障害者スポーツ支援が企業ブランディングに貢献 スポーツ庁が新プロジェクトを立ち上げて推進

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室伏広治 スポーツ庁長官、朝倉研二 長瀬産業株式会社 代表取締役会長
障害者スポーツを支援する民間企業が少ない中、化学系専門商社の長瀬産業はパラアスリートを社員に迎えるなど、障害者スポーツを積極的に支援している。企業が障害者スポーツを支援するメリットはどこにあるのか。「U-SPORT PROJECT」を立ち上げたスポーツ庁の室伏広治長官と、長瀬産業・朝倉研二代表取締役会長が障害者スポーツの未来を語る。

パラアスリート支援で生まれる一体感

室伏広治長官(以下、室伏):なぜパラアスリートを支援しようと?

朝倉研二・長瀬産業会長(以下、朝倉):知人の紹介で会った全盲のランナーである和田伸也選手と話すうちに、パラアスリートの練習環境や生活が安定しないという現状を知って愕然としました。これは何とか支援したいと思い、2018年に和田選手を社員として迎えることにしました。当初は、とくに社会貢献ということを意識していたわけではありませんでした。

室伏:和田選手と、ガイドランナーの長谷部匠選手を支援して会社は変わりましたか?

室伏広治 スポーツ庁長官
室伏広治 Murofushi Koji スポーツ庁長官。1974年生まれ。中京大学大学院体育学研究科博士課程修了。元ハンマー投げ選手。2004年アテネ五輪で金メダル、12年ロンドン五輪で銅メダル。11年第13回世界陸上競技選手権で金メダル、日本陸上競技選手権大会20連覇。20年10月から現職

朝倉:国内外に約7220人の社員がいるのですが、“障害者スポーツを支援している”という一つの価値観を共有することで、会社の一体感が驚くほど高まりました。

室伏:アスリートが頑張る姿に、社員の皆さんも勇気づけられますね。

朝倉:長瀬産業はBtoB企業で、社員が家族に仕事内容を理解してもらえない面がありました。ところが、今は「お父さんの会社は障害者スポーツの支援をしている!」などと家族への認知が広がることで、社員のモチベーションが上がっていると感じます。

企業やスポーツ団体などで協働する「U-SPORT PROJECT」

室伏:確かに、障害者スポーツに対する価値観の共有が大切だと認識しています。東京2020パラリンピック競技大会で障害者スポーツの認知度は向上しましたが、競技団体の活動基盤には差があります。そこでスポーツ庁が立ち上げたのが「U-SPORT PROJECT」です。民間企業や障害者スポーツ団体、地方公共団体の連携体制の構築などを目的とするプロジェクトです。

プロジェクトでは、民間企業、障害者スポーツ団体、地方公共団体などから構成されるコンソーシアムを立ち上げます。そして、コンソーシアムに加盟していただいた方々による意見交換会や、ともにスポーツの普及をするためのモデル事業の実施、好事例の横展開につながるような取り組みなどをしていきたいと考えています。

プロジェクトの趣旨に賛同いただける企業に参加していただくことで、さまざまな新しい取り組みが生まれることを期待しています。もちろん、「WPA公認 NAGASEカップ陸上競技大会」のような企業冠大会ももっと増えるよう、そうした取り組みも後押ししたいと考えています。

朝倉:現在は、パラアスリートが困っているという事実に気づいている企業が少ないと思います。スポーツ庁に尽力いただき、会社側はトップダウンで支援の輪を広げていく必要があると感じます。

障害の有無に関わらない、インクルーシブ大会の魅力

朝倉研二 長瀬産業株式会社 代表取締役会長
朝倉研二 Asakura Kenji 長瀬産業株式会社 代表取締役会長。1955年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、長瀬産業に入社。2009年4月に執行役員。15年4月に代表取締役社長就任。23年4月から現職

室伏:2022年から長瀬産業が特別協賛する「NAGASEカップ」は、アスリートが障害や年齢、国籍などに関係なくレースに挑む “インクルーシブ”な競技大会ですね。

朝倉:和田と長谷部がメダルを持って小学校を訪問すると、子どもたちが本当に喜んでくれます。その光景が印象的でした。だから、子どもたちがパラアスリートと一緒にレースに参加できる大会をつくりたかったんです。

室伏:健常者と障害者が同じ土俵でスポーツをするのは、世界でも珍しいと思います。

朝倉:「NAGASEカップ」では、健常者とパラアスリートの真剣勝負が繰り広げられます。

室伏:障害者スポーツへの見方が変わるチャンスですね。「NAGASEカップ」のモデルを全国に広めていきたいです。

企業とパラアスリートがつくるインナーブランディング

和田伸也選手、長谷部匠選手
第2回「NAGASEカップ」にて、和田選手(左)と長谷部選手(右)。
和田伸也 Wada Shinya 全盲のランナー。2018年9月長瀬産業に入社。東京2020パラリンピック競技大会 では、1500mで銀、5000mで銅メダル獲得、24年2月には第72回別府大分毎日マラソン大会で世界新記録(T11)をマーク
長谷部匠 Hasebe Takumi 2022年2月長瀬産業に入社。19年より和田伸也選手のガイドランナーとして東京2020パラリンピック競技大会、パリ2023世界パラ陸上競技選手権大会などの大会に出場

朝倉:リオ2016パラリンピック競技大会の後に多くの企業がパラアスリートの支援を始めました。でも、好成績が残せないとわかると支援をやめてしまうケースもあって……。

室伏:本当に残念です。選手が育つまでには時間がかかります。企業には長い目で見ていただきたいです。

朝倉:パラアスリートの支援には宣伝効果もありますが、それがすべてではありません。アスリートが夢に向かって努力し挑むプロセスを肌で感じることは、企業全体のインナーブランディングにつながります。

室伏:それには支援されるアスリート側の意識も変えていく必要がありますね。アスリートはただ成績を追うのではなく、自分自身が社会課題に対して前向きに取り組む姿勢を持ってほしいと思います。

朝倉:支援する側とされる側が共に社会貢献を目指す“いい循環”ができるといいですね。

未来の障害者スポーツに向けて

室伏:今年は「神戸2024世界パラ陸上競技選手権大会」と「パリ2024パラリンピック競技大会」が開催されます。スポーツ庁としてもサポート体制をしっかりと充実させていきたいと思います。

朝倉:ぜひ皆さんに生の障害者スポーツを見ていただきたいです。

室伏:車いすラグビーはぶつかり合う音もすごくて、迫力がありますよね。

朝倉:そうなんです! 障害者スポーツの面白さと臨場感を、ぜひ会場で感じてもらいたいですね。

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スポーツ庁では、2023年度から、U-SPORT PROJECTを立ち上げました。このプロジェクトでは今後、障害者スポーツを支援する企業などから構成されるコンソーシアムを結成するほか、障害者スポーツと積極的に連携する企業を認定する制度をスタートする予定です。
→ 詳細はU-SPORT PROJECTのホームページでご案内していきます