グッドデザイン賞が「ビジネスチャンス」である訳 デザインの力で社会課題解決、商品価値高める
2023年度グッドデザイン大賞 「52間の縁側」
多様化する社会の中で、デザインの可能性と、デザインという言葉が示すものは大きく広がり、多くの人がデザインを活用できる時代が来た。また、デザインはそのものの価値を高めるだけではなく、多くの社会課題を解決する力にもなっている。
国内で60年以上にわたってデザインの可能性を見いだしてきたグッドデザイン賞は、新たな創造の気づきを生むことを目指し、世界でも高い評価を受けてきた。グッドデザイン賞を受賞した製品やサービスに付けることができる「Gマーク」は企業の認知度やマーケティング、イノベーション、人材採用だけでなく、さまざまな面で多くのメリットをもたらしている。グッドデザイン賞を受賞した人々はどのような考えでデザインを生み出し、社会課題の解決へ導き、どんなメリットを得ることになったのだろうか。
2023年度、最高賞であるグッドデザイン大賞を受賞したのは、千葉県八千代市にある「52間の縁側」という細長い木造の建築物だ。この建築物は高齢者向けのデイサービスセンターとして建てられたものだが、一見デイサービスセンターには見えない。敷地内に周囲との境界となる柵はなく、池やせせらぎがあるかと思えば、カフェもあり、地元の子どもたちや住民たちが集まって、高齢者と触れ合っている。
「ここはソーシャルキャピタルなのです。開かれた家であり、柵もなく、地域の子どもや大人が訪れることができるようにカフェや駄菓子屋、池やせせらぎがあります。池やせせらぎは、ワークショップを開いて、地域の人たちと一緒に造ったものです。そうした過程を通じてお互いに自然とコミュニケーションが生まれ、今では、放課後に子どもたちが宿題をしに来たり、高齢者と地域の人たちが日常的に触れ合うことのできる環境があるのです」
そう語るのは、このデイサービスセンターを立ち上げたオールフォアワン代表の石井英寿氏だ。少子高齢化が進む中、高齢者の生活を、閉じた施設の空間の中だけで終わらせるのではなく、社会や地域全体で見ていくことが大事だという。
もともと、おばあちゃん子だった石井氏が高齢者福祉に関心を持ったのは、高校時代に老人ホームでボランティアをしたことがきっかけだという。ラグビー選手だった石井氏は大学卒業後、ソーシャルワーカーや福祉相談員、介護職などを経て30歳で自ら高齢者のデイサービスの事業を立ち上げた。独立して今年で19年目を迎える。52間の縁側は建築家である山﨑健太郎氏と、自分のビジョンや思い入れ、理想の社会などについて話し合う中で、生まれたものだ。
石井氏はこれまで介護などで、問題行動を起こした老人を薬で抑えざるをえない状況や、仕方なく一律に管理を行う現場などを目の当たりにして「人生の最後がこれでいいのか」と感じてきたそうだ。「残り少ない時間の中でも、その人らしく生きてほしい」。昔の日本にあった大家族のような、人の温かさに触れられる中で、最期まで看取りたいという願いがあった。
「52間の縁側は、購入した土地がたまたま細長かったのですが、逆にそこを生かそう、という健太郎さんの逆転の発想から生まれました。縁側というのは家の中でも外でもなく、使い方がいくらでもある。それに日本人は対面で向かい合うよりも、同じ方向を向いて座ったほうが、自然と本音が聞こえてくることもある。そんな僕のつれづれなる思いや考えもすくい取って、健太郎さんが具現化してくれたのです」(石井氏)
グッドデザイン賞審査副委員長の倉本仁氏は、52間の縁側についてこう評価している。
「デイサービスセンターでありながら老若男女を問わず誰もが気軽に立ち寄ることのできる施設。長い縁側と開放的な空間を備えた革新的なありようは、施設の理念がそのまま建築の姿となって立ち現れたものである」
通常、高齢者施設では、安全性を担保しようとして、建築デザインも制約を受ける。しかし、この建物にはそれがない。建物はコンクリートではなく木造、床はナチュラルな木の床や畳だ。だから、落ち着けるし、寝転がることもできる。
「バリアフリーではないですし、高齢者にとっては不便といえば不便かもしれません。でも、そこから関係性やコミュニケーションが生まれてくると僕は思っています。効率化や稼働率だけを考えると監視する介護になってしまう。僕は介護する、介護されるという関係だけではいけないと考えています」(石井氏)
ただ、実際の経営のことを考えればコストもかかる。理念を貫こうとするのも大変だと石井氏は吐露する。
「建物内はどこでも自由に歩けるように施錠はしていません。だから、見守る人件費もかかってきます。理念と収益をバランスよくするのは今でも課題ですね。何度も心が折れそうになりましたが、前を向いていると不思議といろんな人とつながって助けてくれるんです」
今回のグッドデザイン大賞受賞について、石井氏はこう述べる。
「介護福祉の分野から大賞を受賞できたのは素直にうれしいですね。高齢者施設は昔と比べると、全体的に格段にレベルアップしたと感じていますが、志ある介護のパイオニアの努力から始まり、僕がバトンを受け、そのバトンを次世代につないでいきたいと思っています。理想に近づくためには一歩踏み出す勇気が大切です。僕も後悔したくないから独立しましたし、この施設を使って介護の未来をさらによくしていきたい。そして、介護の世界を日常の“暮らし”の世界に変えていきたい。僕はそう思っています」
デザインと技術の粋、パナソニック「ラムダッシュ パームイン」
デザインはビジネスを変えることができる。そんな試みにチャレンジしているのがパナソニックだ。同社は18年に伝統と革新が根付く京都にデザインセンター「Panasonic Design Kyoto」を設置。多数のデザイナーを集結させ、新たなイノベーションを起こそうと大きくシフトしている。
これまでにもグッドデザイン賞をはじめ多数の賞を受賞してきた同社だが、今回は電動シェーバー「ラムダッシュ パームインES-PV6A」でグッドデザイン金賞を受賞することになった。
グッドデザイン賞審査副委員長の倉本氏は「手のひらに収まるコンパクトな電動ひげそり器による新たな体験価値の創出。歴史ある大企業がデザイン主導で、シェーバーの概念を更新することにより、これまでにない製品を生み出した」と評価する。
デザインを担当したパナソニックくらしアプライアンス社シニアデザイナーの別所潮氏は開発のきっかけについて次のように語る。
「海外のユーザーはシェーバーのヘッドの部分を持ってひげをそっている人が多いという調査結果をきっかけに、もしシェーバーをヘッドだけの手のひらサイズにしたら、より直感的にひげをそれるのではないかと発想したのです」
もともと同社のシェーバーはモーターが小さく、ヘッドの部分に刃と一緒に収まっていた。そのため、この発想を実現するには、電池の扱いを工夫すればいいのではないかと別所氏は仮定した。
同社では現在、デザイン先行開発の方針をとっており、エンジニアとも議論しながら、当初のデザイン案に近い状態で製品化を進めることになった。
「デザインのポイントは手のひらに収まり、直感的にそれること。部品を積み上げて、たった5ミリ大きくなっただけでも手に持ったときの感覚は違ってきます。そのちょうどよいサイズを見極めるために時間を要しました。デザインの理想値が決まっている中で、エンジニアと何度も話し合い、独自の基盤構造を生み出すことで適したサイズを実現しました」(別所氏)
この商品の工夫はそれだけではない。これまでシェーバーといえば、男性向けが中心だった。しかし、このシェーバーでは、あえて中性的な視点を取り入れ、洗面空間に置いたときに女性でも心地よく見えるように、シェーバーを収納するパッケージのデザインや素材にもこだわったのだ。こうした視点を得ることができたのは、「Panasonic Design Kyoto」の存在が大きいだろう。パナソニックではデザイン部門出身の役員が誕生しているように、性能や価格だけでなく、よりデザイン性を追求した商品作りが鮮明となっているのだ。
「これまで白物家電の開発は滋賀県草津市の生産拠点で進めていたのですが、京都なら外部の情報を吸収しやすいし、さまざまな人とも交流しやすい。工場とは異なる雰囲気の中、部署横断で議論する機会が増えたことで今、京都からも、ヒット商品が続々と生まれています」(別所氏)
シェーバーは1カ月1万台でヒットといわれる中、今回の商品はすでに発売4カ月で6.9万台を突破する大ヒット商品となっており、計画比では約12倍の売り上げだという(パナソニック調べ・2024年2月1日時点
同社のデザイナーはさまざまな商品をデザインするクロスアサインというスタイルをとるそうだ。別所氏も入社以来、冷蔵庫や電動歯ブラシなど、白物家電を中心にデザインしてきたキャリア9年目の持ち主。グッドデザイン賞は社内で推奨されているため毎年応募しており、自身も過去に受賞歴を持つ。
「社内にはグッドデザイン賞を受賞したデザイナーが多く、モチベーションアップにつながっています。その中でも、今回のシェーバーは前評判も高く、満を持して応募した自信作であり、金賞を受賞できたことは、大変うれしく思っています。グッドデザイン賞はデザインだけでなく、社会課題を解決するという視点もあり、ほかのデザイン賞より受賞が難しいと感じています。今回はジェンダーレスを意識し、より中性的でミニマムにするという発想で作ったため、ムダな開発はなくなり、プラスチックも減り、環境にもやさしい開発ができました。これからも、顧客起点の発想で、エンジニアリングも考えながら、よりよいデザインを届けていけるように努めたいと思います」(別所氏)
初受賞「かける」バターオイルという新発想
一方、今回初めてグッドデザイン賞を受賞したのがミヨシ油脂のバターオイル「すぐに使える かける本バター」(※)だ。こちらはまさにコロンブスの卵のような発想から生まれた商品。バターは固形で使用するという常識を覆し、ボトル入りの液状バターオイルを開発した。加熱しても焦げ付かず、夏でも冬でも品質に影響なく常温での保存が可能となっている。
※ バターオイル67.5%、植物油脂32%を使用
グッドデザイン賞審査副委員長の倉本氏はこう評価する。
「『バターは固形』という先入観を覆したアイデアとそれを実現する製造技術。家事にかかる時間や手間といった課題の解決にも貢献している」
開発に携わった同社営業部の北村陽亜氏は次のように語る。
「もともと私たちは業務用の液状バターオイルを販売しており、高級ホテルのシェフからも高い評価を得ていました。そこで、もしこれを一般消費者向けに改良すれば、固形バターの使いにくさや、洗い物を増やすデメリットを解消できるのではないかと考えたのです」
同じタイミングで、食品業界では、醤油や食用油なども空気に触れない真空ボトルを使用したものが増えてきていた。同じく開発を手がけた同社戦略企画本部 企画部の藤田穂菜美氏は、実際の開発についてこう述べる。
「バター本来の風味や、おいしさをそのままに、液状で商品化することそのものの開発が大変でした。トータルの開発期間は2年ほど。さまざまな環境で使えるよう冷蔵保存をせずに酸化を防止するためにはどうしたらいいのか。原料の配合など製造方法を技術部門と協力して、何度も見直し工夫しました」
ミヨシ油脂は食用油脂や工業用油脂を扱う老舗の上場企業。かつては一般消費者向けにマーガリンなどを製造していたが、現在では業務用が主力となっている。そのため、今回の商品は久しぶりの一般消費者向け商品となるという。
「業務用と、一般消費者向けでは、アピール方法も異なってきます。そのため、商品名も液状であることを直感的にイメージ喚起できるように工夫しました。また、香料を追加したバター風味ではなく本物の味であることをアピールするために、デザインでどう表現するかにも注力しました」(北村氏)
発売後は口コミやSNSでも拡散され、現在までに想定以上の大きな反響を呼んでいる。利用者は液状バターオイルを面白がって、いろんな料理に試しているという。パンやパスタ、ポップコーンなどに使ったり、冷えても固まらないので、弁当の食材やアウトドアシーンで使用するケースも多いそうだ。今回、グッドデザイン賞を受賞したことで、どんな効果が生まれたのだろうか。藤田氏は語る。
「受賞して以降、反響がさらに広がり、一気に桁が変わるほど出荷量が増えました。社内でも評価され、より仕事に対するモチベーションも上がったと考えています。これからも、こうした一般消費者向けの商品を作ることによって、そのニーズをキャッチし、業務用の開発にも反映していきたいと考えています」
【注記】 ミヨシ油脂記事内の写真は、すべてミヨシ油脂提供
グッドデザイン賞・受賞作品は「ビジネスアイデア」の宝庫
新たな創造の気づきを生み、多くのメリットをもたらすグッドデザイン賞。デザインが指すものは幅広く、事例を見ればわかるように、デザインの視点から捉え直すことで生み出されるものは想像を超える。
23年は、紹介したもの以外にも、フードロス削減を目指した「Kuradashi」という社会貢献型ショッピングサイトや、グローバルリーダーの輩出を目指し、04年の開学以来、ユニークな取り組みを続けている「公立大学法人国際教養大学」など、さまざまなプロダクト、サービス、団体がグッドデザイン賞を受賞している。
それは、日常のちょっとした発想や視点の違いから生まれ、その気づきを試行錯誤しながらも育てていくことで洗練されていく。それが、やがて社会課題の解決から、自社のプロダクトの価値をより向上させることにつながっていくのだ。過去の受賞作品を見るだけでも、何かちょっとしたビジネスのヒントになるに違いない。
自らのモチベーションをアップさせることにもつながるグッドデザイン賞。応募対象は、有形無形にこだわらない。また、新商品・新サービスだけではなく、既存の商品、サービスも対象だ。
今年は、グッドデザイン賞にチャレンジしてみてはどうだろうか。