東京都が開設「新・スタートアップ拠点」の正体 宮坂学×奥本直子「挑戦する文化」の重要性
日米で異なるスタートアップを取り巻く環境
――まず、スタートアップを創出する意義についてお聞かせください。
宮坂 私は前の会社ではeコマースやフィンテック、現在では行政のデジタル化の仕事をしていますが、これらはいずれも、私たちの親の世代にはなかった仕事です。よく「われわれの子どもはわれわれの時代になかった仕事に就くであろう」といわれますが、そうした新しい仕事をつくるのはやはりスタートアップです。
東京都は2021年3月に都政の長期戦略「『未来の東京』戦略」を策定しました。その中でも、都市が直面する気候危機やサステイナビリティーの課題に対処するためには、新しいテクノロジーの導入が必要であると明示しています。将来の雇用を生み出すためにも、新しいテクノロジーの創出のためにも、スタートアップの誕生や育成が不可欠です。
――奥本さんは、シリコンバレーでVCを経営されていますが、日本のスタートアップ市場をどのように見ていらっしゃいますか。
奥本 スタートアップへの投資状況を日米で比較すると、米国が約170.6ビリオンドル(約25兆6582億円)であるのに対し、日本は約2.5ビリオンドル(約3760億円)と大きな開きがあります※。また、スタートアップの世界シェアは米国25%、日本0.3%となっています。24年1月時点のユニコーン(設立から10年以内かつ企業価値が10億ドル以上の未上場企業)は、トップが米国の651社、日本は12社で世界ランキング13位です。
※1ドル当たり150.40円で計算
数字で単純に比較すると日本は後れを取っているかのように見えますが、23年にはシリコンバレーに日本のスタートアップの海外事業展開を支援する拠点ができるなど、私は日本のスタートアップが増える兆しを感じています。日本はディープテックをはじめ高度な技術の宝庫ですので、今後は政府や行政の後押しもありスタートアップ創出の動きが活発になるのではないでしょうか。
――日本でスタートアップを増やすためには、何が必要になるでしょうか。
奥本 日本の労働規制には解雇規制や残業規制など、柔軟な働き方を阻む規制が多くあるので、スタートアップにとっては厳しい側面もありますね。
宮坂 日本は労働の流動性が比較的低い国です。例えば大企業に優秀な方がいても、社会的ステータスや報酬などによってロックオンされている側面があります。労働の移動が促されるようなメカニズムがあれば、さまざまな人にとってチャンスが広がると思います。またカルチャーも重要で、会社に所属して働く以外に独立して働く環境や、周囲に起業家がいることが当たり前になると、それに比例してスタートアップが増えるのではないかと考えています。
奥本 おっしゃるとおり、カルチャーが与える影響は大きいです。米国は失敗を許容する文化なので、例えば大学を卒業してすぐスタートアップを立ち上げて失敗したとしても、その失敗を武器に大企業に就職することが珍しくありません。このカルチャーは米国特有のフロンティア精神に根差していると思います。もう一つ、自分が受けた恩恵を次世代に渡すカルチャー「ペイフォワード(Pay it forward)」も、スタートアップを支援するポジティブな連鎖につながっています。
一大拠点の開設で、東京のポテンシャルを引き出す
――東京都は2022年11月に策定したスタートアップ戦略「Global Innovation with STARTUPS」に基づき、重点的にスタートアップを支援する拠点としてTIBが23年11月にプレオープンしました。この狙いをお聞かせください。
宮坂 東京からグローバルなイノベーションを起こす挑戦者を支援することが狙いです。都市を魅力的にするのは、ビジネス、アート、エンターテインメントなどさまざまな分野での新たな挑戦です。東京都内のスタートアップエコシステムは、例えばデジタルなら渋谷、創薬なら日本橋など、ビジネスの領域ごとに拠点が分散していますが、一堂に集まれる場をつくろうということで、TIBの開設に至りました。TIBは行政ならではの中立性を生かし、さまざまな人や企業、大学をつなぎ、東京だけではなく日本のほかの地域や海外にも範囲を広げて、スタートアップエコシステムの結節点(ノード)になりたいと考えています。
奥本 スタートアップを支援する場は非常に重要です。とくに東京は産官学が三位一体となって協力しやすい場所であり、スタートアップの育成に適した環境が整っています。これからTIBを通して、スタートアップエコシステムが強化されることで、オープンイノベーションの機会が増え、ひいては世界から人や資金が集まることが期待できます。さらに、行政が世界へのアクセスもサポートすることで、日本のスタートアップの成長がより加速するのではないでしょうか。
私自身は海外VCの視点から、日本ならではのポテンシャルを見つけて海外に発信したり、海外の企業や投資家の方々をご紹介したりするなどして、TIBのお手伝いができたらと考えています。例えば、いま米国ではマイクロバイオなど「腸活」に関わる分野への投資が注目されているのですが、日本では以前から「腸活」が盛んです。高齢化先進国として、そうした健康にまつわる分野において、日本発の発信が増えていくことを楽しみにしています。
挑戦者を応援し、新たなカルチャーを醸成したい
――東京都はスタートアップの創出に向けて、どのようなビジョンを掲げていますか。
宮坂 ユニコーン数10倍、起業数10倍、行政とスタートアップの協働プロジェクト10倍を目指す「未来を切り拓く10×10×10のイノベーションビジョン」を掲げています。具体的には、2027年までに東京発のユニコーン企業数を年15社、27年度には新規スタートアップ数を年6000社、都との協働実践数は年300件に増やすことを目標に、スタートアップを生み育てるエコシステムをつくります。
そのためには、TIBの活動以外にも、東京都がスタートアップの製品を積極的に調達することも重要だと考えています。そこで19年12月から、東京が抱えるさまざまな都政課題を解決するために、これまでにない製品やサービスを提供するスタートアップによるピッチイベント「UPGRADE with TOKYO」を開催しています。東京都がプレゼンテーションを審査して実際に発注する仕組みで、計36回(24年2月時点)開催しています。ほかにも協働につながる取り組みを数多く実施し、排水の98%以上を再生して循環利用を可能にする製品や、腰への負担を軽減するマッスルスーツなど、さまざまなスタートアップの製品やサービスを実際に調達しています。
――最後に今後の展望と読者へのメッセージをお願いいたします。
宮坂 新しいスタートアップが生まれることは、周囲によい影響を与えます。なぜなら、挑戦はポジティブなエネルギーを生み出すからです。しかし、あらゆる世代が挑戦し、成功をねたまず失敗を許容する文化をつくる努力をしなければ、挑戦者が現われなくなってしまいます。そのためにも、TIBという場を通じて、挑戦者を拍手で応援する雰囲気をつくっていきたいと思っています。
奥本 私は米国IT企業に17年間勤務したのち、ベンチャーキャピタルに転職し、現在は独立して自分のファンドを立ち上げました。挑戦は不安や怖さを伴いますが、私はウェルビーイングに寄与するテクノロジーを持つ企業を応援したいという情熱を原動力に、日々チャレンジをしています。自分の情熱に従って活動する人を応援することは、さらなる挑戦を生み出し、ひいてはウェルビーイングな社会の実現にもつながります。その観点からも、東京都の取り組みにとても期待しています。
Tokyo Innovation Base(TIB)の詳細についてはこちらをチェック