落合陽一がNotionで実践する「共有知」の活用法 企業を悩ませる「AIの正しい使い方」解決策は
生成AI「使う人、使わない人」で生じるギャップ
――日本における生成AIサービスの活用状況をどのように見ていますか。
西 新しいテクノロジーは時折登場して世間を驚かせますが、今回のLLM(※1)については、当初、日本の大企業や官庁の反応は非常によかったと思います。ところが、それは初速のみ。今では海外のほうが活用が進んでいる印象です。
※1 生成AIの種類の1つである「大規模言語モデル」の略。大量のデータとディープラーニング(深層学習)技術を使用して構築され、人間のような自然な言語生成や、理解を実現するための自然言語処理に特化している
落合 僕の周りはめちゃくちゃ使ってます。とくに学生ですね。うちの研究室は、卒業論文も修士論文もすべて英語で書いてもらっています。日本人が英語で長い文章を書くのはなかなか大変ですが、そうしないと日本以外で読んでもらえないので。
生成AIの登場以前は、学生の英語はお世辞にも読みやすいとはいえませんでした。しかし今はみんな生成AIが出力した内容をベースに書くから、とてもきれいな英語になった。ライフスタイルがまだ決まっていない10~20代の人たちは、そうやって何の抵抗もなく普通に組み込みながらやっています。
一方、業務フローやライフスタイルが決まっている人たちは、あまり使えていない印象です。世界で見ても、生成AIサービスのユーザーは数億人近いといわれているのに、最近はやったサービスのAPIキー(※2)をたたいている人は、昨年末の時点でユーザー全体の数%程度しかいなかったそうです。積極的に使う人とそうでない人とでは、生産性のギャップがとんでもなく大きくなります。ここに断絶がある気がします。
※2 ソフトウェア同士が情報のやり取りをするためのインターフェース(API)を利用する際に、APIサービスの提供事業者から発行される認証情報
西 将来AIが人間と置き換わっていくという議論がよくありますが、実際はAIを使いこなす人間が使わない人間と置き換わっていく、といったことが進みつつあります。とりあえず使わなくても、目の前の仕事ができて不便を感じない人や企業は、気づいたときにはもう置き去りにされているかもしれません。
落合 そのとおりです。僕はアーティストで研究者で起業家ですが、どの仕事にも手詰まりは起きます。起業は大体うまくいかないものだし、研究もそう。作品制作は自分が納得するかどうかですが、目指すものが高いとやはり壁にぶち当たるわけです。
では、手詰まりしたらどうするか。基本は人に聞くか、自分で悩むか、誰かに頼むかですが、今やAIに聞けばかなりの確率で手詰まりがなくなります。実際、昨夜は作品制作でコードを書いていて苦労したのですが、生成AIに聞いたら、「メモリをこういうふうにアロケーション(割り当て)したら滑らかに動く」といった明確な回答をくれて、そのとおりになりました。昔だったら人を探して共同研究で200行くらいのコードを書いていたところですが、昨夜は2時間で解決しました。
僕のようにフェイル(失敗)中心の仕事をしている人は、もう自然に生成AIを使うと思います。逆に、失敗しないことを前提とした業務フローで動いている人は、AIで効率が高まることに気づきにくい。そうなると使う人と使わない人でギャップが開くと思いますが、別に使わない人たちがいなくても経済は回りますから、それでもいいのかなと笑。
西 ただ、企業としてはやれることがあると思います。例えばLLMで自社サービスをつくるのも1つの方法でしょう。ユーザーとして生成AIサービスを使うだけだと、とくに非エンジニアは受け身になりがちです。多いのが、「ユースケースがよくわからない」という反応です。しかし、自社が提供者になれば、事例主義から脱却して積極的に考えられるようになるのではないでしょうか。
生成AIは、日常業務の延長線で無意識に使える
――生成AI活用が失速しているのは、サービス提供側にも原因があるのでしょうか。
西 生成AIが使われない理由は3つあります。
1つは、日常業務の延長線で使える状態になっていないこと。日常業務をしているときに、「さあ今から生成AIツールを立ち上げて使おう」とはならないわけです。2つ目は、公開情報より自社に蓄積されたナレッジを活用したいという企業のニーズに応えるソリューションが少ないこと。そして3つ目は、新しいテクノロジーにそれほど関心が高くない非エンジニアに対して「こういうユースケースがあります」といったサポートが乏しいこと。
これらは企業側の課題であると同時に、生成AIサービスを提供するベンダー側の課題でもあります。
――「Notion」は2023年2月から順次、生成AI機能を実装しています。具体的にはどのような機能でしょうか。
西 Notionは1つのソフトウェア上で、知識をためておくWiki的な使い方と、プロジェクト管理、そしてドキュメント管理ができるコネクテッドワークスペースです。複数のチームやメンバーが複数のツールで仕事をすると、情報が属人化・サイロ化してわかりづらくなりますが、Notionはその問題を解決します。
一方、情報を1カ所にまとめると、エンジニアと非エンジニアで使い方から違って、どちらかにUIを寄せるともう一方が使いづらいといったことが起こりがちです。Notionはブロックを自由に組み立てるように、柔軟性を持って自分好みの管理が可能。みんなで情報を共有できて、かつ自分になじむやり方で管理できることが特徴です。
落合 僕もNotionユーザーです。研究室で使い始めたのは17年から。プロダクトができたのは16年だから本当に初期からのユーザーです。具体的には、大学に出す申請書の書き方から、Wi-Fiの設定方法、特許申請のやり方、合宿のしおりまで、ありとあらゆる情報をWiki的に載せています。
プロジェクト管理も重要。次のミーティングがいつで誰が参加するのか、何をやらなくちゃいけなくて締め切りはいつなのかをみんなで共有していますが、僕は1人で50人の学生を見ているので、Notionがないと仕事が回りません。
西 ありがとうございます。「Notion AI」は、今ご紹介いただいた機能にまたがるサービスをサポート機能として追加しています。
まず23年2月、ドキュメント管理に文章の作成や編集、外国語の翻訳やコンテンツの要約をAIがサポートする、新たなライター機能を実装。5月にはNotionのデータベースにある会議の議事録や、プロジェクトに関するドキュメントをAIが要約する自動入力機能、11月には「Notion AI Q&A」として、Notionに自然言語で質問すると、ワークスペースの情報を理解したうえで回答してくれる機能を実装しました。もともとの機能の後ろで生成AIが動いてサポートしてくれるイメージです。
大切なのは、Notionから離れずに生成AIを使えるということ。創業者のアイバン・ザオは、「生成AIの普及には、LLMが動いていることを感じさせないインターフェースが必要で、Notionはインターフェースでイノベーションを起こす」と話しています。実際、Notionのユーザーは、Notion AIの利用率が非常に高い。おそらくその多くが、LLMを立ち上げているということを意識することなく使っていると推測しています。
もともと組織内のナレッジを活用するツールなので、自社の情報を基に生成AIを使いたいというニーズにもNotionは応えられます。また、Notionには自分が使っているものをそのまま人にテンプレートとして渡す機能もあり、組織内でいいユースケースがあればそれを広げやすいと思います。
落合 テンプレートは良しあしですね。テンプレートだと、自分好みで画面をつくれるNotionの面白さが半減しかねません。生成AIを浸透させるには、Notionがアカデミアパックを強化して、学生たちに広げるのがいちばんいいんじゃないでしょうか。大学のノートをNotionで4年間取っていたら、もうなじんじゃって、就職した後も「この会社では使えないんですか」と言うようになりますよ。
1つ要望があるとすれば、今後バックエンドのLLMを自分でアクセスキーを突っ込んで選べるようになればうれしいかな。Notionに限らず、いずれすべてのSaaSはそちらの方向に行くでしょう。
西 すぐ社内にフィードバックします。Notionはまだ約600人の会社で、これからスケールアップするところ。今後もユーザーからのフィードバックを生かしながらサービスを進化させていきたいと思います。