地球沸騰化抑制の切り札、日本発の技術を世界へ ダイキンCOP28出展主導したリーダーの奮闘
※1 国連気候変動枠組条約第28回締約国会議の通称
省エネエアコンの普及は世界の喫緊の課題
地球沸騰化の時代を迎えた今、エアコンはもはや命を守るインフラだ。世界全体で人口が増えていることなどが影響し、国際エネルギー機関(IEA)は2050年までに全世界のエアコンの稼動台数が約3倍の56億台になると予測している。現在エアコンは世界の電力使用の約1割を占めており、エネルギー消費量が大きいエアコンの台数が増えることでさらに多くの温室効果ガスが排出され、環境負荷の増大が懸念される。だからこそ、岩澤氏は「グローバル170カ国以上で広くエアコン事業を展開するダイキンの果たすべき役割は大きい」と感じているという。
23年に開催されたCOP28では、「エネルギー効率の改善率を2030年までに2倍に高める」という宣言が出された。世界全体のエネルギーを考えると、電力消費量の多いエアコンの効率を上げることが喫緊の課題となり、COP28で気候変動対策における「冷房」の役割が初めて議題に上がった。
そうした中、空調専業メーカーであるダイキンのブースが注目を集めたのは自然な流れだろう。ところが、展示されたのは日本では当たり前に使われている、省エネ技術「インバーター」を搭載したエアコンだった。約40年前から確立されている省エネ技術を、なぜこの緊急時にアピールしたのか。ブースのリーダーを務めた岩澤氏は「自分たちの子どもや未来を担う若い次の世代のためにも、『今できること』に早急に着手しなければならないからです」と語気を強めて説明する。
「日本国内では、省エネ法による規制値が高いためインバーターなしのエアコンは実質販売できません。しかし、世界ではまだ普及が遅れており、例えばインドネシアでは12%、米国では10%の普及率にとどまっています(下図参照)。インバーターを搭載すれば、インバーターなしのエアコンと比較して50%以上の省エネが可能※2となり、すぐに温室効果ガス削減に貢献できるということを各国政府の関係者に知っていただきたいと考えました」
岩澤氏自身、これまで出張等を通じて新興国の実情を見てきた中で、省エネ性の高いエアコン普及の必要性を感じてきた。だからCOP28の初出展に積極的に取り組み、自らブースのリーダーに手を挙げた。
「地球温暖化の影響を大きく受ける若者世代の生活を守りたいという想いもありました。例えばアフリカの経済大国ナイジェリアは、平均年齢が18歳程度と若者が多い国です。2040年代には人口が4億人に到達※3し、世界第3位になるだろうと予測されていますが、エアコンの普及率はまだ5%にも満たない状況です。小さな子どもを含めた多くの若者たちが、気温が上昇する中でエアコンなしで生活しています。こうした国でインバーターエアコンを普及させることで、現地の人々が置かれている厳しい状況を一刻も早く改善しなければなりませんし、同時にこれからエアコンが普及する国で省エネであるインバーターエアコンの導入を進めることが必要です」。岩澤氏は大きな危機感を抱いている。
世界の省エネ基準の導入が想像以上に遅れている
世界全体で見るとインバーターエアコンの普及は遅れている。それはなぜなのか。最大の理由は、省エネ性能を適切に評価するための基準や、エアコンの省エネ性能をラベルで表示する「省エネラベリング制度」が導入されていなかったり、導入されていたとしても基準値が不十分なため省エネ性能が低いエアコンが販売できてしまうことにあると岩澤氏は指摘する。
「日本は海外に比べると非常に省エネの取り組みが進んでいるのです。エアコン売り場に行けば省エネラベルで年間の消費電力量や削減される電気代の目安が一目でわかります。ところが省エネ基準や省エネラベリング制度が導入されていない国の場合、壁一面にエアコンが並んでいて、価格しか表示されていません」
海外でもインバーターエアコンも販売されてはいるが、省エネ性能やランニングコストの比較もできないため、購入価格が手頃なインバーターが搭載されていないエアコン(ノンインバーターエアコン)が選ばれがちだという。日本同様に省エネ基準を導入すればいいと考えたいところだが、話はそう簡単ではない。「省エネ基準の導入によって、どのくらいエネルギー消費量や温室効果ガスが削減できるのか効果が見えないと、なかなか政策として反映されないのが現実」(岩澤氏)なのだ。
「これまでダイキンは、さまざまな国でインバーターエアコンの実証実験を行い、その国で実際にどれほどの省エネ効果を発揮するかを検証したうえでインバーターの普及活動を行ってきました」
例えばブラジルでは、JICA(国際協力機構)や現地の大学、NGOと連携して実験を積み重ね、データに基づいて「エネルギー効率の悪いエアコンが増えると新たな発電所を建設する必要がある」といった政策シナリオを用意。政府との対話を繰り返し、省エネ基準の新設や改正に貢献した。COP28への出展は、同様の取り組みをグローバルで推進するアドボカシー活動(社会課題解決のため政策提案活動)の一環でもある。
「COP28では、各国のアドボカシー担当者と早くから出展のコンセプトや展示内容を詰めていきました。とりわけ、開催国であるアラブ首長国連邦(UAE)や、インバーターエアコンの普及率が先進国の中では低い米国、今後エアコンが激増すると予想されるインドのメンバーには現地でも参加してもらい、グローバルチームを編成しました」
体感展示キットで各国の政策関係者にアピール
難航したのは展示の内容だ。「エアコンに詳しくない人でも『インバーター』を直感的にわかるようにするにはどうすべきか、頭を悩ませました。過去の経験から、口でいくら説明してもなかなか伝わらないことはわかっていたので」と岩澤氏は明かす。
ノンインバーターエアコンは、設定温度に到達すると動作が停止し、室温が上がれば動作を開始する。ON・OFF時に最も消費電力量が上がるため、エネルギー効率が悪い。それに対してインバーターエアコンは、設定温度まではフルパワーで、その後の温度調節は細かく制御できるため、エネルギー効率が50%以上も改善する。エアコンで最もエネルギーを消費する圧縮機を心臓に例えれば、インバーターは心拍数を適切にコントロールできる技術だ。
「チームで議論を尽くした結果、エネルギー消費を体感できる仕掛けが必要だという結論になり、プラスチックの使用を最大限回避するために木材で展示キットを作りました。ノンインバーターエアコンとインバーターエアコンのエネルギー消費量の山形と波形のグラフを手押し車で表現し、手で回した時に感じる抵抗感でエネルギー消費量がどこで大きくなるかがわかるようにしたのです」
波形のほうは、いったん回せばそれほど力を加えなくても回っていく。それに対して山形は山の頂点へ到達しようとするたびに力が必要だ。ブースを訪れた各国の政策担当者は、この展示キットを手で回しながらスタッフに説明を受けることで、理解を深めていった。
「とくにこれからエアコン需要が伸びていく新興国の関係者は、インバーターエアコンがエネルギー消費量を大きく減らせることにかなり驚いていました。今回のCOP28は冷房がトピックとなったのでエアコンに対する関心は高かったのですが、今後の需要予測や省エネ技術については、やはり知らない方が多かったので、インバーター技術のインパクトは大きかったようです」
すでに製品として普及している技術のため、すぐに展開が可能で効果が期待できる点も評価が高かったと岩澤氏。政策担当者にとっては、実際にどのような政策を導入すれば効果的なのか、その施策の確実性が気になるところだが、前出のブラジルのほかインドやUAE、サウジアラビア、メキシコなどでのアドボカシー活動の成功事例に対する反応も良好だったという。
「これまで、エネルギー戦略や脱炭素技術というと、新技術が注目されがちでした。しかしCOP28では、地球沸騰化といわれるほどの足元の状態をどうするか、従来以上に真剣な話し合いがなされていました。既存技術で今すぐエネルギー効率を大きく改善できるインバーターエアコンの市場づくりを急ピッチで進めていくことが、空調専業メーカーとしてのダイキンの社会的使命だと改めて痛感しています」
岩澤氏の言葉どおり、ダイキンは世界の省エネエアコンの普及を積極的に進めている。COP28では、エアコンの温室効果ガス抑制に向けた取り組みを各国に求める「Global Cooling Pledge(世界冷房誓約)」の支持を表明。2024年の夏からは、JICAと連携してナイジェリアの支援プロジェクトも開始する予定だ。アフリカにおけるプロジェクトは、これが初の試みとなる。
「これだけ世界的に気温が上昇しているのは危機的な状況です。エアコンがないことで赤ちゃんの命の危険があるといったリポートも報告されています。私自身も子どもを持つ親として、すごく身につまされるものがあり、省エネ効果の高いインバーターエアコンを世界に普及させていく活動には非常にやりがいを感じています」と岩澤氏は熱く語る。
未来の地球を守るため、世界中の人々に快適な空気環境を届けながら、ダイキンはエアコンの省エネ化とその普及にこれからも力を尽くしていく。