「世界を変えるタイヤ」が示す、未来への道筋 住友ゴム工業「モビリティ社会変革」への挑戦
先進性と独創性の源泉 110年にわたる伝統と実績
100年に一度といわれる大変革期のただ中にある自動車業界。「CASE」(※1)や、移動そのものをサービスと捉える「MaaS」(Mobility as a Service)などの潮流によって、クルマの概念そのものが大きく変わろうとしている。その中にあって、自動車に欠かせないタイヤに求められる性能や機能も変化している。
そうした時代の激流をものともせず、住友ゴム工業は次代のモビリティ社会を支える、革新的な製品・技術の開発を進めている。新しいことに果敢に挑む精神性は、同社に根付くDNAともいうべきものだ。「当社には英国ダンロップから受け継いだ先進性と独創性、そして住友グループとして培ってきた事業精神があります」と代表取締役社長の山本悟氏は語る。
1909年の創業から110余年、住友ゴム工業は国産の自動車用タイヤ第1号の生産(※2)、日本初のチューブレスタイヤの開発(※3)など、数々の革新的な技術・製品を世に送り出してきた。近年も2006年に特殊吸音スポンジ「サイレントコア」をタイヤに搭載したほか、13年には世界に先駆け、100%石油外天然資源タイヤ「エナセーブ100」を量産化(※4)。19年には、バイオマス素材のセルロースナノファイバーを採用した「エナセーブNEXTⅢ」を発売するなど、環境負荷低減に貢献する製品でも世界をリードしている。
エンジン車とEV、タイヤの「違い」とは
そんな住友ゴム工業が現在注力するのが、EV(電気自動車)に対応するタイヤの開発だ。同社は22年、世界でもEV化が先行する中国市場に向け市販用EVタイヤを発売、23年には欧州市場向けにも発売した。いずれの市場でも高い評価を受け、販売拡大を計画している。
EVタイヤには、エンジン車とは異なる性能が求められると山本氏は話す。
「1つは『低電費性能』です。1回の充電で航続距離を最大化するためには、タイヤの転がり抵抗を減らすとともに、タイヤ自体の軽量化が必要になります。それを可能にするための材料・技術の開発を進めています」
またエンジン音がしないEVでは、タイヤノイズが目立つことになる。EVタイヤに求められる高い静粛性についても、他社に先駆けて開発した特殊吸音スポンジ「サイレントコア」が寄与している(※5)。「タイヤ内部に搭載することで、空気振動に起因するノイズを大幅に低減することが可能です」(山本氏)。そのほか、バッテリーによって車両重量が増すEVに対応した、耐荷重性能や耐摩耗性能も必要とされる。
「27年を目標に、転がり抵抗を19年比で30%低減、タイヤ重量の20%軽量化を実現することを目指しています」(山本氏)と高いハードルを設定し、次世代技術の先行開発を進めている同社では、その範囲をタイヤだけにとどまらず周辺のさまざまな技術やサービスへと開発範囲を広げている。
「タイヤの回転信号を解析することでタイヤの空気圧低下を検知するソフトウェア、静粛性に効果の高いサイレントコア、さらにサイレントコアに対応するタイヤパンク応急修理キットといった当社の持つさまざまな技術を組み合わせ、タイヤに関わる多様なニーズにワンストップで応えていきたいと考えています」
EV時代を変革する「アクティブトレッド」技術
次世代EVタイヤの開発競争が熾烈さを増す中、住友ゴム工業は17年、高い安全性能・環境性能を持つタイヤを開発するための技術コンセプト「スマートタイヤコンセプト」を発表した。その核となる技術の1つが、「アクティブトレッド」である。
「路面状況に応じてタイヤのゴムの性質自体を能動的に変化させる技術です。雨が降って路面が濡れたらウエット路面に強いゴムに、晴れて路面が乾いたらドライ路面に適したゴムに変化します。開発者から初めてそのコンセプトを聞いた時、まさに『魔法のタイヤ』だと思いました」と山本氏は明かす。
路面が濡れると、タイヤの接地面と路面の間に水膜ができ、これが滑る原因になる。それを防ぐため、通常タイヤには撥水性のゴムが用いられるが、新技術には、水に反応してゴム分子が結合したり、分離したりする特性を持ったゴムを新開発。安全で快適な走行の弊害となる水を味方につける、開発者の発想の転換がブレークスルーとなった。
加えてタイヤを変化させるもう1つのトリガーが「温度」だ。タイヤに用いられるゴムは通常、路面温度や気温の低下によって冷えると硬くなる性質を持っている。「アクティブトレッド」技術では、低温で柔らかくなる新素材と同社が培ってきたゴム技術の融合によって、凍った路面でもゴムが軟化。路面への密着度を向上させることで、環境による路面状況のさまざまな変化に適応し、安全な走行の実現を目指している。
また、これから到来が予想される自動運転社会では、運転のリスクコントロールがよりクルマ側の主導で行われることとなる。路面に唯一接する部品であるタイヤが、環境変化に応じて自動で対応することは、安全・安心に対する大きなアドバンテージの獲得につながるだろう。
こうした技術開発を可能にした背景には、「地の利」もあったという。「神戸市に本社を置くことから、世界トップクラスの性能を誇る大型放射光施設や、スーパーコンピューターを有する理化学研究所がほど近くにあります。最先端の研究施設を活用し、研究データを分子レベルで解析できたことも、新技術開発に大きく寄与しました」と山本氏は打ち明けた。
「アクティブトレッド」と並び開発が進められている「センシングコア」も、次世代タイヤの要として欠かせない技術だ。タイヤそのものをセンサーとして、タイヤの空気圧や荷重、摩耗状態、さらには路面状態も検知できるソフトウェア技術だという。「先に挙げた機能に加え、車輪脱輪予兆検知機能も実装に向けて提案を進めています。これにとどまらず、さまざまな機能を拡張していくつもりです」
サステナブル社会に貢献するソリューション創出に挑む
24年秋には「アクティブトレッド」技術を搭載した、季節を問わず使用できるオールシーズンタイヤを発売する。また22年から実証実験を行ってきた「センシングコア」も、同年に販売を開始する予定だ。同社が誇る最先端技術が、いよいよ日の目を見ることになる。
「『アクティブトレッド』は、低燃費(電費)性能を保ちつつ、寒暖や雨天・氷雪など、どのような環境でも同じ性能を発揮し、安全・安心な運転に貢献する技術です。また自動運転やカーシェアリングでも安全確保の心強い味方になります。将来は、地域・季節にかかわらず使い続けることができるタイヤを目指しています。タイヤの履き替えを減らすことで、経済的にも地球環境負荷低減にも貢献したいと考えています」
また「センシングコア」も、新製品開発から新ビジネスの創出まで、活用可能性は多岐にわたる。
「『センシングコア』で取得したデータは、タイヤの長寿命設計など製品開発にフィードバックされます。社内で生かすだけでなく、蓄積した路面状態のデータを用いた新規事業も可能です。タイヤの空気圧や摩耗量といったデータをタイヤ販売店と共有すれば、ユーザーにタイヤの交換時期を伝えるサービスを提供することもできます」と話す山本氏。今後は、他企業が持つアセットとの連携に力を注ぐ。
「自社だけのデータ活用には限界があります。当社でも車両故障予知サービスを展開する米・Viaduct社との実証実験を開始するなど、グローバルに多様な企業と協業し、『センシングコア』によるデータを活用したこれまでにないビジネスを創出していきたいと考えています。何を生み出せるか、今から心が躍ります」と期待を膨らませる。
山本氏の視座は、さらに遠い未来に据えられている。同社は23年3月、独自の循環型ビジネス(サーキュラーエコノミー)構想「TOWANOWA」を打ち出した。「センシングやAIを活用して蓄積したデータとモノづくりを連携させて新たなソリューションサービスを創出し、2050年のサステナブルな社会に貢献する、当社ならではの循環型ビジネスを確立していきます」と展望を語った。
同社は住友事業精神をベースとした企業理念体系「Our Philosophy」を制定し、「未来をひらくイノベーションで最高の安心とヨロコビをつくる。」というパーパスを定めている。全世界の4万人に上る社員がこれを拠り所としてベクトルを合わせ、未来のモビリティ社会に貢献するため、挑戦を続けていく。
※1「Connectedコネクティッド」「Autonomous自動化」「Shared&Servicesシェアリング/サービス」「Electric電動化」の略
※2、※3 住友ゴム工業「住友ゴム100年史」より抜粋
※4、※5 同社調べ