓に、今後どのような防災のあり方を目指すべきなのだろうか。

そのヒントとなりうる概念として、京都大学名誉教授である岡田憲夫氏が提唱する「五層モデル」が挙げられる。下図に示したように、都市や地域を構成する要素を五重の塔に見立てた概念モデルで、各層によって、変化に要する時間が大きく異なることを示している。日常生活に関わる「第5層」は変化させるのにそれほど時間がかからないが、文化・慣習に関わる「第1層」を変化させようとすれば100年単位の時間を要する、ということだ。

図1 地域・都市を構成する5つの層と各層に対応する防災対策例

この五層モデルを用いることで、より実効性の高い対策を検討することができる。

第1層の文化や価値観をすぐに変えるのは難しいが、2次避難に対する負担感を少しでも軽くする取り組みは、「第5層=生活活動の層」の範囲でも可能だ。能登半島地震の場合、2次避難受け入れ先の金沢市は輪島市・珠洲市から100km以上離れており、高齢者に避難を躊躇させた一因と考えられる※7。一方で、連携中枢都市圏構想※8や観光地域づくり法人※9のように、すでに防災以外では数十km圏域での自治体間連携の枠組みがある。このように日常生活圏域を共有する自治体同士が、災害時の2次避難でも協力できる関係性を事前に築いておけば、少なくとも移動の負担は減らせる。さらに普段から住民同士の交流も深めておくことができれば、しだいに人々のコミュニティーが形成され、2次避難の精神的な負担も軽減できるかもしれない。

「仮に防災に対するニーズを自治体や圏域で受け止めきれない場合でも、防災を直接の目的としないこれら既存の連携施策を活用しながら、ニーズの集約・調整を担うことによって、防災施策の実効性を高めることが重要だと考えています」(同)

また前述のように、高齢者の住宅改善意向は乏しく、個人住宅の耐震化は時間がかかるだろう。しかし地域と事業者が連携して、老人ホームや病院などの耐震化を積極的に進めたり、災害リスクの少ない立地に率先して移転させたりするといった施策は可能だ。相応の時間はかかるが、こうした施策をきっかけに高齢者の防災意識を醸成し、個人住宅の耐震化や移転も少しずつ誘引できるかもしれない。都市機能が災害リスクの低い立地に徐々に集約されれば、高齢者の安全確保にとどまらず、災害時の消防・警察・自治体などの負荷軽減にもつながる。これは「第4層=土地利用・建築空間の層」の施策といえる。

図2 五層モデルと地域防災のあるべき姿

「現代社会では、ビジネスにしても政策にしても、どうしても短期的な成果を求めがちです。しかし街づくりや地域防災はまさに『百年の計』で、100年単位の長期的視点でどのような地域社会をつくり、守っていくかを考えることが不可欠です。そのうえで、今できることを先送りせず、第5層から第1層まで、平時から少しずつ着実に取り組んでいく。そうしなければ地域は強くなりません。これが五層モデルの示唆するところだと思います」(同)

今後の日本の防災を考えるときに、もう1つ重要な視点がある。それは、地域行政と市民の関係性強化だ。仮に第1~5層の特徴を踏まえて魅力的な施策を考えたとしても、自治体や公共機関と市民とのコミュニケーションが希薄で、信頼関係が乏しければ、決してうまくいかないだろう。

「納税―徴税だけの関係にとどまるのではなく、地域行政と市民が親密なコミュニケーションを重ね、互いの課題感やビジョンを共有していくことが、地域社会を強くするはずという仮説をわれわれは持っています。今後当社としても、多様な企業・自治体等とも連携しながら、このような地域社会の実現に向けた試みに挑戦していきたいと考えています」(同)

山口 健太郎(やまぐち・けんたろう)
政策・経済センター
被害想定からリスクコミュニケーションに至るまで、幅広く安全に係る政策の立案を支援。2021年より研究提言チーフとしてレジリエンス分野での自社研究の取りまとめを担当する。大学院で教壇に立ちリカレント教育にも従事。博士(工学)、広報・情報学修士(専門職)。
古市 佐絵子(ふるいち・さえこ)
政策・経済センター
人生100年時代、子どもたちには、大人になることを楽しみにしてもらいたい。一人ひとり、その人らしく暮らし続けられる社会の実現に向け、人々を有機的につなぐものからデジタル化・DXまで、あらゆる方法を視野に、官民共創の仕組みづくりに取り組む。4児の母でもある。
山崎 大夢(やまざき・ひろむ)
社会インフラ事業本部
住まい・産業・防災などさまざまな分野の課題が複雑に積み重なる中、都市・地域社会を対象に、先端技術の活用やDXを推進しながら、持続可能な運営・魅力創出の実現に取り組む。中長期的な戦略・施策の検討、事業計画検討、地域実装支援等を支援する。

●関連ページ

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能登半島地震から「超高齢社会」防災を考える――生活者目線で組み立てる地域の防災

新しい防災に求められる「個人に寄り添う支援」――能登半島地震の「2次避難」から考える

※1:石川県輪島市, 令和4年度人口集計表
https://www.city.wajima.ishikawa.jp/docs/2017050900011/file_contents/R541.pdf(閲覧日:2024年3月27日)
石川県珠洲市, 地域・年齢別人口(2023年7月31日現在)
https://www.city.suzu.lg.jp/site/opendate/4896.html(閲覧日:2024年3月27日)
※2:石川県災害対策本部員会議, 2024
https://www.pref.ishikawa.lg.jp/saigai/202401jishin-taisakuhonbu.html#honbu(閲覧日:2024年3月27日)
※3:中央防災会議, 2013, 南海トラフ巨大地震の被害想定について(第二次報告)~ 施設等の被害 ~【被害の様相】
https://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/taisaku_wg/pdf/20130318_shiryo2_1.pdf(閲覧日:2024年3月27日)
※4:輪島市の耐震化率は45%、珠洲市の耐震化率は51%、全国の耐震化率は87%である。
資料:輪島市耐震改修促進計画
https://www.city.wajima.ishikawa.jp/docs/2018063000019/file_contents/taishin_20200401.pdf(閲覧日:2024年3月1日)
珠洲市耐震改修促進計画
https://www.city.suzu.lg.jp/uploaded/attachment/2024.pdf(閲覧日:2024年3月1日)
※5:石川県「令和6年能登半島地震による被害等の状況について(第94報 令和6年2月20日14時00分現在)」
https://www.pref.ishikawa.lg.jp/saigai/documents/higaihou_94_0220_1400.pdf(閲覧日:2024年2月29日)
※6:65歳以上の男女では、そのまま住み続けたいが最も多い(男性65~74歳51%、75歳以上75%、女性65~74歳58%・75歳以上33% ただし75歳以上女性のサンプル数は10名と少ない)。年齢が上がるほど「近隣住民や地域との交流・つながり」が必要であると回答する割合、参加している割合が増える(男性65~74歳88%、75歳以上94%、女性65~74歳81%・75歳以上100% ただし75歳以上女性のサンプル数は10名と少ない)。参加する理由では、おおむね高齢者層では「地域の活性化に貢献したい」という地域への愛着を示す回答が増える(男性65~74歳53%、75歳以上45%、女性65~74歳48%・75歳以上50% ただし75歳以上女性のサンプル数は10名と少ない)。
資料:国土交通省, 2015, 住生活に関する意識調査の結果概要
https://www.mlit.go.jp/common/001090307.pdf(閲覧日:2024年3月8日)
※7:藤見ら(2009)による新潟中越地震(2004年)被災者に関する分析は、「自宅からの距離」は、とくに、実際に被災した者の生活復興期における住宅選択の判断基準として有意な効果があることを明らかにしている。
資料:藤見俊夫・多々納裕一, 2009, 災害後の応急・復興住宅政策がもたらす便益フローの定量評価, 土木学会論文集D, 65巻3号, pp. 399-412.
※8:総務省の定義によると、「地域において、相当の規模と中核性を備える圏域の中心都市が近隣の市町村と連携し、コンパクト化とネットワーク化により「経済成長のけん引」、「高次都市機能の集積・強化」および「生活関連機能サービスの向上」を行うことにより、人口減少・少子高齢社会においても一定の圏域人口を有し活力ある社会経済を維持するための拠点を形成する」構想。
資料: 総務省
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_gyousei/renkeichusutoshiken/index.html(閲覧日:2024年2月26日)
※9:観光庁の定義によると、「地域の『稼ぐ力』を引き出すとともに地域への誇りと愛着を醸成する地域経営の視点に立った観光地域づくりの司令塔として、多様な関係者と協同しながら、明確なコンセプトに基づいた観光地域づくりを実現するための戦略を策定するとともに、戦略を着実に実施するための調整機能を備えた法人」のこと。
資料: 観光庁
https://www.mlit.go.jp/kankocho/page04_000048.html (閲覧日:2024年2月26日)