ソニーが挑む「コレクティブ・インパクト」とは? 今なぜ、子どもの「教育格差縮小」を目指すのか

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ソニーグループ株式会社 サステナビリティ推進部 CSRグループ ゼネラルマネジャーの石野正大氏と認定NPO法人キッズドア理事長の渡辺由美子氏
低所得家庭やシングルマザーの子どもたちの貧困・格差問題が今、大きな社会課題となっている。こうした中、子どもの「教育格差縮小」を目指し、ソニーが取り組んでいるのが、企業、NPO、行政などさまざまな主体が集合体となって、社会課題解決に取り組む「コレクティブ・インパクト」だ。今なぜ、ソニーはNPOや企業と協力して、子どもの教育格差の縮小を目指すのか。また、その先に実現したい未来について、ソニーグループ株式会社 サステナビリティ推進部 CSRグループ ゼネラルマネジャーの石野正大氏と認定NPO法人キッズドア理事長の渡辺由美子氏が語り合った。

見えにくい「日本の子どもの貧困・格差」

認定NPO法人キッズドア理事長の渡辺由美子氏
認定NPO法人キッズドア理事長
渡辺由美子

渡辺由美子氏(以下、渡辺) 私たちが、低所得家庭やシングルマザーの子どもたちの貧困・格差問題を是正するために認定NPO法人キッズドアを始めて今年で15年目になります。キッズドアでは政府がこの問題に着目する以前から、無料の学習支援や居場所型の食事提供事業、体験型学習支援などを提供してきました。

しかし、それでも子どもの貧困・格差の実態について多くの方が認識するには至っていません。厚生労働省が令和5年に発表した「国民生活基礎調査の概況」によれば、日本では子どもの貧困率は11.5%といわれており、ひとり親家庭では貧困率が44.5%にも達しています。実は日本の子どもの貧困問題は、見えにくいところで、私たちの想像以上に深刻になっています。

ソニーグループ株式会社 サステナビリティ推進部 CSRグループ ゼネラルマネジャーの石野正大氏
ソニーグループ株式会社 サステナビリティ推進部CSRグループゼネラルマネジャー
石野正大

石野正大氏(以下、石野) 私たちは社会貢献活動を長く行っている中で、重点領域の1つとして「教育」を掲げてきました。もともとファウンダーの一人である井深大が設立趣意書の中で、「国民科学知識の実際的啓発」をソニー創業の目的の1つに挙げています。実際、創業の十数年後には、子どもの理科教育支援のための教育振興資金贈呈を開始するなど、早い段階から会社の収益を社会に還元することに取り組んできました。現在では理科に限らず、子どもの好奇心や創造性を育む教育プログラムを展開しています。

その中でも、私たちは子どもの貧困・格差、とくに「教育格差」に着目しており、2018年から小学生を対象に「感動体験プログラム」を立ち上げています。これは教育格差が生じやすい小学生に対し、放課後の居場所などにおいて、ソニーのテクノロジーやコンテンツを活用した複数の体験プログラムを提供するものです。

渡辺 私がキッズドアを始めたのも、自分の子どもが小学生になるときに、それまで自分では想像もしていなかった、子どもの貧困・格差の実態を垣間見たからです。あるお母さんは、ひとり親で子ども3人を育てていたのですが、運動会や保護者会に一度も出席されていなかった。子ども3人を育てるために朝から晩まで働いていたからです。子どもたちはといえば、学校になじめず、夏休みも居場所がない。そこで私はそんな子どもたちをケアしたいと活動を始めました。

活動を始めた当時は高校受験が1つの壁で、子どもたちは公立高校に落ちたら働く道を選ぶしかありませんでした。しかし今では政府も、こども家庭庁をはじめとして積極的にこの問題に取り組んでおり、高校の無償化や給付型奨学金、児童扶養手当も拡充され、進学への道も開かれています。

ただ、現在子どもの貧困・格差問題が、昔と比べてより顕在化しているのも実情で、それは1億総中流といわれた時代が過ぎ去ったからです。中学受験を例に挙げても、収入のある世帯の子どもたちに限られた競争になっているきらいがあり、よい教育環境にいる子どもの教育はよりよくなり、その格差の差分が、今、これまで以上に大きくなっています。

「コレクティブ・インパクト」で活動が大きなうねりに

石野 社会構造の変化によって、貧困・格差問題は拡大しています。私たちの活動はそのど真ん中を捉えるものではありませんが、「感動体験プログラム」を通して、好奇心や創造力を、さらに半年間の長期にわたるプログラムの場合は、やり抜く力、子どもたち同士の協力する力など、勉強とは別の生きていく力を身に付けてほしいと考えています。

ただ、同じように子どもの支援活動をされているさまざまな企業やNPOがある中で、それがトータルとしてよい方向に向かっているのかの判断や、活動の効果測定は難しいといった側面もあります。私たちの活動でも効果測定を行っており、実際に子どもの非認知能力を高める効果があるとわかりましたが、1社のみでは広がりに限界がありますし、大きな社会課題の解決に至ることは難しいというのが現状でした。

そこで、私たちは「コレクティブ・インパクト」の必要性を認識するようになりました。1つの大きな目標さえ共有できれば、活動は別々にしていても、さまざまな主体が得意なものを出し合って、トータルで課題を解決することができる。これからは「コレクティブ・インパクト」へシフトしていくことが非常に重要だと考えています。

渡辺「コレクティブ・インパクト」とは多様な主体が一緒になって1つの大きな目標に向かって活動していくということですね。日本ではまだそれほど事例がないですが、私たちが携わっている「文京区こども宅食」という取り組みも、事例の1つとして挙げられるかもしれません。こちらは行政とNPO、企業がコンソーシアムを組んで取り組んでいるものです。

日本の貧困・格差問題の特徴の1つに、親が低賃金・長時間労働を余儀なくされ、PTAや地域活動に参加することもできないということがあります。そうすると、行政でも貧困・格差の実態をなかなか捉えられない。

そのうちに、子どもは孤立して誰にも相談できず、貧困だけでなく、ヤングケアラーになるなど事態はどんどん悪化していく。こうした事態を防ぐためにも、そうした家庭と、行政、NPO、企業が一体となって、緩やかなつながりをつくることが大事になってきます。

実際、食品を配布することでドアを開けてくれる家庭もあり、それをきっかけに、子育て家庭の孤立化、重篤化を防いでいく、緩いつながりができる。それが文京区の「コレクティブ・インパクト」の大きな目標となります。

この取り組みを始めるまで1年半ほど関係者で議論しましたが、みんなが目標について納得するまで話し合うことがとても重要で、それぞれの役割を整えていくことに価値があります。また、何が大切かをみんなで考えながら、プロジェクト憲章として明文化し、進捗を見極めていく事務局機能をつくっていくことも大事になります。

このように「コレクティブ・インパクト」は大きな可能性を秘めており、最初の目標の共有と、各リーダーの認識が一致すれば、大きな動きに発展させることができるのです。ソニーの「感動体験プログラム」もみんながつながっていくベースさえできれば、大きなうねりになっていくと考えています。

石野 企業が支援活動を実施するには、その企業ならではのストーリーがあることが重要です。例えば、ソニーのアセットを生かせるような活動内容にすることで、社内外のステークホルダーの理解も得られやすくなります。

これまでは、ソニーのストーリーや活動とフィットするNPOとコラボレーションしてきましたし、同じような活動をしている企業同士でも事例紹介などをしてきましたが、共通の目標について、まだ深く議論するところまでは至っていないのが現状ですね。

もちろんすべての企業が同じ活動をする必要はありませんが、共通の目標があれば、もっと仲間になれる企業が出てくるのではないか。共通の目標によって「コレクティブ・インパクト」を目指したつながりも生まれてくるはずだと今は考えています。

私たちも教育格差の縮小に取り組んできましたが、ソニーだけではできない部分も理解しており、もし仲間づくりができれば、もう一段高いレベルでの活動ができると考えています。

渡辺キッズドアは22年度で250社の方々にご協力いただいていますが、支援の内容はさまざまです。寄付での支援もあれば、いろいろな機会を提供していただける支援もある。子どもたちにとっては、会社見学をさせていただけるだけでも、モチベーションアップにつながります。多くの企業の方々に貧困・格差問題に関心を持っていただいて、何ができるのかを自分事として考えていただけるとたいへん心強く思います。

「健全な社会」であってこそ、感動を届けられる

ソニーグループ株式会社 サステナビリティ推進部 CSRグループ ゼネラルマネジャーの石野正大氏と認定NPO法人キッズドア理事長の渡辺由美子氏が語り合う様子

石野 企業は社会とのつながりの中で存在しています。ソニーは「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」というPurpose(存在意義)を掲げています。その感動を届けるには、安心して暮らせる社会や健全な地球環境があることが前提です。

私たちが社会に感動を届けることを存在意義としている以上、それを享受できる社会をつくっていかなければなりません。私たちの会社は何のために存在しており、どう社会と関わりを持っていくのか。そこをしっかり考えていくことで、やるべきことは見えてくると思います。

その手段としては、お金の寄付や、ソニーのテクノロジーの活用、あるいは、社員のボランティア活動などいろいろなやり方があると思います。そして、教育格差を縮小し、よりよい社会づくりに貢献することは、長期的にみれば、私たちのビジネスにも大きくつながっていくと考えています。

渡辺 そうですね。子どもの貧困・格差問題に対する関心が高まっており、みんなで解決していこうという社会的な機運が生まれてきているのを感じます。

私たちキッズドアの活動には、大学生や企業勤務の方、リタイアされた方など、1000人を超える方々がメンバーとして参加してくれていますし、ご協力いただいている企業も、これまでよりもう一歩踏み込んで問題を解決しようと考えているところが増えていると感じます。

行政だけに頼るのではなく、企業や市民の共助の中で、みんなでこの問題をどう解決していくのか。一人ひとりが、教育や体験の観点から寄与することができるのです。そうした支援が増えていく中で、子どもたちも諦めの表情から、生き生きと活動に参加してくれるように変わってきました。

石野 確かに社会をよりよい方向に変えていくために、どんな主体でもできることはあるんだと思えるようになりました。自分事として捉えることが、考えることにつながっていくのですね。行政だけでなく、NPOも企業も、私たち一人ひとりも、社会の一員として、社会の変化を自分たちで起こすことができる。自分なら何ができるのか。そうした思いが集まることによって、「コレクティブ・インパクト」が生まれていく。自分は社会に影響を与えられるし、変えることもできるということを、みんなで認識することがより大事だと思っています。

渡辺 子どもの貧困・格差問題への取り組みは、やればやるほどよい効果が表れますし、活動に参加していただいた皆さんにも喜びが生まれるんですね。最初は子どもに勉強でも教えてみようかと参加した人が、逆に子どもから教わることが多いと気づく。シニアの方々は子どもたちに会うこと自体が喜びとなったり、子どもたちにも笑顔が増えていく。これからも、そんな喜びとともに大きな「コレクティブ・インパクト」の流れをつくっていきたいと考えています。

石野 子どもの貧困・格差は放置できる問題ではありません。企業も社会の一員として、さまざまな形で貢献することで、社会とのつながりを強くしていくことは大きなプラスの効果を生むはずです。共通の目標を持ち、「コレクティブ・インパクト」という大きな流れにすることで社会にもよりよい好循環が生まれていくのではないか。これからも、さまざまな企業やNPO、行政の方々と一緒に活動を行うことができればと思っています。

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