「創薬大国ニッポン」復活へ、カギを握るのは? 創薬エコシステムでイノベーションを強化

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上野裕明会長
日本は世界有数の創薬大国である。ただ、創薬のモダリティ(医薬品の治療手段の分類)の変化に伴い、近年はその存在感が薄れつつある。革新的な新薬の開発は医療に貢献するとともに、経済にも大きく貢献する。日本の創薬力のポテンシャルを引き出すには何が必要なのか。日本製薬工業協会の上野裕明会長に、製薬業界の取り組みを聞いた。

かつて日本は世界2位の創薬国だった 

――日本の製薬産業を取り巻く環境をどのように見ていますか。

国内では新型コロナウイルス感染症が5類に移行し、経済活動が戻ってきました。一方、世界に目を向けると各地で紛争が起き、地政学リスクが引き続き高くなっています。製薬企業においては、いかにグローバルにビジネスを展開し、必要なサプライチェーンを確保するかが課題です。

そのような状況の中、海外で開発された医薬品が日本でなかなか販売されないドラッグラグ・ロスの問題も起きています。そうした状況を踏まえて、製薬業界としては必要な薬を継続的に生み出し、患者さんにきちんと届けられる環境を改めて整備しなければいけないと考えています。

上野裕明会長
日本製薬工業協会 会長
上野 裕明
(田辺三菱製薬 代表取締役)

今お話しした問題意識は、ここ数年で世の中の共通認識になってきたように思います。約2年前に厚生労働省の有識者検討会がスタート。昨年は政府の「骨太の方針2023」に、イノベーションの推進やドラッグラグ・ロスの解消が盛り込まれ、2024年度の薬価制度改革も、課題解決に向けた第一歩となると思います。製薬業界としてポジティブに受け止める一方で、その期待にきちんと応えていかなければいけないと気を引き締めています。

――「骨太の方針」では創薬力強化もうたわれ、それを受けて「創薬力の向上により国民に最新の医薬品を迅速に届けるための構想会議」が発足しました。日本の創薬力をどのように評価していますか。

実は医薬品を創製できる国は世界に10カ国前後しかありません。かつて日本は米国に次ぐ、世界2位の創薬国でした。今も世界有数の創薬国であることに変わりはありませんが、近年は順位が4~6位に落ちて、以前のような輝きを放てなくなっています。

※医療用医薬品世界売上上位100品目の国別起源比較における順位

背景にあるのはモダリティの変化、多様化です。以前は、医薬品と言えば飲み薬のような低分子薬が主流でした。サイエンスの進展に伴って、がんや希少疾患、認知症などにおいては、低分子で制御できるターゲットだけではなく、抗体や遺伝子治療、核酸、ペプチドなどのモダリティにまで広がってきました。日本は低分子の医薬品の開発に優れていただけに、新規モダリティへのシフトへの出足が鈍かったのではないかと考えています。

自国の創薬力が低下すると、長い時間軸で考えたときに患者さんや医療機関に薬を届けられなくなるおそれがあります。また、創薬は高度で多様な科学が集積する知識集約型産業であり、資源のない日本が世界と勝負できる産業の1つです。日本経済への貢献を考えても創薬力の強化は欠かせないでしょう。

モダリティの多様化とは?
モダリティとは「様式」「様相」を意味する言葉で、医薬品業界においては「医薬品の治療手段の分類」を指す。
20世紀は日本が得意とする低分子が創薬の中心だった。低分子医薬は、飲み薬などに含まれている化学の技術によって作られる合成医薬品である。
21世紀に入るとバイオテクノロジーを用いたバイオ医薬が台頭し始める。近年はさらにライフサイエンスの進化・発展により、ペプチド/タンパク質、抗体、核酸、遺伝子、細胞など、化学の技術だけではなくバイオ技術によるものや、それを組み合わせて作られる多様なモダリティが登場している。広い意味ではデジタル機器での治療も新規モダリティとなる。

ボストンに負けない「日本に適した創薬エコシステム」 

――創薬力を強化するには何が必要でしょうか。

モダリティが多様化したことにより、製薬会社1社がゼロから研究して世に送り出すところまでやるのは難しくなりつつあります。シーズ(創薬ターゲットや医薬品のもととなる化合物等)や新規モダリティの技術を持ったアカデミアやスタートアップ企業、CRO(医薬品開発業務受託機関)やCMO(医薬品製造受託機関)、そして製薬会社とが一緒になって協業するスタイルが非常に重要になってきています。

このような創薬バリューチェーンに関わる複数のプレーヤーが連携する基盤となるのが「創薬エコシステム」です。エコシステムはもともと「生態系」を意味する言葉ですが、創薬エコシステムとは創薬に必要なさまざまなプレーヤーが有機的に絡み合い、イノベーションを起こす環境のことを表現しています。

例えば米国の創薬エコシステムとして有名なボストンでは、創薬に関わる多くのプレーヤーが集積して情報交換などを日々行い、多くのイノベーションが生まれています。

一方、日本は関東と関西にある程度まとまったバイオクラスターがあるほか、北海道から沖縄まで各地にクラスターが形成されています。そこではそれぞれの特徴を生かして成果を生み出していますが、今後はそれぞれが繋がることにより、日本のポテンシャルを高められる余地があると考えます。地域の特性を生かしつつも各地が繋がる仕組みをつくって、日本に適した創薬エコシステムを形成することが大切です。

ポイントは人の繋がりです。創薬エコシステムでは技術や情報がやり取りされますが、それらは人の介在があって繋がります。ところが製薬業界に限らず日本は自分のところで閉じこもる傾向が強いように感じます。マインドを変えて、外と繋がることをよしとするカルチャーを醸成したいところです。

日本に適した創薬エコシステム像
※1 ヒト・モノ・カネの属性等を示す情報、メタデータ
※2 ベンチャーキャピタル。ベンチャー企業やスタートアップ企業に出資を行う投資会社
※3 国立研究開発法人日本医療研究開発機構
※4 スタートアップの事業成長をサポートする企業や団体
出所:日本製薬工業協会会長記者会見(2024年2月15日)資料

健康医療データの利活用で創薬が変わる! 

――創薬力強化に向けて、健康医療データの利活用も欠かせないと指摘されています。

健康医療データは、創薬のプロセスのそれぞれを変える可能性を秘めています。例えば研究のステップでは、これまで有効な治療薬のなかった希少疾患の患者さんについて、どのような遺伝的背景があるのか、あるいは病気になるまでにどのような経過をたどったのかといったデータを分析し、病気の原因を解明することで、今までできなかった新薬を生み出せる可能性があります。

臨床開発のステップでは、効果的な開発デザインの策定が可能になると期待されます。さらには、新薬の臨床試験は実薬を投与した群とプラセボ(偽薬)群で比較して効果を確認しますが、プラセボ群に割り当てられた患者さんは病気にもかかわらず実薬を投与されないわけです。

健康医療データを利活用すれば、プラセボ群との実比較をしなくても、当該疾患の患者さんの基本データと比較する事により、新薬の効果や安全性を評価する事ができ臨床試験を効率化できるかもしれません。さらに製品販売後においても、大規模のデータを収集、解析することにより、長期間の医薬品の効果の検証や安全性情報の管理に役立つ可能性があります。

――健康医療データの利活用は実際に進んでいるのでしょうか。

健康医療データは大きく分けて2つあります。1つは、健康診断などから得られる健康に関するデータ。もう1つは医療機関で診察、治療を受けた際の診療に関するデータです。どちらのデータも、現状は施設によってデータの集め方が違ったり、それを繋ぐインフラが十分ではありません。

――健康医療データはセンシティブで、提供に抵抗を感じる人もいます。

健康医療に関するデータは機微な個人情報であり、利活用させていただくに当たり、個人の権利利益の保護が大前提と考えています。患者さんの不安の中で大きいのは個人情報が漏洩して悪用されることと思いますが、創薬での利活用では、個人を特定する必要はなく、氏名や連絡先等、直ちに個人に到達できる情報を持たない形で、十分な安全措置をとって利用いたしますので、どうかご安心いただければと思います。

創薬には10年以上の長い時間を要するため、ご提供いただく患者さんがすぐにそのメリットを受けられない場合もあり、創薬に協力することの意義が弱く感じられるかもしれません。しかし、今ご協力いただくことで次世代の患者さんが救われます。製薬業界として、創薬の必要性や重要性について引き続きご理解いただくための啓発活動を続けていきます。

――「人生100年時代」といわれます。製薬業界の役割についてどうお考えですか。

高齢化で寿命が延びる時代は、健康でいられる時間を増やすことが大切です。世の中には効果的な治療薬がない疾患がまだあります。そこに向けて積極的に薬を出していくことが製薬業界に課せられた役割です。さらにいえば、病気ではない健康な方にも、より長くご自分の人生を全うしていただきたい。長寿化で私たちが果たすべき役割は今以上に大きくなります。しっかり貢献していきたいですね。

>>日本製薬工業協会のHPはこちら

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日本製薬工業協会