三菱総研が自社業務と競合するAIをつくるワケ 「シンクタンクの創造的破壊」を目指して

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生成AIの技術が世界を席巻する中、あらゆる業界がDXによるイノベーションや事業変革を求められている(画像:Getty Images)
2020年策定の中期経営計画で三菱総合研究所(MRI)は「シンクタンクDX®」を掲げた。目指すのは、既存の枠にとらわれない新たな事業を創出して、シンクタンク・コンサルティング業界の破壊的イノベーションに先駆けることだ。そして2023年4月に、自動で情報を収集しレポートの作成を行うWebサーベイAIツール「ロボリサ®」の提供を開始した。MRIの高橋怜士・清水浩行両研究員に、ロボリサ®をはじめとするシンクタンクDX®の活用で何を目指しているのかを聞いた。

情報収集を自動化するAI「ロボリサ®

経営環境の不確実性が高まり、先行きが予見できない「VUCAの時代」とされる現在では、デジタル技術を活用してイノベーション創出や事業変革を導くDXが、あらゆる業界において不可欠です。

MRIの中核的な事業領域であるシンクタンク・コンサルティング事業も、例外ではありません。実際、2020年10月策定の中期経営計画で「シンクタンクDX®」を掲げ、デジタル技術を活用した革新的なサービスの開発やシンクタンク・コンサルティング事業における提供価値の向上に取り組んできました。

※VUCA(ブーカ)とはVolatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った造語で、社会やビジネスにとって将来の予測が難しくなる状況を表す
 

一連の取り組みの中でとくに大きな反響を集めたのが、2023年4月に発表したWebサーベイAI「ロボリサ®」です。生成AIの技術と誤情報検出の最先端手法を組み合わせ、情報収集やフィルタリングからレポート作成までの一連の流れを自動化したものです(図)。

図 ロボリサ®の活用例

シンクタンクDX®を実践するにあたり、MRIのリサーチ・コンサルティング業務の内容をタスクレベルまで洗い出したところ、総業務量の2割程度を情報収集が占めていることが明らかになりました。これを効率化できれば、より付加価値の高い情報分析や政策提言などの業務に多くの時間を充てることができます。こうした問題意識から、情報収集の効率化に貢献するロボリサ®の開発に着手することを決めたのです。

ロボリサ®が誤情報を検出するしくみ

ロボリサ®の主な特徴は3つあります。

第1に、官公庁や研究機関など、信頼性の高い情報源を登録できることです。生成AIを利用するうえで一般的な「検索エンジンとの併用」では、誤情報・偽情報を含むWebページが混入してしまい、正しい情報を得られるとは限らないからです。

第2の特徴は多言語対応です。以前からMRIの研究員は、日本語や英語のみならず、世界中の言語での情報を集めてきました。これを継承したロボリサ®も、さまざまな言語で書かれた海外の情報源から情報を収集し、自動的に翻訳・要約して蓄積しています。

第3の特徴は、レポートの自動作成機能を搭載していることです。レポートの大タイトルと小タイトルを入力するだけで、プレゼンテーションに適したファイルを自動作成してくれます。画像用のキーワードを入力すれば、画像も生成AIが自動で作成します。

AIが自動的に美しいプレゼンテーションファイルを作成してくれる時代がやって来た(画像:Getty Images)

ここで重要になるのが、内容の正確性をいかに担保するかです。よく知られているように、大規模言語モデルを用いた生成AIには、誤った内容でもあたかも事実であるかのように文章を作成してしまうリスクがあります。

生成AIは、言葉や文章の意味を理解して問いに答えるわけではありません。あくまで大量の文章から言葉のつながりを学習し、次に来ると思われる言葉を確率的に選んで文章にまとめているにすぎないのです。このため、生成AIが信頼できる情報を参照したとしても、誤った文章を作成してしまうことを完全に防ぐことは不可能です。

そこでロボリサ®では、情報源と回答との整合性を自動的に突き合わせることで誤情報を検出できる手法を採用しました。AIが生成した文章と参照した記事を比較・評価してスコア化したうえで、誤情報の可能性が高いと判断できた情報はレポートに反映しない仕組みになっています。

成果はすでに表れています。MRIではある業務の運用においてロボリサ®の活用により、研究員が情報収集作業に費やす時間を実に8割も削減することに成功しました。

また、2023年4月の提供開始以降、レポートの自動作成機能や生成AIの課題である誤情報の検知機能がユーザーの皆様からも高い評価を得ています。検索機能の向上やレポート作成機能の改善なども行われ、ロボリサ®は調査業務でさらに活用しやすくなっています。

破壊的イノベーションの先駆けとなるために

ロボリサ®事業はシンクタンク・コンサルティング業界にとって非常に重要な意義を有しています。なぜなら、シンクタンクDX®においてMRIが掲げる「ディスラプション構想」、すなわち業界の破壊的イノベーションの契機となるものだからです。

そもそもDXの必要性がこれほど声高に叫ばれる背景には、デジタル・ディスラプター(デジタル時代の創造的破壊者)に対する危機感があります。アメリカの大手ECサイトの登場が既存の小売業界に大きな打撃を与えたように、世界的なプラットフォーマーや「○○Tech」と呼ばれるスタートアップ企業などは、既存の業界自体を破壊するようなイノベーションを起こしています。

MRIが「ディスラプション構想」を掲げるのも、破壊的イノベーションに先駆けるためです。情報収集活動を自動化するロボリサ®を顧客企業に提供していくと、既存事業である調査業務が打撃を受ける可能性が高くなります。それでもあえて挑戦することで、未来のシンクタンクの姿を私たちが率先して創造していく狙いがあるのです。

業界の破壊的イノベーションに先駆け、未来のシンクタンクの姿を創造する(画像:Getty Images)

またMRIはロボリサ®を、シンクタンクが新たに目指すべき方向性の1つと捉えています。MRIは政策提言と併せて「社会実装」を重視しており、社会課題解決につながる事業の創出・運営に自ら積極的に取り組んでいく考えです。

生成AIの進化は目覚ましいものがあります。例えばある企業の今後1〜2年程度の事業計画を作成せよと命令すれば、過去の同業他社の成功事例を集めて、もっともらしい案を策定してくれるかもしれません。しかし、50年後の未来社会を見据えて、目指すべき国家像や企業像を構想し、政策提言や戦略提案につなげていくのは、今後も人間にしかできないでしょう。どんなにAIが進化しても、AI自身は未来への「Will(意志)」をもたないからです。未来に向けて創造力や構想力を磨いていくことは、これからのシンクタンクに欠かせません。

ロボリサ®をはじめとするシンクタンクDX®の成果は、そこでも大いに貢献すると考えられます。従来の政策プロジェクトのように、事前の調査・計画策定・検証に年単位の時間をかけるような方法は、環境変化がさらに激しくなれば成り立たなくなるはずです。デジタル技術を活用して調査から検証までを大幅に効率化できれば、これまで年単位の時間を要したものが数カ月で完了し、より迅速な社会実装につながります。

MRIは政府や産業界に意識改革を働きかけながら、シンクタンクDX®を活用した社会課題の解決を主導していきたいと考えています。

高橋 怜士(たかはし・さとし)
ビジネス&データ・アナリティクス本部 全社DX推進グループ
2007年大阪大学大学院基礎工学研究科修士課程修了後、MRI入社。金融機関向けのシステム開発、コンサルティングに従事。2015年からAI活用コンサルティング、文章生成AIなどの研究開発に従事。2021年からは社内AI活用やロボリサ®の開発も担当。
清水 浩行(しみず・ひろゆき)
ビジネス&データ・アナリティクス本部 AIイノベーショングループ
2003年東京大学大学院新領域創成科学研究科修了後、MRI入社。情報通信分野の産業振興・技術開発に携わる。その後、主に民間企業向けのビッグデータ活用や、AI・DX戦略立案・遂行に関するコンサルティング業務に従事。2020年から自社のDXにも取り組む。HCD-Net認定人間中心設計専門家。

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※このページは、『フロネシス24号 未来社会への新胎動』(東洋経済新報社刊)に収録したものを再構成したものです。