元J戦士の執行役員「転身に必要な2つの備え」 セカンドキャリアの「選択肢を狭めない」方法

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PLAYNEW 執行役員 THREEPINE 代表取締役 田中裕介
プロスポーツ選手には必ず引退の時が訪れ、その後には現役生活よりも長い第二の人生が待っている。しかし、いくら輝かしい成績を残した選手であっても、必ず希望するセカンドキャリアを歩めるというわけではない。そんな中、プロサッカー選手としてJリーグや海外リーグで活躍した田中裕介氏は、引退と同時にキャリアチェンジに成功。希望するビジネスの世界へ飛び込み、執行役員となった。なぜ、“華麗なる転身”を遂げられたのか。田中氏に話を聞いた。

サッカークラブ「SHIBUYA CITY FC」を運営するPLAYNEWの執行役員・田中裕介氏は今年1月まで、現役のサッカー選手だった。

田中氏は高校卒業後、横浜F・マリノスや川崎フロンターレで活躍。キャリア充実期の28歳でオーストラリアのウェスタン・シドニー・ワンダラーズへ移籍し、海外リーグも経験した。帰国後は、セレッソ大阪やファジアーノ岡山でプレーするなど、Jリーグには通算17シーズン在籍。Jリーガーの現役期間が平均6年ほどであることを考えると、かなり長い部類に入るだろう。

転機が訪れたのは、2021年のシーズンオフのこと。このとき田中氏は35歳。

「ファジアーノ岡山を退団後、移籍先がなかなか見つかりませんでした。結局、年内に決まらず、自分にもそういう時が来たんだなと思いました」

PLAYNEW 執行役員 THREEPINE 代表取締役 田中裕介
PLAYNEW 執行役員/THREEPINE 代表取締役 田中裕介 氏

「引退」の2文字が脳裏にちらつく日々は、年明けも続いた。そんな中、田中氏が選択したのは、東京都社会人サッカーリーグ1部の「SHIBUYA CITY FC」への移籍だ。

「Jリーグ加盟を目指しているとはいえ、ファジアーノ岡山が所属していたJ2から数えて5つ下のカテゴリーなので、驚かれた方もいるかもしれませんが、私にとっては魅力的な移籍先でした。それは、選手としてだけではなく、運営会社の仕事も経験させてもらえるという条件だったからです。もともとビジネスの世界にも興味がありましたし、出身地である東京でプレーできるということもあって、とても前向きに移籍させていただきました」

午前中はサッカーの練習を、午後はチームの営業・広報業務を行う生活を始めて1カ月が過ぎた頃、ビジネスの世界への興味をより強くする経験が。

MLB(米大リーグ機構)唯一の公式選手用キャップサプライヤーとして知られる、世界的なアパレルブランド「NEW ERA」に知り合いがいた田中氏は、同ブランドを訪れてSHIBUYA CITY FCとのオフィシャルサプライヤー契約を打診。後日、提案が採用され、23年シーズンからNEW ERA製のユニホームが提供されることになった。同ブランドがサッカーのユニホームを製作するのは世界初だという。

「サッカーとは違う興奮やワクワク感を感じたんです。これならサッカー選手を辞めても、熱中できそうだなと」

セカンドキャリアに必要な「メンタル面での準備」

田中氏は2023年1月、現役引退とPLAYNEWの執行役員への就任を発表。現役時代と同様に営業・広報活動を行いながらグラウンドにも足しげく通って、監督のサポートや選手のマネジメントを行うなど、プロクラブにおける強化部のような仕事も担うようになった。

「現場の気持ちと、会社の事情の両方を理解しながら、両者をうまくつなげる役割を担えたらと思っています。チームには『渋谷からJリーグへ。そして世界で最もワクワクするフットボールクラブをつくる』という目標があり、ぜひその力になりたいなと。選手時代とはまったく違う環境で、自分の新しい可能性にチャレンジできることがモチベーションになっています」

PLAYNEW 執行役員 THREEPINE 代表取締役 田中裕介
© SHIBUYA CITY FC

プロスポーツ選手の引退後の人生は、現役時代より長い。しかし、田中氏のように順調なケースばかりではない。では引退後、どうすれば自身が理想とするセカンドキャリアをスタートさせられるのか。

「自分の現役時代を振り返ってみると、『メンタル面での準備』がとても重要だったと感じます。いつか必ず引退する時がやってくる。それをつねに自分に言い聞かせることで、いざその状況になったとき、“次への一歩”が踏み出しやすくなるんです」

自身と向き合い、納得のいく進路を探すには…

加えて田中氏は、「金銭面での準備も重要」と強調する。

引退後の仕事が決まっていない場合、例えば解雇やケガによって引退せざるをえなかった選手は、突然収入がゼロになってしまう。引退直後にまとまった税金を支払わなければならないケースもあるだろう。

こうした事態に対応できるよう、日本プロサッカー選手会が各選手の税務面を含むサポートの一環で勧めているのが、国の中小企業政策の中核的な実施機関である中小企業基盤整備機構の「小規模企業共済」だ。これは、プロスポーツ選手のような個人事業主や小規模企業の経営者・役員などを対象にした共済制度で、約162万人(2023年3月末現在)が加入している。

月々最大7万円を積み立てることができ、支払った掛金は、引退時など個人事業主を廃業する際、掛金総額に利率分を加えた金額を退職金代わりに受け取ることができる。小規模企業共済はいわば、個人事業主や小規模企業の経営者・役員のための退職金制度だ。例えば、月3万円の掛金を20年続けたうえで、事業の廃止や会社が解散となった場合、720万円の掛金に対して835万9200円の共済金額(退職金)を受け取ることができる。

図「共済金額の例」

あくまでも自ら積み立てる制度だが、掛金は全額が所得控除となるため節税できるうえ、共済金を一括で受け取る場合、退職金として退職所得控除を受けられるので、課税対象額が少なくなる。

図「掛金全額所得控除後の例」

また、事業の廃業などを行っていなくても、65歳以上で15年以上積み立てている場合は、退職金として共済金を受け取れる。緊急時には、納付した掛金の範囲内で事業資金を借り入れることも可能だ。2023年9月からは、オンラインでの手続きも可能になり、より加入しやすくなった。

田中氏は、選手会の説明会で勧められたのをきっかけに、さまざまな制度と比較検討し、20代で加入したという。

「国の機関が運営しているという安心感が大きかったですね。サッカー選手はケガと隣り合わせなので、いつ仕事がなくなるかわかりません。だからこそ、経済的な備えも大切だなと。もし突然仕事がなくなったときに備えがなければ、手近な仕事に就かざるをえず、本当にやりたいことを選べないかもしれません。逆に備えがあれば、自身と向き合いながら、納得のいく進路をじっくり探せます」

セカンドキャリアに悩む若手に伝えたいこと

備えが必要なのは、プロスポーツ選手に限った話ではない。病気やケガ、新型コロナの感染拡大など、予測不可能な事態による退職・廃業は、どんな人にも起こりうる。そんなとき、小規模企業共済に加入していれば、共済金を当面の生活費や次のステージへの活動資金に回せる。

また、状況に応じて、掛金の月額を1000円~7万円の範囲(500円単位)でいつでも変更できる、柔軟性のある制度となっている。

「私は、引退直後から希望するセカンドキャリアをスタートできたので、共済金を受け取らず、引退後も継続して積み立てていますが、『いざとなったら共済金がある』ということは、安心材料でした。

引退に向けてそれなりに準備をしてきたJ1の選手であっても、引退後にお金の面で苦労するケースは少なくありません。J2やJ3の選手であればなおさらです。ですから、若い選手からセカンドキャリアについて相談されたときは、『小規模企業共済に加入して、少額でもいいから月々積み立てたほうがいい』とアドバイスするようにしています」

PLAYNEW 執行役員 THREEPINE 代表取締役 田中裕介

キャリアチェンジは難しく、とくに田中氏のような“華麗なる転身”となると、一朝一夕に遂げられるものではないだろう。だが、チャンスは誰にでも訪れる。そのチャンスに気づいて動き出すためには、事前の準備が不可欠だ。

「私自身もそうでしたが、若い頃は、引退を身近なことであると捉えられず、お金に無頓着になりがちです。しかし、引退後に充実した人生を送るためにも、一日でも早く準備を始め、自らの手で理想とするセカンドキャリアをつかみ取ってほしいです」

※ 日本プロサッカー選手会は、国内外約1900人のプロサッカー選手を会員とする組織で、各種共済制度の提供やキャリア支援など、つねに選手のサポートを行っている