日本ゼオン社長「圧倒的強みが弱みになるかも…」 危機を変わる契機に「できる」「できない」の差

1963年生まれ。大阪府出身。89年大阪市立大学(現・大阪公立大学)大学院理学研究科化学専攻修士課程修了、同年日本ゼオン入社。総合開発センター精密光学研究所長、高機能樹脂・部材事業部長などを歴任し2015年に執行役員。米子会社取締役、日本ゼオン取締役常務執行役員・研究開発本部長兼総合開発センター長などを経て23年6月より現職
――社長に就任されてから約4カ月が経過しました。
豊嶋 ビジネスを取り巻く環境は日々変化し、企業経営が以前よりも難しくなっているので、就任当初は「私に舵取りができるのだろうか」とずいぶん悩みました。
しかし、社内外の人たちと話をしていくうちに、少しずつ気負いのようなものが取れ、「すべてを自分でやろうと考えず、皆さんと一緒にやっていけばいい」と考えられるようになりました。
――あまたある化学メーカーの中で、日本ゼオンの強みは何でしょうか。
豊嶋 当社は1950年、古河グループと米B・F・グッドリッチ・ケミカルの資本提携と技術によって、合成樹脂メーカーとして設立されました。59年に日本で初めて合成ゴムの製造を開始しましたが、その原料となるナフサから、有効成分を抽出する独自技術を確立したのが大きな強みとなっています。ユニークな原料を自社内で調達できるうえ、さまざまな成分を組み合わせた製品群を作り上げたことで、技術・コスト共に強い競争力を保ち続けてきました。
ただ、ナフサは原油から抽出するので、カーボンニュートラルの潮流と逆行しています。これまで圧倒的な強みだったものが、弱みになってしまうかもしれない。われわれは、そんなパラダイムシフトの真っただ中にいるのですが、「危機だから大変」と考えるのではなく、「変わるきっかけになる」という心持ちを大切にしたいと考えています。
原料転換とリサイクルでカーボンニュートラルへ

――2021年に発表した中期経営計画でも、全社戦略の1つに「カーボンニュートラルとサーキュラーエコノミーを実現する『ものづくり』への転換を推進する」と掲げています。
豊嶋 省エネ推進やエネルギー転換を進めるのに加え、大きく2つの取り組みを進めていきます。1つは原料転換です。ナフサではなく、非化石原料から有効成分を抽出しようというもので、技術的にはすでに可能ですが、ネックとなっているコストを下げられるよう研究を進めているところです。
もう1つはリサイクルです。主力製品の1つでカメラなど光学部品に使用されている高機能プラスチック(シクロオレフィンポリマー)のリサイクルプラントが、24年8月の稼働を予定しています。今後も、温室効果ガス排出量の削減を進め、30年度までに二酸化炭素排出量の19年度比50%減※を目指しています。
――中期経営計画の第2フェーズでは、23〜26年度に新たに1700億円を投資する方針が盛り込まれています。
豊嶋 原料転換も含め、既存事業の磨き上げには引き続き注力していきますが、「新規事業の探索」も並行して行わなければなりません。社会を見渡せば本当にいろいろな課題がありますが、時代の変化でその数はよりいっそう増えています。これは、つねに独自の技術確立を目指してきた当社としては追い風だと捉えています。言い方を変えれば、シーズを組み合わせてニーズに対応した製品開発をしていますので、多様な分野での貢献が可能です。現在、「CASE・MaaS」「医療・ライフサイエンス」「情報通信(5G/6G)」「省エネルギー」の4つを重点分野と定めてCVCやM&Aを展開していますが、さらに大胆な投資をして、そうした連携を広げていきたいと考えています。
予測不可能な時代でも「価値創造できる存在」に
――技術畑出身のトップならではの舵取りに期待する声も大きいのではないでしょうか。
豊嶋 課題に取り組む方法論は、どんな仕事も基本的に変わりません。PDCAサイクルを高速で回すのは、研究でも事業推進でも同じように重要です。そのうえで、個々の強みを生かし、成長を引き出す舞台をつくりたいですね。例えば、研究員から自発的に生まれるテーマを大切にすることです。自由に考えるきっかけをつくると、想像以上にいろいろなアイデアが出てくるので、「失敗してもいい」という意識を現場と共有しながら、研究初期のテーマづくりを活性化させていきたいと思います。
また、「コンセプト段階の概略図だけでもいいので、研究所から出て世の中の声をどんどん聞こう」と呼びかけています。

――アジャイル型かつ研究員の自発性を尊重する研究開発スタイルは興味深いですね。
豊嶋 キャリア採用した研究員が驚いていますが、当社は研究員が自分の研究テーマの進捗状況を本部長や経営層に直接プレゼンテーションしてアドバイスを受ける「研究ヒヤリング」を毎月開催しています。テーマの事業化に向けては、もちろん正式な承認は必要ですが、その場で感触がつかめるのは技術者としてのやりがいにつながります。持続可能な経営をするためには、このように現場の意見や思いをしっかりと吸い上げられる環境、つまり意欲的に働けてエンゲージメント向上につながる環境を整備していくことが不可欠です。
さらに言えば、「大地の永遠と人類の繁栄に貢献する」というわれわれの企業理念の実現には、製品だけでなく人材マネジメントやコーポレートガバナンスでもイノベーションを起こし続けなければなりません。不確実性が高まる要素には事欠かない時代においても、課題をいち早く見つけ、価値を提供し続けられる存在でありたいと思っておりますので、ぜひ期待して注目していただきたいです。