「ソフトウェアファースト」で変化、自動車の価値 100年に一度の変革期、dSPACEが開発を支える

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モビリティの世界が今、さらに大きく進化しようとしている。そのカギとなるのが、「ソフトウェア・デファインド・ビークル(SDV)」という考え方だ。一口に言えば、ソフトウェアを軸にモビリティのあり方を大きく変えようとするもので、将来、SDVが本格化すれば、自動車業界の勢力図は様変わりする可能性がある。このSDVの世界に向けて、今新たにチャレンジしようとしているのがドイツに本社を置くdSPACEだ。「自動運転」「電動化モビリティ」に欠かせないソフトウェア開発・検証ソリューションを提供している。同分野で躍進を続ける同社のSDVに向けた新たな戦略について、同日本法人のdSPACE Japan代表取締役社長の宮野隆氏に話を聞いた。

SDVが進化させる自動車の未来とは?

Connected(つながる)、Autonomous(自律走行)、Shared(共有)、Electric(電動)をキーワードにしたCASE時代が本格的に到来するといわれる自動車業界。その構成要素の1つである電動については各社がEV開発を進める一方、自律走行を可能にする自動運転技術の開発においても日々進化を遂げている。dSPACE Japan代表取締役社長の宮野隆氏は国内外の自動車業界の動きについて次のように指摘する。

dSPACE Japan代表取締役社長 宮野 隆氏
dSPACE Japan代表取締役社長 宮野 隆

「5段階に分けられた自動運転レベルのうち、とくにドライバーがモニターを実施するレベル1、レベル2については現在、各社の主戦場となっており、ドライバーがバックアップするレベル3については海外勢を中心に量産開発の段階にあります。今後はドライバーのバックアップが要らないレベル4に手をつけ、レベル5の研究開発を目指すという状況になるでしょう。すでに各社ではレベル3を量産する技術力は備えており、これからレベル4についても3~4年で本格化するとみています。日本でも法整備が進んでおり、これまで皆さんが思い描いてきたような自動運転の時代は、もうそこまでやって来ているといえるのではないでしょうか」

こうした中、新たに自動車業界の形を変えようとする動きとして注目されているのが、「ソフトウェア・デファインド・ビークル」(以下、SDV)という考え方だ。これは直訳すればソフトウェアによって定義された自動車ということだ。従来、自動車の価値や性能は、主にエンジン、ボディーの大きさや形状、素材をはじめとしたハードウェアが決定づけてきた。しかし、SDVでは、自動車に搭載されたソフトウェアによって自動車の性能や、その価値が決定づけられる。また、そのソフトウェアの改良は、Over-The-Air(OTA)で継続的に行われるため、車両の機能や性能は絶えず更新され、向上させることができる。SDVがより広く普及すれば、さまざまな用途のソフトウェアが1つの自動車に搭載される時代がやって来るというわけだ。

SDVのシステム説明図
SDVは1台以上の高性能コンピューター(HPC)と複数のゾーンコントローラ(ZC)で構成。それらのアプリケーションレイヤーは、ハードウェアレイヤーから分離されているため、ソフトウェアの拡張や調整を柔軟に行うことができ、アップデートはOver-The-Air(OTA)で継続的に行われ、車両の機能や性能を絶えず更新し向上させることが可能

「SDVとは、自動車がPCのようになることだと思っていただければわかりやすいかもしれません。気に入ったソフトウェアを入れたり、ある期間ごとにOSをバージョンアップさせないといけなかったり、PCで行われてきたことが、これから自動車の世界にもやって来る。今後はConnected(つながる)が本格化し、ソフトウェアが自動車の機能を決める時代になるということなのです」

実際にSDVの時代になると何が変わるのだろうか。宮野氏は、1つは機能を個別にカスタマイズできる点、もう1つは、自動車がネットにつながることによって、さまざまな情報やコンテンツを運転している間にも得ることができる点だ、と説明する。

「ほかにも運転データが蓄積されることで、自動車保険に加入する際の評価基準にもなりえますし、自動車メーカーから見ても、データによって各人のモビリティの傾向を知ることで、新たなビジネスにつなげていくこともできます。これまでのように自動車を売って終わりではなく、ユーザーと長く付き合うことができるのです。PC同様、垂直分業から水平分業へ。今後は各メーカーもハードウェアだけを売るのか、ソフトウェアも売っていくのかで、二極化していくでしょう」

むろん他業界からの参入も増える可能性があり、SDVの到来は自動車業界に大きなインパクトを与えている。

「これからSDVによって、ソフトウェアの組み合わせの化学反応が起きるといわれています。しかし、そのとき車両自体はどんな環境であれ安全でなければなりません。その信頼性をどうやって検証するのか。そこが現状で考えられる課題だといえるでしょう」

複雑化する車載システムに不可欠な「安全性の検証」

こうした潮流の中で、dSPACEの強みはどこにあるのだろうか。それが自動運転技術開発向けに独自に開発されたHIL(Hardware-in-the-Loop)システムだ。通常、自動運転やSDVをはじめ、進化し、複雑化する車載システムの検証においては、膨大な要件を高速処理しながらシミュレーションしなければならない。シミュレーションでは、まずソフトウェアをコンピューターやクラウド上で検証し、それを実際に自動車に搭載してさらに検証する。そのとき必要なツールとなるのがHILシステムだ。さらに同社では、検証シミュレーションをリアルとバーチャルの全体でサポートする強みも持っている。つまり、コンピューターあるいはクラウドベースで行うECU(制御ユニット)ソフトウェアと制御ロジックの妥当性確認ができるバーチャル環境(Software-in-the-Loop=SIL)、そしてコンポーネントとシステムのリアルタイム検証ができるリアル環境(HIL)の両方を用意し、シームレスに2つの環境を関連づけて検証することができるのである。

「今、私たちの業界では各社がこぞってSILに参入していますが、私たちはSILだけでなく、HILと連携して研究開発できるところに大きな強みがあると考えています。そのうえで、自動車業界で長年蓄積してきた知見とノウハウを生かすこともできる。自動運転の開発が進み、その内容が複雑かつ高度になればなるほど、開発におけるデータと工数は急増していきます。信頼性の高いソフトウェアを作るためにも、私たちの検証技術によるサポートは重要な役割を果たすことができるでしょう。その意味でもSDVの時代に合わせた新たなチャレンジが必要になっているのです」

そのために今、dSPACEが進めているのが、SDV時代に向けた新たなプラットフォームづくりだ。宮野氏もこう語る。

大変革を迎えた自動車業界、協業の可能性

「今、これだけ技術が複雑化し、システムが巨大化している中で、各メーカーが違うやり方をしていてもゴールにはなかなか届きません。だからこそ、同じプラットフォームで力を合わせませんか、と皆さんにお声がけしているところです。これは私たち1社でできることではなく、さまざまなパートナーと、できるところから協業していきたいと考えています。トライアルをしながら、何が課題となるのか。そこを整えながら、現実的な答えを探っていきたいと考えています」

SDVの時代になれば、大手自動車メーカーも、そのありようが大きく変わっていくことが想像される。各社はどこで差別化すべきか。商品価値とは何か。ハードなのか。ソフトなのか。悩ましいところでもある。他業界からの参入も予測され、どこが主導権を握っていくのか、誰にもわからない。だからこそ、今から準備することが重要になってくる。

「SDVはまだ先のように思われるかもしれませんが、2025年くらいからはどんどん具体的な形になっていくとみています。すでにConnected(つながる)のサービスはアプリケーションとして市場に投入されつつありますが、その次の動きはもっとインパクトがあるだろうと考えています。将来はソフトウェアとモビリティデータを持っている企業が主導権を握っていくのかもしれません。まさに100年に一度ともいえるような、業界の再編が近くやって来ると考えています。そうした未来に対して準備するためにも、日本のお客様の要望を聞きつつ、その要望を実現するためにコンサルティングやエンジニアリングをさらに強化していきたいと考えています。これからも開発パートナーとして参画し、皆様がネクストステップに踏み出せるよう、私たちのモットーである“日本の自動車産業を元気にする”ことを目指して努力していきたいと考えております」

dSPACE Japan代表取締役社長 宮野 隆氏、オフィス受付で撮影
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