新発想の「SAGAアリーナ」、盛況が続くワケは 遊び心ある設計で「新たなスポーツ文化」を発信
※スポーツホスピタリティとは、スポーツの試合前や合間に、アリーナ内の特別な設備と良質な飲食サービスを組み合わせたプログラムを設けることで、来場者の満足度を高めるもの
「国スポ」の先を見据え稼げるアリーナに
アリーナに足を踏み入れると、センター・リボン・壁面の3つの大型ビジョンが観客を迎える。すり鉢状に設計された約8400の観客席は最大35度の勾配があり、後方席からも臨場感あるゲームやライブを楽しめる。
「SAGAアリーナ」は、2024年10月に開催される「SAGA2024」(国民スポーツ大会・全国障害者スポーツ大会)を契機として整備された。従来の国民体育大会の名称が、国民スポーツ大会へと“体育”から“スポーツ”に変わる新しい大会である。
「SAGA2024のために『体育館』を整備して終わりではなく、大会後も多くの方に訪れていただけるような『稼げるアリーナ』にしたいと考えました」と、佐賀県の山口祥義知事は語る。
その背景には、山口知事の経歴もあるだろう。山口知事は旧・自治省(現・総務省)出身で、各地の地域振興に尽力。官民交流人事によりJTB総合研究所やラグビーワールドカップ2019組織委員会で働いた経歴を持つ。
「日本でスポーツ観戦というと『楽しむよりも応援』という雰囲気がありますが、欧米のアリーナやスタジアムでは、試合の2時間以上前から観客が飲食をしつつ盛り上がっています。SAGAアリーナも、観客がそれぞれのスタイルで、いろんな楽しみ方ができ、商談などのビジネスシーンでも盛り上がる空間にしたいと考えました」と山口知事。
その考えの下、スポーツホスピタリティを重視した設計がなされた。多様なニーズに応えるべく、9種類もの観客席を展開。商談やパーティーで利用できるプレミアムラウンジに加え、工芸品やアート作品があしらわれたプレミアムスイートルームも備える。また、隣接するサブアリーナとともに国際会議や展示会などの利用にも対応する。バックヤードの使いやすさにもこだわり、主催者が準備を円滑に進められるよう、搬入口を広くするなど工夫を凝らした。
そうした成果もあってか、「スポーツの試合だけでなく、ライブやアイススケートショーなどが次々と開催され、県内外から多くの方々にお越しいただいています。バックヤードに関わる方々の意見も踏まえた設計は興行主にも好評で、『またここでやりたい』という感想もいただいています」と山口知事は盛況ぶりを紹介する。
佐賀から世界へ新たなスポーツ文化を発信
SAGAアリーナの開業に合わせて、男子プロバスケットボール・B1リーグの佐賀バルーナーズ、バレーボール・V1リーグ女子の久光スプリングスが同アリーナをホームアリーナにした。
隣接する世界基準の施設「SAGAスタジアム(陸上競技場)」や「SAGAアクア(水泳場)」なども含む「SAGAサンライズパーク」一帯の総合的な整備がされている。
「知事になる前に、ラグビーワールドカップ組織委員会在職中に視察したシドニーのムーアパークが私の中で1つのモデルになっています。クリケットやラグビーの競技場とレストランやマーケットが混在する運動公園で、老若男女が思い思いに楽しみ、日常と非日常が絶妙に融合する空間は、とても素敵だなと思いました。
ここ佐賀で、世界基準のスポーツホスピタリティやスポーツツーリズムを進め、世界へ向けて新たなスポーツ文化を発信していきたいですね」と山口知事は力を込める。こうした佐賀県の「攻め」の姿勢の背景の1つには県庁の人材の多様さがあり、民間企業出身者が行政職員全体の約15%を占める。
「多様な経験を持つ職員がいるからこそ、前例のないことにも挑戦できています。これからさまざまな企業と協力して面白い取り組みができれば」と山口知事は展望を語った。
スポーツ経済学の専門家がSAGAアリーナを視察、その評価は?
SAGAアリーナは「国スポ」という一過性のイベントのためではなく、「長きにわたり県民に夢や感動を生み出す拠点づくり」という視点で整備されました。最大の特徴は国スポ開催に先んじてエンタメ施設として稼働していることであり、いわゆる「後利用」という考え方がない点にあります。
設計面では、黒を基調としたニュートラルなデザインや、男女入れ替え可能な可変式トイレ、可動間仕切りで空間をアレンジできるラウンジスペース、席種の豊富さや遊び心など、さまざまな興行に柔軟に対応できる工夫が施されています。運営事業者や興行主の腕が鳴る施設といえるでしょう。
ただし、施設の外に目を向けると、アリーナ建設に連動した開発は限定的であり、「エンタメ地区」のような集積効果はまだ発揮されていません。事前に推定した経済効果を実現するには、アリーナと補完関係の強い宿泊施設や飲食店の誘致施策のほか、既存施設との連携も必須です。
一方で、県民の誇り、生活の質(QOL)、県の認知度の向上といった無形の社会効果はすでに表れているのではと思います。
佐賀バルーナーズは、地域に貢献するチームでありたい
——佐賀バルーナーズについて教えてください。
田畠 佐賀バルーナーズは2018年に創設され、20年にB2に昇格しました。その後すぐにコロナ禍になってしまい、観客の数も絞らざるをえず、経営的にも厳しい状況が続いていましたが、22-23シーズンにB2優勝し、B1昇格を決めました。ようやく多くのお客様をお迎えできるようになったことをうれしく感じています。
——本拠地をSAGAアリーナに移転し、またB1に昇格してからの変化は。
田畠 大きな変化がありましたね。まずホームゲームの平均入場者数は、これまで約1300人でしたが、SAGAアリーナがホームになってからは平均4000人を超えるようになりました。B1デビューの開幕戦では7022人の来場がありました。
私たちのクラブのブースター(ファン)は30代〜40代の女性が多いのですが、SAGAアリーナはJR佐賀駅から徒歩約15分と近く、また女性用トイレも充実していることから友人同士や家族連れでの来場も増えています。グッズや飲食の販売も伸びています。22-23シーズンの売上高は前年の2倍以上となり、クラブ創設以来、初めての黒字となりました。
——SAGAアリーナでの試合についてはいかがでしたか。
田畠 開幕戦はさすがに選手たちも緊張していましたが、みんなあの空間でプレーできることをとても喜んでいましたね。照明や大型ビジョンなどハードが充実していることで演出が格段にブラッシュアップされ、これまでとはまったく違った試合の見え方になっています。観客の皆さんには、より上質な「エンタメ」を提供できるようになったのではないでしょうか。
——地域経済への貢献にも積極的に取り組んでいると伺いました。
田畠 地元の商店街などとのタイアップや、デジタルを活用したイベントなども計画しています。例えば、選手がお勧めの佐賀の観光地や飲食店をオンラインで発信し、試合の前後に地元のスポットに足を運んでもらうきっかけになればと思っています。
そのために選手自身も普段から地域貢献活動に参加するなど、地元の方との関わり合いを大切にしていきます。親子3代でファンになってもらえるような存在になりたいですね。
——ホームであるSAGAアリーナにはどのような期待をしていますか。
田畠 「佐賀って面白い」と感じてもらうための拠点になってほしいと考えています。極論、佐賀バルーナーズの試合は「佐賀に旅行がてら」見てもらえればと思っています。佐賀を盛り上げるために引き続き、私たちも知恵を出し行動していきます。