パーパス経営を実践している企業の共通項とは 名和高司教授に聞く「共感される企業の条件」

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名和高司(なわ たかし) 京都先端科学大学ビジネススクール教授、一橋ビジネススクール客員教授
名和高司(なわ たかし)氏
京都先端科学大学ビジネススクール教授、一橋ビジネススクール客員教授
東京大学法学部卒、ハーバード・ビジネススクールにてMBA取得。商社、コンサルティングファームを経て、一橋大学大学院国際企業戦略研究科(現:一橋ビジネススクール国際企業戦略専攻)教授。2022年4月から京都先端科学大学ビジネススクール教授を兼任
先が読めない時代の中で、世界から共感を獲得するためにも、「パーパス」=「志」を基軸とした経営が重要であると指摘するのは、一橋ビジネススクール客員教授の名和高司氏だ。「『志』には『ワクワク』『ならでは』『できる!』 という3つの共感条件が欠かせません」とも語る。では、パーパス経営のカギを握るものとは何か。名和氏に話を聞いた。

先が読めない時代ならば、先のことは自分たちで見つけるしかない

「パーパス」を掲げる日本企業が増えてきた。『パーパス経営』の著者である名和氏は「何が起きるかわからない、先が読めないのであれば、自分たちのありたい姿を見つめ直し、自分たちで未来をつくっていく。そうした志を持った企業がパーパス経営に舵を切り始めたといえるでしょう」と指摘する。

先が読めない時代は、ステークホルダーの価値観も変容させている。名和氏はパーパス経営を進めるためにも3つのシフトに注目すべきだと続ける。

「まずは、顧客市場の『ライフシフト』。人生100年といわれる中、環境も健康と同じ自分事となり、これまでのように、今だけ、ここだけ、自分だけといった欲望に任せた消費を続けていたら、自分たちも危うくなることに気づき始めたのです。金融市場も、社会の持続可能性にインパクトを出している企業に『マネーシフト』しています。そして、とくに変化が激しいのが人財市場の『ワークシフト』です。企業は選ぶ側から選ばれる側になった。今のZ世代は、お金儲けに関心が薄く、社会課題の解決に貢献したいと考えている人が少なくありません。人財争奪戦の中、社会や環境、未来に対して何をするのかを明確にしないと若い人は入ってきません」

無形資産こそが将来の価値を生む

パーパス経営を「志本経営」と言い換えている名和氏は、変容する顧客や投資家、新しい世代から共感を獲得するためのカギとして、企業の無形資産である「顧客(ブランド)資産」「人的資産」「組織資産」を重視している。どういうことなのだろうか。

「モノやカネといった有形資産は有限であり多重化されませんが、無形資産は使えば使うほど価値が上がり、資産として蓄積されます。私は非財務という言い方が嫌で、未財務あるいはプレ財務と言っていますが、ブランドや人、知恵といった無形資産に投資することによって、将来の価値を生んでいくのです。とくに人は財産であり、人財はリソース(資源)ではなくソース(源)。ブランドをつくるのも、知恵をつくるのも、組織資産である組織の文化をつくるのも人なのですから」

確かに、優良企業と評価される企業は無形資産を活用しているようにも見える。が、名和氏は「活用されていない無形資産は少なくない」と言い切る。論拠の1つとして挙げるのが、資本市場で話題となっているPBR(株価純資産倍率)の低さだ。現在数多く存在するPBR1倍以下の企業、保有する有形資産ですら100%の価値が認められずに、今すぐ解散したほうがよいという目安となる株価を意味する。名和氏は、有形資産に無形資産分の企業価値を足し合わせ、PBR2倍になって初めて無形資産が十分な価値を生んでいることになると指摘している。

PBRが2倍以上あり、無形資産を重視しているということでいえば、空調メーカーのダイキン工業(以下、ダイキン)は早くから「人的資産」を重視してきた企業だ。名和氏は志本経営の文脈からも「ダイキンは日本的なよさが出ている会社」だと高く評価している。

「人の可能性は大きく伸ばせる余地があります。ダイキンは人の持つ可能性を信じ、『働く一人ひとりの成長の総和が企業の発展の基盤である』という信念を持っています。そうした世界的にも関心を向けられている『人を基軸におく経営』を長年にわたって続けているのです」

名和高司(なわ たかし) 京都先端科学大学ビジネススクール教授、一橋ビジネススクール客員教授
『パーパス経営』のほか、主な著作に『CSV経営戦略』『企業変革の教科書』(いずれも東洋経済新報社)などがある

パーパス経営を機能させる3つの条件とは

名和氏はパーパス経営が機能するために、パーパス=志の共感条件として「ワクワク」「ならでは」「できる!」の3つを挙げている。ダイキンに照らし合わせて解説していただいた。

「ダイキンでは『空気で答えを出す会社』というパーパスを実践しています。日本で空気といえば、タダみたいなもので、価値に気づかない。しかし、きれいな空気が当たり前ではない国もあります。人間にとって、水と並ぶ不可欠な空気に光を当てることで、空気の価値を再発見している。先ほど言ったライフシフトの中ですごく大切な宝を発見したともいえ、とても『ワクワク』します。また、ダイキンには間違いなく、『ならでは』があります。ここまで社員が空気にこだわっているのはただ事ではない。根性を据えて空気で新しい価値をつくることに専念するちょっと特殊な組織だと感じます。社員も自分たちは違うぞ、という意識を持つようになり、ほかの会社が言えない『空気で答えを出す会社』と言い切ることができるのでしょう」

一方、空調の専業という立ち位置にも名和氏は言及する。

「多角化した企業は一歩一歩が中途半端になってしまいます。逃げ道があるから、事業に対して根性が備わっていないのです。専業の企業は進化していないと思っていたのですが、専業を深く掘ることによって、実はどんどんピボットしている。軸足があるからこそ、次の一歩を大きく踏み出せるのです。

ダイキンのような専業の会社ほど進歩の幅やスピードがある。進化がスケールしていくのです。空気で答えを出すにしてもエアコンもその1つでしょうけれど、ほかの出し方も考えられます。ダイキンが取り組んでいる『気分がよくなる』とか、いろいろな空気の出し方があるかもしれません。たかがエアコンかもしれないが、実はすごい幅が出てくる。そこに空気にこだわる強みが出てくるのです。投資家も、多角化して二流の事業ポートフォリオを組んでいるような企業には投資したくない。本物の投資家は、空気はここ、というように旗幟(きし)を鮮明にした一流の専業会社を集めたい。そうすることで、投資家自らがポートフォリオを組んでいるのです」

では、そうしたダイキンの強みを持続させていくには何が必要なのだろうか。名和氏はパーパスに加え、アルゴリズムとエンゲージメントというキーワードを披露する。

「どこに向かうかを示すパーパスが重要である一方で、企業にはアルゴリズム=仕組みが必要だと考えています。現場で行われていることをきちんと因数分解し、自分たちの価値のつくり方を会社の中でしっかりと仕組み化して、進化させていくことが欠かせないのです。こうした現場のノウハウを『型化』していることが優良企業の強さであり、ダイキンが海外市場で業績を上げているのも、現場の力を型化できているからなのです」

そして、エンゲージメント。「こんな伝説的なエピソードを聞いたことがある」と名和氏が語るのは、ダイキンでは4月になると企業トップが毎週末、鳥取にあるグローバル研修所にこもり、新入社員教育に専念すること。「社員とのエンゲージメントをつくるうえでも、大きなコミットメントになります。まだ入社間もない新人に対してものすごくいい通過儀礼ともなるでしょう。優良企業は入り口から違う」と実感したという。

今年、ダイキンは創業100周年を迎える。100年以降も元気であり続ける会社は何が違うのだろうか。

名和氏は「今よりも10倍高い自分たちの未来、価値の出し方をしっかりとイメージできているのか」と問いかける。だからこそ、パーパス、志が大事なのだと続ける。

「われわれはこれで終わらない、もっともっと世の中を変えていく。こうした思いがあれば、今の場所にとどまることはありません。自分たちの思いで未来を変えていくという気持ちがあれば内発的に進化していくのです。ダイキンの場合、空気の本質とは何か、パーパスにある空気で答えを出すことの本質的な価値を読み解ければ、今後100年、空気だけでも可能性がありますが、さらなる成長が違った形で出てくるかもしれませんね」

名和高司(なわ たかし) 京都先端科学大学ビジネススクール教授、一橋ビジネススクール客員教授
三方よしが広く知られている近江商人には、もう1つ陰徳善事という理念があるという。人に知られないように秘かに善業をするという美学であるが、名和氏は「同質性の高い社会ならともかく、現代のようなダイバーシティーの中では、ちゃんと発信していくことが大事」だとも語る
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