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「解」のない問いに挑む
新時代の人材育成へ

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日本の大学を取り巻く環境が厳しさを増す中、さまざまな教育改革が進んでいる。なぜ今、大学入学者選抜を変える必要があるのか。これからの高等教育はどう変わるのか。学校法人上智学院・髙祖敏明理事長にお話をうかがった。

産業革命が、世の中のしくみや
文化を変えていく

文部科学省は、今回の大学入試改革、高大接続改革を「単なる入試改革ではなく、小中高を含めた教育における明治以来の大改革」と位置づけています。なぜ今、大学が変わろうとしているのか、まずはその背景からお話ししましょう。

私が所属する経済同友会の会合で、「日本でも“産業革命(インダストリー)4.0"が起きようとしている」ことがよく話題に上ります。

簡単に説明すると、第1の産業革命は「農耕の発明」。それまで自然からの採取・狩猟で生活してきた人間が、農業によりその土地に定着、仲間と協力して生活するようになりました。2番目が機械による大量生産の「ものづくり」です。生活の中にものの豊かさが入ってきたし、私たちは時計が刻む正確な時間の中で生活するようになった。決まった時間内にいかに効率よくものを生産するかを追求した結果、分業体制も定着しました。

そして第3の産業革命が、20世紀終わり頃から始まった「ICT革命」です。たとえばSONYのウォークマンは、テープレコーダーを小型化し持ち運べるようにしましたが、今はiPodやスマートフォンで、インターネットから音源を手に入れる時代になりました。学習の場にもタブレットなどの情報端末が入ってきたことで、教科書のページをめくらなくても、必要な情報のあるページをすぐに閲覧できるようになった。一方産業面では、インターネットの発達により従来の製造工場→問屋→商店→消費者という流通経路以外の経路が生まれました。消費者がインターネットを介して生産者と直接つながり、「こういうものが欲しい」「こんな機能を持つものを作って欲しい」というやりとりにより、「できあいのものを買う」という購入方法ではなく「欲しいものを作ってもらって買う」という買い方ができるようになりました。さらに介護の現場や災害現場など、危険や重労働をともなう場では、ロボットが活躍し始めました。このように産業革命は、単に経済面のみではなく、私たちのライフスタイルや習慣、文化、考え方、価値観までをも変えてしまう、大きな力を持っています。

今まで考えたこともない
時代を生きるために

そして“産業革命4.0"です。ICTやロボットが発達した結果、労働時間が確実に減少する。では、この空いた時間をどう過ごすのか。これからの大きなテーマの一つでしょう。またここまで挙げたメリットの反面、当然リスクがあるはずです。まだ発現していないリスクに対応していくことも、これからの私たちの課題です。

加えて、2020年の東京オリンピックとパラリンピックを成功させることが、大きなターニングポイントになると思います。ここで成功というのは、メダルの数ではなく、「多様な人すべてが主体的に生きられる社会」を構築し、新しい時代の社会モデルとして世界に発信できるかどうかです。それこそが3.11以降、日本が問われている社会づくりであり、今後の日本を世界へアピールする機会になるはずです。

米国の学者の予測によれば、「今の小学1年生の65%は、大学卒業後、今は存在していない職業に就く」とされています。私たちはこれから、今まで考えたこともない時代を生きていかなければなりません。いわば“解"のない問題に向き合い、最善解を選び出していく能力が求められる時代です。

今回の教育改革の背景には、「新しい時代にふさわしい教育とは?」という問いが隠れています。

明治以来の日本の学校制度は、近代工業化社会を支えるために考えられ、実践されてきました。すなわち必要となる知識を覚え、蓄積し、それを元に解答することに重きを置く教育です。こうした知識偏重の教育が、日本の発展に大きく寄与してきたことは否めません。ただ、これからの時代、こうした教育では対応しきれません。

これからの時代に求められる力とは、「課題解決に対して主体的に取り組む能力」、「企画力や想像力などのクリエイティブな能力」、そして「コンピュータやロボットが発達しても到達できない、優しさや思いやりを含めた人間としての感性」です。「生きる力」「確かな学力」と言い換えてもいいでしょう。こうした力は、一朝一夕に身につけられるものではありません。小学校から中学校、高校、大学までの一体的な改革で、時代の求める人材育成に対応していく必要がある。「明治以来の大改革」とはそういう意味です。

思考力・判断力・表現力を
総合的に評価

では、具体的な大学入試選抜改革について見ていきましょう。

現在の大学入試センター試験は、マークシート方式で行われており、各大学が独自に行っている入学試験でも、1点刻みで合否が決まってしまいます。こうした知識偏重ではなく、面接や小論文などを通して、「知識・技能」と「思考力・判断力・表現力」を総合的に評価するものにする。加えて年1回だけの試験ではなく、複数回実施し挑戦の機会を増やす。こうした観点から、現行の大学入試センター試験を廃止し、「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」が実施されることになります。現在内容の検討が進んでおり、3年後には具体的内容が公表される予定です。

一方、高校教育の質の確保・向上のために、基礎学力を評価する新テストの導入も考えられています。高校までの学習指導要領の見直しも進められており、新しい時代にふさわしい人材育成を目指していきます。

ところで上智大学では、大学で必要とされる英語運用能力を正確に測定するために、2015年度から「一般入試(TEAP利用型)」を導入しました。日本英語検定協会と共同で開発した「TEAP(アカデミック英語能力判定試験)」を事前に受験し、各学科が設定した基準を満たしていれば出願でき、本番の入試では英語の試験を受ける必要がないという試験です。TEAPは高校2年生以上を対象に7月、9月、12月と3回実施。1回でも基準をクリアすれば出願でき、選択科目が共通であれば、基準スコアを満たす全ての学科を併願できるようにしています。

というのも、TOEFLは基本的に米国の大学で学ぶための英語力を測るもので、日本にはそぐわない面があるからです。TEAPは4技能をどのように身につけているかを測る目的で開発し、大学入試のためだけの英語ではなく、大学・社会に出て使える英語力を判定できるテストを意図して開発しました。また、複数回受験できることで、受験チャンスも広げています。実際、TEAP型で入学してきた学生の定着率は高く、手応えを感じています。また、2016年度以降立教大学、青山学院大学などでも導入される予定で、新しい試みがすでに動き出しています。

どんな学生を育て、社会に送り
出すか変わりゆく大学教育

入試だけではなく、大学自体も変わっていかなければなりません。各大学の入学者受け入れ方針であるアドミッション・ポリシーを明確化し、「大学4年間でどのような学生を育て、社会に送り出していくか」を示すことが重要です。また授業においても、一方的に「教え込む」のではなく、学生に調べ、考えさせ、発信させる場を多く設けるなど、教員自身の意識改革も必要です。私の授業でも、新聞記事などを用いて学生にじっくりと考え、発表させる機会を用意したり、人により考えの内容・表現が異なり、さまざまな考え方があることを示し、自分の受けてきた授業・教育を批判的に見られるよう働きかけを行っていますが、学生たちの意識改革の一助になるのではと期待しています。

また、大学の中だけの教育では限界があります。各大学は、企業や国際組織、さらに海外の大学・研究機関とも協力し、時代の要請に応えられる人材を育てていく必要があるでしょう。

上智大学でも経団連、国連、WFP、JICAなどと積極的に連携を進め、教育プログラムの共同作成、インターンシップなどを行っています。また、世界に向けたネットワークづくりにも力を入れており、2014年には文部科学省「スーパーグローバル大学創成支援」事業において、グローバル化牽引型に採択されました。今後もグローバルキャンパスの実現に向け、さまざまな取り組みを行っていく所存です。

髙祖 敏明(こうそ・としあき)
学校法人上智学院理事長
1947年生まれ。上智大学大学院文学研究科教育学専攻博士課程満期退学。西洋教育史学者。産業界・国際機関等とも広い人脈があり、学外連携など上智大学改革に積極的に取り組む一方、総合人間科学部教育学科で学生の指導にも携わっている。著書多数。

上智大学が掲げる「世界をつなぐひとになれ」ということばには、地理的な意味だけではなくダイバーシティの意味も含んでいます。多様な人すべてが主体的に生きる世界の実現に向けて、本学なりのメッセージです。

今の日本の若い人たちは、高い資質を備えていると思います。ただし、日本社会が負のスパイラルに陥っていることもあり、未来に対する夢や希望が持てなくなっている。結果、勉強する意味や意欲が失われがちですね。今回の大学改革は、そうした若い人たちのモチベーションを高める意味もあります。勉強とは、知る楽しさを知り、興味分野を深めていく喜びを感じられるもの。高いモチベーションを持って学びに取り組める環境、選択肢づくりが、これからの大学の課題だと思います。