企業を悩ませる課題「なぜDX人材育成は進まない」 スキル習得やIT環境の整備だけでは不十分な訳
DXの道のりを険しくする「DX人材不足」の現状
経済産業省(以下、経産省)が2018年に発表した「DXレポート」で、DXの遅れによって25年以降、毎年最大12兆円の経済損失が生じる可能性があると警鐘を鳴らしたことは記憶に新しいだろう。その後、コロナ禍を経て、本格的にDX戦略を打ち立てる企業が目立つようになった。
しかし、DXを推進する人材の不足に頭を抱えている企業は少なくないはずだ。情報処理推進機構(IPA)が22年6〜7月、日本企業543社、米国企業386社にDXの取り組み状況や推進する人材について調査し、結果をまとめた「DX白書2023」では、DX人材の量の確保について「充足している」と回答した割合が、日本10.9%に対し、米国73.4%と大きく差がついた。
そもそも、日本ではなぜDX人材が不足しているのか。定額制動画学習サービス「GLOBIS 学び放題」の事業リーダーで、DX人材の現状や育成にも詳しい鳥潟幸志氏は、次のように考察する。
「ビジネスモデルの根幹にDXが深く関わるようになったのが、大きな要因の1つです。ほぼすべての産業や企業がデジタル技術の影響を受けている中で、企業は単に『ITを活用した業務の効率化』にとどまらず、ITやデータを基に事業構造そのものを変えなくてはいけないフェーズに進んでいます。そのため、外から専門人材を採用してDX推進を委託するというよりも、既存事業やビジネスプロセス、カルチャーなど内部事情に通じている社内の人材によるDX推進が求められています。しかし、いざ進めようにも社内で育成するという考えやカルチャーがなく、社内にDXを推進できる人材がいない。需要に対して供給面が追いついていない点が大きな課題だと思います」
必要なのに進まないDX人材育成の阻害要因とは
需要と供給の両面に課題を抱えている企業は少なくないが、一方で社内のDX人材育成に向けて本格的に動き出す企業は増えている。その中でも鳥潟氏は、人材育成に成功している企業の共通項として「DX戦略が明確」「人材育成に会社全体で尽力している」の2点を挙げる。具体的なイメージとして、多数のコールセンターを保有する企業を例に取り、こう説明する。
「コールセンターには、カスタマーボイスのデータが大量に蓄積されます。音声認識技術を活用し、このデータをテキスト化することで、顧客のインサイトを掘り起こす戦略を立案。その戦略を遂行するために、社内でデータを分析する職種を配置し、社員のリスキリングに着手しました」
これはデジタル技術の実装と、それを使いこなす人材の両輪で、ビジネスに新たな価値を創出しようとした好事例だろう。企業によっては、DX推進の専任チームを構築したり、デジタル技術に明るい責任者を役員に配置したりと、さまざまな組織編成で臨んでいるかもしれない。しかし、いずれにしてもDX推進や人材の育成に向けた取り組みには、トップのコミットメントが不可欠だと鳥潟氏は強調する。
「DXに成功している企業は、経営者が前面に立ち、明確に戦略を打ち出しています。経営者の直下にデジタルオフィサーを選任し、組織を動かすケースもありますが、いずれにしても経営トップの強烈なリーダーシップでDXに取り組んでいます」
裏を返すと「DXが思うように進まない」「DXの機運が盛り上がらない」とすれば、まず始めるべきは経営者の意識変革だろう。また、DX人材に必要なスキルの定義と手法が不明確な点も、育成を阻む大きな理由だという。
「コロナ禍以降、この3年ほどでDX人材の育成を目指して、とりあえずテクノロジーについて学ばせることからスタートするケースが非常に多く見受けられました。しかし、それでは『何のために学ぶのか』が明確ではないため、DX人材の育成にうまく結び付かない可能性が高いです」
DXリテラシー向上に欠かせない「経営トップの意識変革」
DX人材の育成で大切なのは、「どんな場面でDXスキルが必要になるのか」という観点だという。そのためには、やはりDXの実現に向けたシナリオとも言える戦略と、経営トップの本気のコミットメントが欠かせない。
「DXに成功している企業は3年から5年にわたるDX計画を立案し、同時に全社員のDXリテラシー向上に資する学びを提供している傾向があります」
DXリテラシーは、DXを必要とする社会的背景をはじめ、基礎的な言葉の理解を含めて根本的かつ初歩的な内容からスタートし、より高度な学びへと進んでいくことが望ましいという。特定の社員に限定せず、全社員のDXリテラシーを底上げすることで、どのような効果を期待できるのだろうか。
「1つは、一定のDXリテラシーを全社員が持つことで、新たな商品開発やビジネスモデルの創出につながりやすい点です。もう1つは、自分が担当する日常業務の効率化を意識するようになる点です。DXリテラシーを身に付けたことで、業務の無理無駄を察知できるようになり、余剰時間を顧客価値の創出に充てることができます」
全社員のDXリテラシー向上に加えて、重要なのはDXを推進する社員の育成だ。推進者には、ビジネスの構想力や組織の変革をリードするスキルが必要になるため、デジタルやテクノロジー以外のスキルも求められるという。
「グロービスでは、ホワイトカラー1000人規模の調査を実施しており、その中でDX推進に関わる方に『DX推進者に必要だと思うスキル』を質問したところ、上位には『論理的にわかりやすく考えをまとめる力』『アイデアや企画の発想力』『プレゼンテーション力』などが並びました。DXは、デジタルやテクノロジーの専門性を高めれば実現できると捉えられがちですが、実務レベルではビジネスパーソンとして基礎的なスキルの組み合わせも必要だということ。これはDX推進者の育成を考えるうえで、示唆に富んだ結果ではないでしょうか」
DX人材育成をアシスト 本質的な学びの価値とは
デジタルやテクノロジーだけではなく、多様なスキルを兼ね備えることが必要となるDX人材。企業がそのスキルを一つひとつ定義するのは至難の業だ。
グロービスが展開する「GLOBIS 学び放題」は、そんな多岐にわたる学びが求められるDX人材育成において、さらなる進化を遂げた。その1つが、22年12月より経産省で策定された「DX推進スキル標準(DSS-P)」に準拠した学習コースの追加だ。
「DSS-Pは、企業や組織のDX推進に必要な人材を5類型で定義し、体系的にまとめたものです。DX人材の育成に向けて独自にスキルを定義し、育成プランを構築している先進的な企業も、DSS-Pに照らし合わせて内容を見直しているようです。『GLOBIS 学び放題』でも、DSS-Pに準拠した学びのコンテンツを大幅に強化することで、さまざまな企業が抱えるDX人材育成の課題によりコミットできるよう、サービスを拡充しています」
また、学びの個別最適化を実現するため、受講者が動画視聴後に記入した学びの振り返りに対して、生成AIがフィードバックをする機能を実装。さらにアセスメント機能の拡充として、スキルレベルに応じたコンテンツのレコメンド機能も追加。企業と社員双方でスキルレベルの可視化が容易になるという。コンテンツの強化と定着度合いの見える化を向上することで、より高いレベルで「DXの学び」を習得することが可能となった。
「グロービスの教材開発を専門にする部隊が制作した講座は、一つひとつアカデミックな知識を基に練り上げています。また、講座を視聴したユーザーのデータや評価を基に、適宜内容をブラッシュアップしており、情報の質やわかりやすさにもこだわっています」
今後社内でDX人材を育成し、活躍の場を創出することは、企業競争力の向上やビジネスモデルのスムーズな変革において重要な課題になるだろう。それを解決する一助として、「GLOBIS 学び放題」は大きな価値をもたらすはずだ。
全社員向けに知識習得のコースを設計 味の素「ビジネスDX人財」育成を加速
経営のスピードアップとスケールアップを加速させている味の素では、ビジネスとITリテラシーを駆使して変革を推進できる「ビジネスDX人財」の育成に注力。全社員のITリテラシーを高めることを必須とし、20年に「ビジネスDX人財育成コース」をスタートした。
初級・中級・上級のレベルに分類し、初級はDXやITの概要を理解し活用を提案できるレベル、中級はDXの基礎知識を身に付け、実際の業務変革において適切な活用方針を決定できるレベル、上級は自分の業務や課題に対してデータの抽出、加工、集計、統計・機械学習アルゴリズムの知識を基に課題解決や変革を遂行できるレベルに設定した。
知識のインプットツールとして、「GLOBIS 学び放題」を採用。受講者アンケートの結果、満足度は94.3%と高く、受講後に多くの社員が「DXについて新たな気づきが得られた」と回答している。22年3月時点で、味の素単体の従業員のうち約73.7%に当たる累計2346名が受講。DX人財育成において、変化の歩みを着実に進めている。