効率化だけでなく売上を伸ばす「生成AI活用術」 真の「営業DX」を加速し、競争力を向上させる
使いこなせないCRMが、営業を疲れさせている
――現在、企業が直面している経営課題は何でしょうか。
千葉 経営課題はコロナ禍で変わったと言われがちですが、実は「売り上げ・シェア拡大」「収益性向上」が重視されている傾向はずっと変わっていません。ところが、そのエンジン部分を担っている営業パーソンは、この20年間減り続けています。
総務省の調査(※1)によれば、その数は約160万人減ですから、深刻な問題です。担い手が減っているのに、売り上げを伸ばさなくてはならないので長時間労働が常態化し、それに見合った給料が得られずにモチベーションが落ち、離職者が増えるという悪循環となっています。
※1 出所:総務省統計局「労働力調査年報 職業別就業者及び雇用者数(販売従事者)」
しかも、労働時間の中身を見ると、調整や書類作成といった社内業務のほうが多いんです。見積書を出そうとするだけで、さまざまな部署に連絡を取って在庫確認をし、納期や値引き条件をすり合わせなくてはなりません。見積書を作成するのも、さまざまなツールやアプリケーションにアクセスする必要があります。
生産性を上げようとCRM(顧客情報管理)やSFA(営業支援システム)を導入しても、登録・更新作業に時間がかかってむしろ労働時間が増えたという声が多いんです。営業DXを進めたつもりが、業務を効率化できず、逆に顧客と向き合う時間が圧迫されるという本末転倒な状況となっています。
――CRMやSFAといった営業支援ツールが、逆に足かせとなっているというのは驚きです。
千葉 CRMやSFAが、マネジメントの管理ツールにとどまっているということでしょう。しかも、せっかく時間をかけて入力したのに、マネージャーが見るだけでフィードバックしなければ、データをためているだけになってしまいます。
この「CRM/SFA使いこなせない問題」は、日本だけでなくCRM先進国の北米でも起きています。どうやって営業パーソンがデータを利活用しやすい「セールスエンゲージメントプラットフォーム」を構築するかが、近年グローバルでの課題でした。
これを一気に解決しようとしているのが、生成AIの急速な進化です。CRMやSFAと組み合わせることによって、適切なインサイトが迅速に得られれば、顧客エンゲージメントの向上につながります。見積書や提案書も、顧客の必要な情報を瞬時に照合して作成できるようになるでしょう。
業務量削減と質向上を両立する「Copilot」の威力
――日本マイクロソフトの営業部門は、生成AIである「Microsoft Copilot」をフル活用していると聞いています。どんな効果が出ていますか?
綱島 圧倒的に楽になりました。社内アンケートでは83%の営業担当者が生産性を向上でき、67%はお客様との時間を増やすことができたと回答しています。
個人的に効果を実感しているのは、お客様から緊急でいただくメールや急ぎご回答が必要なケースです。このようなケースでは、プロジェクトや過去ご提案の背景、現状を踏まえ、適切かつスピーディな返信が求められますが、営業職としては、お客様からの1通のメール作成でもすごく悩むものです。Copilotを使う前は、お客様を思い浮かべながら「過去のデータおよびご提案資料はどうだったか」「このケースはどうしていただろう」「社内の直近の動きや部門を横断する関連メールはどのようなものであったか」とあれこれ考えつつ、CRMやさまざまな資料に当たるので、どうしても時間がかかっていました。
しかし、営業職向けに設計された「Microsoft Copilot for Sales」はCRMである「Dynamics 365」に接続しているので、単に文面作成をアシストするだけでなく、お客様の案件データにひも付き、必要な情報を盛り込んだ「営業活動に特化したメール」が数秒で完成します。
AIはよい意味で感情がないので、「お叱りを受けたから、ご提案自体を辞めたほうがいいかも」といった無用な忖度(そんたく)をせず、冷静に再考すべき点を提案してくれるので、添削と意思決定に集中できます。「丁寧に」「懸念を表明して」といった指示を加えれば、クレームへの返信といったセンシティブなメールもすぐにできます。英語への翻訳も一瞬です。
日中は商談や会議などが詰まっているので、メールや提案書の作成は業務時間外に行うことが多かったのですが、Copilotを使うようになって、そこに費やす時間がいかに長かったか改めて気づかされました。スマホにも実装されているので、移動中などのスキマ時間にできることも増えましたね。
CRMへの登録・更新作業をする必要もなくなりました。以前はつい後回しにして忘れてしまうこともあったのですが、今はOutlookの右側に出てくるアドイン画面でボタンを押すだけです。使い慣れたアプリ内なので心理的にも技術的にもブロックがなく、スムーズに生成AIを使いこなせるようになりました。
千葉 心理的・技術的なブロックがないのは大きいですね。「CRM/SFA使いこなせない問題」の原因の1つに、顧客データを集めても情報量が多すぎるということがありました。生成AIによって、これまで「入力者」止まりだったのが、ようやく「活用者」になれるのではないでしょうか。
綱島 日本マイクロソフトでは、10年前から営業DXに取り組んでいまして、顧客のデータはすべてCRMに集めてダッシュボードで確認できるようにしているんです。しかし、データの分析は自分なりにするので、どうしても固定観念が入るんですね。
その点、Copilotは冷静にインサイトを提供してくれます。クロージングまでの期間がどうなっているか、営業部門全体の生産性がどうかといった管理職なら誰もが知りたい情報も教えてくれるんです。だから逆に、的確に考え、意思決定できる力を伸ばしていかないと使いこなせなくなると感じています。
営業部門が生成AIを適切に使いこなすコツ
――「CRM+生成AI」によって構築されるセールスエンゲージメントプラットフォームが、ワンランク上の営業力を引き出すことにもつながりそうですね。そこで、営業部門が生成AIを使いこなすのに何が必要なのか、改めて教えてください。
千葉 重要なのは、その企業に最適化したプラットフォームにするということです。しっかりとデータを収集し、タグ付けをして、表記揺れなどを根気よくクレンジングしていくことがまず大前提です。機密情報へのアクセス制御や、必要に応じて匿名化をしておくことも必要です。そうしないと、ハルシネーション(※2)が多発してしまいます。
※2 ハルシネーション:AIが事実に基づかない情報を生成する現象のこと。
加えて、適切に生成できるプロンプトの作成や効率的にナレッジを共有するといったルール策定も必要です。そのうえで業務の中に組み込まないと、やはり機能しません。日本マイクロソフトさんがスムーズに生成AIを活用できているのは、10年前からデータの収集とクレンジングをしていることと、日常業務で使うデータがすべて連携されていることが大きいのではないでしょうか。
綱島 ご指摘どおり、全社員が日常的に使っているOutlookやTeams、SharePointなどMicrosoft 365アプリの行動データから、CRMなどの業務アプリに至るまで、全社的にデータエコシステムができているのは、AI活用において大きなアドバンテージだったと思います。さらに、役員を含めてプロンプト集を共有し、合宿なども行って全社で使いこなせるようにすることで、「生成AI+α」が持つ価値を自ら体現することに全力を注いでいます。
千葉 EYでも独自の社内生成AIツールを使っています。それで感じるのは、個々の力を伸ばしつつ、そのノウハウやナレッジを共有できるということです。グローバルでプロンプトを共有していると、全体的な底上げにももちろんつながりますが、それ以上に伸びる人がどんどん伸びるんですね。独自の強みを高めるとともに、マネジメントのみならず、企業経営のあり方が変わっていく予感がしています。
綱島 まさに、Copilotはそれぞれの組織の強みを伸ばす方向へ進化しようとしています。昨年発表した「Microsoft Copilot Studio」というローコードツールを使うと、特定のニーズに応じた独自のCopilot を構築することもできます。これにより、従来の業務の生産性向上だけではなく、新たなビジネスやサービスの構築も可能になります。私たち営業部門は、そうした効果的な生成AI活用法を次々に生み出してお客様に伝えることで、日本の競争力向上に貢献していきたいと思っています。
⇒Microsoft Copilot for Salesについて詳しくはこちら