通信大手エリクソンが「レポート」発行を続ける訳 徹底した「事実と数字」で通信業界の羅針盤に

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エリクソンモビリティレポート
世界180カ国でモバイル通信市場をリードし、日本でも30年以上にわたって通信インフラの発展に貢献してきたエリクソン。その企業姿勢が強く表れているのが、2011年から毎年2回、通信技術のトレンドと市場の動向を発信し続けている「エリクソンモビリティレポート」だ。日本では総務省の「情報通信白書」にたびたび引用され※1、世界中のビジネス、産業、金融関連メディアも重要な情報源としている。最新のレポートでは、インドの先進的な取り組みも紹介され、関心を集めている。このレポートにかける同社の思いに迫った。
※1 総務省「情報通信白書」(令和5年版)31ページ
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r05/pdf/00zentai.pdf

なぜ、モバイル通信市場のトレンドを世界に公開?

エリクソンモビリティレポート

2023年12月21日、エリクソン・ジャパンが開催した記者説明会には、モバイル通信分野で活躍するジャーナリストや専門メディアの記者が顔をそろえた。説明会の題材は、「エリクソンモビリティレポート」(以下、モビリティレポート)。モバイルトラフィックの測定に基づく分析や、エリクソンの戦略的予測から得たデータ、消費者調査などに基づきモバイル通信市場のトレンドを取りまとめたもので、年2回発表されている。

メディア関係者がこのモビリティレポートに注目するのは、通信業界のみならず、世界中の行政当局やアカデミアが参照しているからだ。同社はなぜ大切なデータを惜しげもなく公開するのか。CTOの鹿島毅氏は「エリクソン社内の問題意識が起点だった」と明かす。

エリクソン・ジャパン CTO 鹿島 毅 氏
エリクソン・ジャパン CTO 鹿島 毅

「どの企業も同じだと思いますが、エリクソンも各国で製品やソリューションに関するデータを持ち、市場予測を実施してきました。それらは開発や戦略的事業計画のために収集・分析されてきましたが、そこで得られる知識や知見は、社外はもちろん社内にも拡散されていなかったのです。エリクソンは『想像を超える世界をもたらす“つながり”を創造』というパーパスを掲げていますが、それを実現するには通信業界全体の発展が必要です。そのためには、豊富なデータセットを社内外で広く利用できるようにするべきだとの考えに至りました」

通信業界の大きな方向性を示すモビリティレポート

モビリティレポートの予測は、すべてが的中しているわけではない。しかし、トレンドを示すという意味では、通信業界に大きなインパクトを与えてきた。

例えば、2011年11月に公開された最初のモビリティレポート※2では、「スマートフォン1台当たりの月間データ使用量が16年には数百MBになる」と予測されていた。当時はスマートフォンが普及し始めたばかりで、現在のように多数のアプリケーションを使いこなすような人も少なかったため、数百MBでも多く感じられる状況であったが、実際に16年には1.9GBまで伸びている。モビリティレポートの予測は過小評価ではあったものの、通信業界の羅針盤としての役割を果たしたといえよう。
※2「TRAFFIC AND MARKET DATA REPORT」(2011年11月)
https://www.ericsson.com/4a98ba/assets/local/reports-papers/mobility-report/documents/2011/traffic-and-market-data-report-november-2011.pdf

単なる報告書から、多くの読者を持つ情報ソースへ進化したモビリティレポートは、年々機能を拡充。15年には地域別レポートやIoT予測を加え、16年には通信事業者との共同執筆を開始。18年には誰でもデータを調べられる2つのWebアプリケーションを開発し、さらに利便性を増している。

「レポートを公開することで、データの民主化を進め、現状を可視化する。そうすることで、ネットワークの課題が顕在化し、競争が生まれやすくなってエンドユーザーの利便性向上にもつながると思うのです」

こう話す鹿島氏は、モビリティレポートで示すデータが、日本が抱えるネットワーク課題のあぶり出しや新たなビジネスチャンスの創出にもつながると続ける。

「23年11月発行の最新版では、屋内接続の需要の高まりで、北米ではスタジアムやショッピングモール、ホテルなど屋内施設のアップリンクトラフィック※3が都市部密集地の屋外よりも高いことを取り上げました。日本でも同様に屋内接続の需要が高ければ、5G基地局の整備でビジネスチャンスが創出できる可能性がありますので、パフォーマンス測定をする意義は十分にあります。モビリティレポートが、そういった必要な調査・測定やビジネスチャンスの掘り起こしにつながるきっかけになればと思っています」
※3 スマートフォンなどの端末から基地局に送られるデータ。スマートフォンで撮影した写真をSNSに投稿したりメールやチャットで送ったりする場合、アップリンクトラフィックが生成される。ダウンリンクは基地局から端末に送られるデータのこと

ダウンリンクとアップリンク

最新版レポートが示すインドの急成長と日本の課題

最新版モビリティレポートでは、鹿島氏が語る新たなエコシステム構築につながりそうな内容が多数盛り込まれている。記者説明会でメディア関係者の関心も高かったのが、インドの最新情報だ。

モビリティレポートによれば、インドは2022年10月に5Gの商用サービスを開始してからわずか1年で、100万以上の5Gセルを展開※4。「高速大容量」「多数同時接続」「超低遅延」を可能にする5G SA(スタンドアローン)でネットワークを構築し、すべての基地局で人口密集地での通信品質を高める技術「Massive MIMO(マッシブ マイモ)」を導入した。

インドにおける5G展開

一気に快適な5G体験ができるステージへと上がったことは、スマートフォン1台当たりのモバイルデータトラフィックでもわかる。23年の世界の月間平均使用量が21GBのところ、インドは(ネパール、ブータンと合わせて)31GBと世界一だった。今後さらにデータトラフィックは上がり、29年末には世界の月間平均使用量が56GBになるという予測に対し、インドはなんと75GBに上るという※4
※4 エリクソンモビリティレポート(2023年11月)https://www.ericsson.com/4aff5d/assets/local/about-ericsson/company-facts/wordwide/japan/doc/202311.pdf

インドのスマートフォン1台あたりの月間平均使用量

「高速大容量」「多数同時接続」「超低遅延」の5G体験が実現すると、動画やゲームだけでなく自動運転や遠隔診療のほか、産業用ARの急速な発展も見込める。すでに経済成長が著しく、26年にはGDPで日本を抜き世界3位に成長する見通しのインド※5が、さらに大きく飛躍する可能性が高いというわけだ。モビリティレポートは、この急成長を後押ししたのは国を挙げての5Gインフラ整備だと分析している。
※5 外務省「最近のインド情勢と日インド関係」https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100407780.pdf

「日本は、世界に先んじて5Gインフラの整備を進めてきました。23年3月末の人口カバー率は96.6%と高いです※6。しかし、5Gのパフォーマンスを引き出すMassive MIMOや5G SAの普及の割合については、先行している国々よりも低い状況です。日本が目指す未来社会『Society5.0』を実現するためには、インドのように所管を横断した官民連携の取り組みを加速させ、全体のデジタライゼーションを図る必要があるのではないでしょうか」
※6 総務省「5Gの整備状況(令和4年度末〈2022年度末〉)」より
https://www.soumu.go.jp/main_content/000894733.pdf

日本が一丸となって「Society5.0」に取り組めるよう、革新的な技術とソリューションを提供するだけでなく、モビリティレポートを通じた提言を続けていきたいと意気込む鹿島氏。以下のサイトから、鹿島氏がモビリティレポートを説明した動画を視聴することができる。世界のモバイル通信市場の現状を知り、日本での整備計画に向けたインサイトを得たい人は登録して視聴してみてはいかがだろうか。

モビリティレポートの解説動画を視聴し、モバイル通信市場の現状を知る

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